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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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第22話:幸福の星

 結果、その日はそれだけで帰された。まあ、士が真相究明の役に立たぬ事は、美咲も理解しておる筈。一先(ひとま)ずは現場を見ておいて欲しかったのであろう。犯人像を説明する際に実感も湧くであろうし。何となく、彼女の思惑を推察する。何故、と問われれば困るが。

 手口まで判明しておりながら、犯人逮捕には至らんかった今回の銀行強盗。それどころか、その者の見当すら付いておらぬ。しかし、悲観するには時期尚早である。表向きの捜査は警察に任せるしかない。ただ、本当に人外の仕業ならば――まず間違いなくそうだとは思うが――沢渡も動いてくれるであろう。まだ望みはある。

 それから数日が経ち、次の週。それまで彼女等からは、何の音沙汰もなかった。

(つーかもう、そのニュースすらやってねぇし)

 登校前に朝食を鱈腹(たらふく)摂りながら、士はテレビ画面を注視した。報道は既に、別の事件を取り上げておる。最早、後情報すら流れぬ。捜査に進展がないというよりも、世間からは忘れられつつあるのだ。流行の移り変わりは激しい。

(まぁ、俺が出張ったところでなんの力にもなんねぇし、お前の言う通り美咲さんたちに任せるしかないな)

 土蜘蛛とナマハゲの時と似た様な事を言っておるな、此奴(こやつ)。だが、厳然たる事実でもある。此処(ここ)は学生らしく、勉学に励むしかないな。

(お前それ、この前も言ってなかったか?)

(おや? そうであったかな?)

(もうボケてきてんじゃねぇの? 歳だもんなぁ)

(まだ現役でも通用すると、以前言ったばかりであろうが!)

 相変わらず無礼千万な奴だ。我に対する敬意が微塵も感じられん。此方人等(こちとら)、貴様の先祖が土器に縄で模様を付けておった頃から生きておるというのに。(ようや)くこの地に弓矢が普及し始めた頃であるぞ。全く、これだから最近の若い者は。

「お、もうこんな時間だ」

 気が付けば、家を出る頃合いであった。皿の上の物を急いで腹に収め、食器の片付けもそこそこに士は腰を上げる。

(まだ充分間に合うな)

 戸締りを確認し、玄関を出た所の廊下から飛び下りる。それから真っ直ぐに学校へ向かう。しかし、何時(いつ)もと同じとはいかんかった。通学路を一人で歩いておると、奇妙な光景に出くわしたのだ。

「やぁ、そこのカッコイイ学生さん。何か悩み事ですか? 良かったら見てあげましょうか?」

 胡散臭さ満点の占い師が店を広げておったのである。それも往来のド真ん中で。この状況を近所の人が目撃すれば、警察に通報しても不思議ではない。それ程の怪しさが漂っておる。しかも、その者は知己であった。

「霊能者さん、何してるんですか? 朝っぱらからこんな所で」

「見ての通り、道行く人を占っているんですよ。格安でね」

「へぇ~」

 士は早くも興味を失い、登校へ意識を向ける。今は関わっておる場合ではない。ところが、歩き出そうとする此奴(こやつ)を彼が慌てて呼び止める。

「ま、待って! 待ってください! あなた今、自分ではどうにもならない事にブツかって歯痒い思いをしていますよね? ね!?」

 強引に士を引き留める霊能者。彼と会うのはこれが三度目だが、何と言うか彼らしくない。あくまでも想像であるが。

「こんな所で商売してるのがバレたら不審者扱いでしょっ引かれますよ?」

「大丈夫ですよ。私と石森さん以外には誰も居ませんし」

 霊能者にそう言われ、士は辺りを見回す。確かに、視界内には人っ子は(おろ)か猫一匹すら映らぬ。

(まぁ、まだこんな時間帯だし、もともと人通りも少ないトコだしな)

 誰も見掛けぬ事に理由付けし、一人納得する士。改めて霊能者に向き直る。

「それで、えーと、なんでしたっけ?」

「はい、石森さんがこれから採るべき行動を占って差し上げようかと」

「占いねぇ……」

 高い金を取る癖に、当たり障りのない事を言うだけで何の足しにも指標にもならない。士の中で、占いとはこういうイメージであった。正直、我もあまり好かぬ。有象無象の中に、少数の本物が()る事は重々承知しておるが。

「まぁまぁ、『当たるも八卦、当たらぬも八卦』と言いますし、今回は友人のよしみとして特別にタダで占ってあげますしょう。私の占いは良く当たると評判ですよ?」

 怪訝な表情をして、この場から一刻も早く立ち去りたそうにする士に、霊能者は尚も勧める。何時(いつ)から貴様と友情を結んだのか、全く心当たりはないが、万策尽きておるのも本当だ。此処(ここ)は占いという未知の手法に頼ってみるのも一興か。

(でも、タダより怖いもんはないって言うし……)

 無料という、甘美かつ危険な言葉に士は躊躇(ためら)いを見せた。

「では、早速見てみましょうか」

 だが、霊能者はそれを無視し、勝手に何かを始める。士が止める間もなかった。彼はゴソゴソと手を動かし、幾つもの小さい物体を机の上にバラ撒く。その後、チラッと遁甲盤(とんこうばん)に目を移す。他にも何か書かれた紙を見遣()った。最後に(わざ)とらしく水晶を凝視。そして結論を述べようとする。

「出ました」

「あんなやり方で本当に何か分かるんですか?」

 其処(そこ)に士がイチャモンを付けた。イマイチ信用ならん様だ。我もこの方面に関して詳しくはないが、色々と混合し過ぎな気がする。あれが今時の正当な方法なのであろうか。

「ええ。私はこれまで、このやり方でたくさんの人たちを救ってきたんですよ? もう少し信頼してください」

 心外だ、とばかりに霊能者は反論する。如何(どう)やら、彼にとっては最も理に手法らしい。

「では改めて、石森さんがこれから辿るであろう運命を発表します。まずは本分である学業から。普段通りに励みましょう。分からないことは周囲の人に訊くように」

 極普通のアドバイスである。

「恋愛、コツコツ頑張りましょう。待ち人は来ています。金運、浪費に注意。大きい買い物は控えましょう。買うよりも売った方が幸運は舞い込んできます。勝負運、悪くはありません。ただ隠し事には充分に注意してください。それが命取りになります」

「なんか、朝の情報番組とかその辺の雑誌とかでも分かるような内容ですね」

 若干、御神籤(おみくじ)も混じっておるな。そんな士の余計なチャチャを無視し、霊能者は続ける。

「最後に(うしとら)の方角が吉。ラッキーアイテムは耳栓です」

(うしとら)ってイチバン縁起の悪い方角なんじゃ……」

「ええ。ですが、石森さんにとっては幸福が待ち受けている方角でもあります」

 無論、良からぬ事態が待ち構えておるかも知れんとの事だ。

「これって今日一日を占ったんですか?」

「いいえ、今日だけとは限りません。なるべく近日中の出来事を見ましたが、いま言ったことが起きるのは来週かもしれませんし、来月、もしかしたら来年のことかもしれません」

 不確定な未来を断片的に見たという訳か。キナ臭さに益々(ますます)磨きが掛かってきたな。

「そして外れる可能性もあると」

「ええ、まぁ。占いとはそういうものです。最初に言ったでしょう?」

「はぁ……」

 今後この情報が役に立つとは到底思えんな。その頃には恐ら二人共に忘れておろう。

「では、私はこれで失礼します。この通りでは、もう人は来そうにありませんので」

 これにて霊能者の占いは終了。彼は言いたい事だけ言うと、そそくさと店仕舞いを始める。瞬く間に荷物を纏めると、それを担ぎ上げて霊能者は最後にこう言った。

「あーそうそう、言い忘れていました。先ほどは『いつのことか分からない』と言いましたが、あの中のどれかに関しては、今日のことについて言いました」

「えっ?!」

「それが何かまでは分かりませんが。それでは石森さん、お達者で」

「あっ、ちょっ……!?」

 そう言って、霊能者はダッシュでこの場を立ち去った。士の伸ばした手が(むな)しく宙を掻く。彼の姿はあっという間に見えなくなった。去り際にあの様な言葉を残されても、曖昧過ぎて何の指標にもならんな。

(結局なんの助けにもなりそうにねぇな)

 士も同じ様な事を考えつつ、呆然と彼の背中を見送る。程なくして、自分が登校中であった事を思い出した。

「うおっ?! もうギリギリじゃねぇか!?」

 携帯電話で現在時刻を視認。思考を瞬時に切り替え、士は学校へ向かって走り出す。幸い、始業に間に合いはした。だが、終業まで言い様のない不安に駆られる士であった。

 ○●○●○

 放課後になっても士の憂慮は拭われんかった。(むし)ろ、増大する一方だ。

(占いなんかこれっぽっちも信じてないのに、あの人の口から言われると途端に信憑性が増すんだよ。なんでか分かんねぇけど)

 あの様な大雑把なやり方であるというのに、何故か真実味がある。不思議なものだ。

(とにかく(うしとら)、えーっと、こっから見て北東の方角に行かなきゃイイんだろ? 簡単だ)

 下校する際、北東に向かわなければ、学校を南西に置かなければ良いだけの事。然程、難しい話ではない。己を中心として、前後左右が東西南北の何処(どこ)に当て嵌まるか程度は把握しておる。

(地元じゃ出来てたし、こっちで鈍った感覚はない。大丈夫だ)

 ところが、教室を出ようとすると、珍しく声を掛ける者が()った。

「石森、今日はこれから暇か?」

 天道であった。彼と一緒のクラスになり、話す様になってから初めての事である。

「あ、ああ、何も予定はないけど……」

「ならちょっと付き合ってくれないか?」

「ああ、イイよ。どこ行くんだ?」

「市場調査だ」

 天道の目的を聞き、士は『こいつナニ言ってんだ?』と疑問を(いだ)いた。

「どんな商品がどれくらいの値段で、どれほどの数量で売られているのか。それを調べに行く」

 それを聞かされたところで、話が全然見えてこぬ。

「な、なんで?」

「実は、僕の実家はとある商店を経営していて、僕はいずれそれを継ぐ予定なんだ」

 成程、その時の為に今から勉強しておるという訳であるな。勤勉な奴だ。

「天道ん家はなんの商売やってんだ?」

「いろいろ売っているが、前々から力を入れているのは防災用品やアウトドア用品だ」

 昨今、どの自治体・企業も災害対策を怠っておらぬ。個人や家族単位でも同様、いざという時の為の備えを軽視する者は少ない。悪くない習慣である。

(山岳部に入ったのもその影響か)

 少なからず理由にはなっておろう。

「そういうのって、ネットで纏め買いして配達してもらうモンじゃねぇの?」

「たしかに、結果的にそっちの方が安上がりになることが多い。労力も少なくて済む。ただ、未だにネットでの買い物に拒否感を覚える人も居るんだ。もちろん、ネット販売も行っているが、直接店まで買いに来る人も依然多い。実際に目で見て、手に取らないと分からないこともあるからな」

 加えて、御近所の方々の存在も忘れてはならぬ。故に、地道に自分の足で調べるというのだ。

(せっかく誘ってくれたのに断るのも悪いな)

 それに、自身も興味がない訳ではない。ただ、乗り気になった士ではあるが、一つ確かめておかなくてはならない事がある。

「ちなみにそれはどっち?」

「え? あ、あぁ、あっち……かな?」

 事情を知らねば意味不明な士の質問に、天道は律義に答えた。彼が指を差した方向は南西。

「そうか。じゃあ行くか」

 北東ではない事を確認し、士は改めて彼に付いて行く決意をした。

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