鍛える予感⑥
「元は一部屋で過ごそうと思っていたんだが、次第に無理が生じてきてな。隣の二部屋も借りることにしたんだ」
士が何か言う前に、スコットは更に続けた。
「オマエの言いたいことは分かるが、安心しろ。ちゃんと三部屋分の家賃は払っている。三年分を前払いでな。なんの問題もない」
「家賃をいくら払ってようが壁は崩したらダメなんだよっ!!」
正論を説いても尚、彼等は開き直る。
「えー?! でも、こんな狭い部屋に三人で住めるワケないじゃん。常識的に考えて」
「お前の常識は、ここじゃ非常識なんだよ!」
独りでは広いこの間取りも、三人だと少々手狭か。
「つーか独りでもキツイってーの」
それに、三人は押しも押されもせぬ魔界の貴族。だだっ広い城での暮らしが長く、それが当たり前だという教育と認識であった為、こういった所には慣れぬのであろうよ。
「ホラ、アレだよアレ。今はやりの“シェアハウス”ってヤツだよ」
「何がシェアハウスだ。ただ単に壁ブッ壊してムリクリ繋げただけだろうが」
「人間と悪魔の壁を撤去してやったんだよ」
「物理的にはそうだろうさ。でも逆にこのせいで、心の壁は余計に高くなったぞ。つーか、なんでこんな事したんだよ」
人と魔の論争は一向に止む気配を見せず、延々と繰り広げられる。
「用があるたびイチイチ外に出てからドア開けて入んのメンドくせぇだろ?」
「ああ。不要な手間は省くべきだ」
「なんの為のドアだ!! プライベートがゼロじゃねぇか!!」
「オレたちは一つ屋根の下で暮らしてもなんの支障も出ない」
「俺の生活には尋常じゃないぐらい支障が出るんだよ!!」
そう士が言うと、三人が三人共キョトンとした表情を浮かべた。
「は? ナニ言ってんだ、今さら」
「え? 何が?」
「あれ? もしかして気づいてなかったの?」
「だから何が?!」
オイオイ、まさか此奴等……。
「部屋を繋げたのはもう一ヶ月も前の話だぞ」
「え……!?」
やはりそうか。やってくれたな。士も、突き付けられた実相が心の許容量を超過した様だ。瞬刻だが、思考が停止した。
「ウソだろ……全然気づかなかった……」
喉からは、何とかそれだけが絞り出せた。
「そりゃ気づかないに決まってるじゃん。ボクがやったんだから」
バッキーが透明化や気配遮断等の能力を利用しまくり、通り道を開通させたのである。
「一ヶ月もの間、わずかな音も匂いも漏らないようにするのは苦労したぞ」
士の感覚器官は鋭い。明らかに身に覚えのない雑音や異臭がしたならば、即座に勘付く。視覚は上手い具合に騙されたが。
「ついでに掃除機もかけた」
この部屋に埃や塵や汚れが全く見当たらんかった理由はそれか。それに関しては有難かった。
「そのへんに仕掛けてあった盗聴器も先ほど回収した」
「ブッ……ッ!? と、盗聴器まで仕込んでたのか?!」
何と言うか、仕事熱心な奴等である。傍迷惑極まりない。
「いちおう良心の呵責は感じていたのでな。こうして素直に告白したんだ」
「ロクな情報は得られなかったからあんま意味なかったけどな」
「独り暮らしじゃ音なんて発しないしねぇ」
我との対話も大半は心の声で行っておるからな。物音程度しか聞こえぬであろう。後は、沢渡や美咲達との通話位のものか。
「つっても実際に盗聴はしてたから……」
「「「ゴメン」」」
息の合った動作で三人は頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。
「う~ん、でもまぁ、仕事だったんだし、仕方ないんじゃね? 頭あげてくれ」
士は彼等を赦した。此処までくると、寛容を通り越してやや不気味である。
「よし、これで気兼ねなく人間界で生活できるな」
「ああ、高校生を存分に満喫してやろう」
「うん、イィッッパイ食って寝て遊ぶぞぉ~」
(こいつら本当に罪の意識とか感じてたのか?)
士の疑念を余所に、一段落着いたところでスコット達は朝食を再開。士もそれに倣い、ものの数分で終わらせた。
「うぃ~、食った食った。ごっそさん」
爪楊枝で歯の隙間をシガシガしながら、クリントが立ち上がった。
「ふぅ~、ごちそうさま。片付けはボクがやるね」
バッキーは空の食器を集め、台所に運ぶ。
「お粗末さま。頼んだぞ」
食後のお茶を用意するべく、スコットは自室へと一旦帰宅。
「じゃあオレは遊びにでも行……」
その言葉と共に、クリントは外に出ようとしたが、スコットに物理的な手段で呼び止められた。
「オマエも手伝って来い」
「ぐっ……! チッ。へぇーへぇー、わっかりましたよ~。食後のティータイムもあるしな」
一方の士はというと、彼等の一連の行動をボーッと眺めておった。所在なさ気に、テレビでも点けるかとリモコンに手を伸ばす。
「うおっ!?」
その時、スコットが壁からニュッと顔だけを出して、こう問うてきた。
「ツカサは紅茶派? コーヒー派?」
「こ、紅茶かな……」
彼の心臓に悪い登場の仕方に、士は呆気に取られつつも返答した。
「了解」
そう言い残し、頭はスッと引っ込んだ。これも、時が経つにつれて日常の光景と化すのであろう。
「待たせたな」
暫くして、スコットがティーセットを持って来た。それから少し経ってから洗い物が終了。クリントとバッキーも席に着いた。スコットは食後のドリンクを、順次置いていく。士はリクエスト通りに紅茶、スコットとクリントはコーヒー、バッキーはココアである。全てホットだ。
「砂糖とミルクは?」
そう言ってクリントが差し出した物は、スティックシュガーやコーヒーフレッシュではない。専用の器に容れられておった。
「要らない」
士はそれを丁重に断り、丁度良さそうな温度の紅茶を口元へ運ぶ。存外に熱い。その間、スコットは砂糖をスプーン二杯分のみ。クリントは砂糖をスプーン一杯分とミルクを少々。それぞれ自身のカップに落とし込んだ。




