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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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    危険なアルバイト②

 一週間後の日曜日、午前十時前。《X-SEED》という謎かつ胡散臭い組織の女、沢渡 桜。彼女の誘いを受け、士は時給十万円(諸経費込み)のアルバイトを始める事にした。

「う〜ん、ここ、だよな?」

 彼女に言われた通り、東京郊外のとある場所へとやって来た。

(うむ。貰った名刺に書かれておる住所は紛れも無く此処(ここ)を示しておるな)

 普段のトレーニングも兼ねて走って来たのだが、それ程遠くは無かったな。電車賃は節約可っと。

「なぁ、ここって……」

(ああ、ボロボロ、だな)

 そう、沢渡 桜に貰った名刺に書かれていた住所には、朽ち果てたビルが数棟建っておるだけであった。見事なまでの廃ビル。しかし、何処(どこ)か違和感を覚える。まるで、何かで覆っておるかの如く。

(む! これは!)

「なんだ? なんか分かったのか?」

(うむ。これは恐らく、《結界》だ)

「結界? ってあの結界か?」

 貴様の頭に、どの結界が浮かんでおるのか分からんが、まあ良い。

 結界にも色々ある。此処(ここ)に掛けられておるのは、この場所の事を知らぬ者が寄り付かぬ様にする為のモノ。それと、正常に認識出来ん様にする為のモノだな。多分。

 悪魔である我と融合しておる士が、無事に此処(ここ)を通れるかは不明であるが、まあ、その時は大人しく帰れば良いか。後で如何(どう)なるか分かったものではないが。

「じゃあ俺がここに来れたのは……」

(その名刺を持っていたからであろうな)

 沢渡に渡された名刺は、通行証の役割を果たしておったのか。

「見えないのは?」

(う~~む、恐らく、一度も来た事が無いからではないか?)

「あ~成程な。じゃあ、入ってみるか」

 士は特に躊躇う事無く、廃ビルの一つに向かって一歩を踏み出した。

「――! うおっ……!?」

 すると、いきなり目の前の景色が変わった。先程までは朽ちたビル。だが今は、全く別の景色である。

(おお! これは……!)

 まず、我々の目に飛び込んできたのは、視界を埋め尽くす程のヒト、人、ひと。

「うわぁ~! スゲェ人だな。都会のド真ん中と大して変わんねぇな。……ん? んん!?」

 ヒト。確かにヒトだが、細部が違う。頭から角が、尻から尾が生えておる者。背中から生えた翼で空を飛んでおる者。全身が鱗で覆われておったり、エラやヒレを持っておったりする者。体が大きい者に小さい者。様々なヒトが今、士の目を独占しておった。

「な、なぁ、これ……」

 自身はミュータントであり、悪魔と融合し、怪物とも戦い勝利した。斯様(かよう)な存在が実在する事も予想はしておったであろう。しかし、いざ目の前に現れるとなると話は別。それも、これ程大勢となれば尚更であろう。

(ふむ。《亜人》に《獣人》、それと《鳥人》に《魚人》だな。お! 《小人》に《巨人》も()るな)

「予想はしてたけど、ほ、本当に、居るんだな」

(うむ。此処(ここ)は恐らく、日本に()ける《特区》なのであろうな)

「《特区》?」

 聞き慣れぬ単語に疑問を抱く士。

(うむ。正式には《汎ヒト族特別居住区》、略して《特区》だ。ヒト族以外も()るがな)

 我は士の問いに答えてやった。

「えーと、つまり、人間以外の種族がここに集まってるって事か?」

(まあ、そういう事だ)

 魔界と違って、人間界で目の前に()る彼・彼女等がそのまま歩き回っておったら、人間達には余計な混乱を、彼等自身には理不尽な差別や虐殺を招く事になりかねんからな。ミュータントや超能力者達と同様にな。その為、この様にして人間達の目に触れん様にしておるのだ。

 同じ国民でさえも虐げるというのに、其処(そこ)に、明らかに自分達とは異なる存在が混じっておるとなれば、彼等がどの様な行動を起こすのか、想像するのは容易い事であろう。

「へぇ…。……あ、それより早く行かね―と。もうすぐ約束の時間だ」

(おお。それもそうだな。……お! 多分、あの建物ではないか?)

 溢れ返るヒト共の先に在る巨大なビル。恐らく彼処(あそこ)が目的の場所、《X-SEED》とやらの組織の本拠地であろう。

「ヤベ! 急がねーと! マジで遅れる!」

 道中の障害物となっておる奴等を掻き分けながら、士は急ぎ足でビルへと向かう。ところが、その距離は想像以上のものであった。

「ゼェ……ハァ……や、やっと着いた。思ってたよりも遠かったな」

(ああ、ビルが大き過ぎて距離を測り損ねたな)

 それにしても、これ程の広さの土地を都内で確保できるものなのか? もしや、《亜空間》を創り上げ、その中に街を築いておるのではなかろうか?

(ハァ。さて、じゃあ、さっさと入るか)

「待て。貴様、何者だ?」

 ビルに辿り着いた士は中に入ろうとするが、それを警備員の様な、門番の様な男に阻まれた。

「え? あ、その……」

「ここは唯の人間が来て良い場所ではない。早々に立ち去れ」

(おい、士。あれ、沢渡に貰った名刺、あれを見せれば良いのでは?)

「あ、ああ、そうだな。えっと……これだ」

 士は門番の男に名刺を見せる。

「む? なんだ? こ、これは……っ! し、失礼致しました! 中へお入り下さい!」

 名刺を見せられた門番は途端に表情を一変させ、士を中へ入る様に促した。

(もしかして、あの沢渡って人、かなり偉い人なのか?)

(ふむ。門番の男の反応からしてその可能性は高いな)

 中に入った士は、入口付近に設けられた受付らしきカウンターへ近付き、名刺を見せながら沢渡の()る部屋を尋ねた。

「すいません。名刺の人に呼ばれたんですけど……」

「はい。石森 士様でございますね? お話は沢渡から伺っております。そちらのエレベーターで五十四階までお上がり下さい。沢渡の部屋はエレベーターを降りてそのまま直進した奥の扉で御座います」

「分かりました。ありがとうございます」

 受付の女性に言われた通り、士はエレベーターに乗り込み、五四階まで上がって行く。そして、五十四階でエレベーターを降り、真っすぐに進むと遂に目的の場所へと辿り着いた。

 士は目的の扉の前に立つと、やや遠慮気味にノックをする。

「開いていますので、お入り下さい」

「失礼します」

 中からの返事に従い、扉を開け、部屋へと入る士。扉の向こうには、此処(ここ)へ招いた張本人である沢渡 桜が椅子に腰掛けておった。彼女は机に積み上げられた書類の山と格闘中の様である。かなりの量である。これを独りで処理しておるのか。

「ああ、石森さん。よく来て頂きました。どうぞ、そちらにお掛け下さい」

「はい、失礼します」

 沢渡はソファを手で示しながらそう言った。士はその言葉を受け、ソファに座り、沢渡もその向かいのソファに座った。

 この場所についての講義が沢渡の口から為されたが、大体は我の推測と陳弁の通りであったので省略する。

「…………以上で説明を終わります。何か御質問はありますか?」

「いえ、特にありません」

「そうですか。もし何か分からない事があれば、受付のインフォメーションにお尋ね下さい。では……」

 と、その時、書類塗れの机の上に置いてある電話が鳴った。沢渡は受話器を取る。

「少し失礼します。はい、沢渡です。……え? はい、分かりました」

 沢渡は掛かってきた電話と短い会話をし、それが終わると受話器を置いて電話を切る。そして士の方に向き直りこう告げた。

「石森さん、早速で申し訳ありませんが、お仕事です」

「え? あ、はい」

「至急、現場へ向かいます。付いて来て下さい」

「は、はい。分かりました」

 沢渡は部屋を出て行き、士もその後を追う。ふむ、これが士の初仕事となる訳だな。

「あの~今日はどんな仕事なんですか?」

「今回、石森さんにやって頂くのは、こちらに迷い込んで来たアンデッドの討伐です」

「はぁ、アンデッド、ですか」

「はい。どうやら動く骸骨、《スケルトン》が現れた様なので、その殲滅をお願いします」

「す、スケルトン、ですか……」

 士は何やらビクついておる様だ。何を今更。

(なん)だ? 怯えておるのか?)

(そりゃお前、骸骨が動くなんて気色悪ぃじゃねーか)

 あ、そう言えばアンデッドと対峙するのは、これが初めてか。では無理もないか。奴等の醜悪さと不気味さは人間には耐え難いからな。我も初めて見た時は辟易したものだ。

 と、(しばら)く歩いておると、沢渡はとある部屋の前で立ち止まった。

「スケルトン討伐に行く前に、こちらで武器を持って行って下さい」

 案内された場所は武器庫の様だ。刀剣・長物・鈍器・投擲・銃器・爆弾等々、古今東西ありとあらゆる武器が取り揃えられておる。しかし、士は武器を使った事は疎か、竹刀すら握った事が無い。

(おい! 俺、武器なんか使えねーぞ!)

(ではもういっその事、素手で行けば良いのでは?)

(う~~ん、でもせっかく用意して貰ってるし……。何より、こんだけの武器を目の前にしたら、男なら誰だってテンション上がんだろ?)

 まあ、気持ちは分からんでもないが……。かといって、使い慣れん物を無理に使うと怪我しかねんし……いや、士は怪我してもすぐに治るか。

(なんか初心者でも扱えるヤツねーの?)

 士は我にアドバイスを求めてきた。ふむ、そうだな……刀剣や長物、投擲物や銃、それに爆弾は避けるべきであろう。どれも満足に扱うには修練が必要であるし、スケルトンは骨だけのアンデッドである為、斬る・刺す・撃つ系は相性が悪い。となれば……。

(……お! あのメイスならば、馬鹿力と頑丈で不死身な体しか取り柄の無い貴様でも使えるのではないか? あれならば振り回すだけで良いから技術も要らんし、骨ごと破壊できる)

 頭脳労働が苦手な我であるが、こういう事であれば多少は理解できるからな。

(いま聞き捨てならないセリフが聞こえた気がするけど、見逃してやる。うん、確かにあれなら俺でも使えそうだ)

「そうですね。じゃあ、あのゴツいメイスを持って行きます」

「あのメイスかい? あれは結構重いよ? 本当に扱えるのかね?」

 この武器庫の管理人らしき人物が、士に苦言を呈す。何か、如何(いか)にも「職人」という感じの男性である。

「大丈夫です。腕力には自信があるんで」

 士が我の助言を得て選んだのは、両手持ちの巨大メイスである。敵に打つ側の形状は、巨大な六角錐の半分辺りの所で切断し、その尖った方を取り除いた感じだ。面積が狭い方の底面に、長い柄を取り付けた様な形をしておる。柄には、滑り止めとして革が巻かれておる。これならば、此奴(こやつ)の数少ない取り柄である筋力を存分に生かせるであろう。

「おお~良い感じだ」

 管理人から手渡された巨大メイスを両手で軽々と持ち、感触を確かめる士。

「お~、本当に持ちよった。それもあんな軽々と。そのメイスは軽く三十kgは超えとるのだぞ?」

 彼の驚きが想像よりも少ない。体付きで見極めたか。

「武器は決まりましたね? 次は防具ですが……」

「お、おう。か、彼の体格だと……このサイズだな」

 そう言って男が取り出したのは、テレビや映画等でよく見る防弾ベストである。



 この防弾ベストは、高強力ポリエチレン繊維という強靭な繊維を織り込んだ布を 十重二十重(とえはたえ)と重ね合わせて衣服にし、更に心臓や肺といった体の重要部分の上には、衝撃を与えると硬化する《リキッドアーマー》と呼ばれる液体が仕込まれておる。その性能は、金属プレートで補強された従来の“クラスⅣ”と呼ばれておる代物に比べ、強度が向上し、かつ軽量化に成功しておる。一応、市販されておる品だと言う。



 と、管理人の男が釈義してくれた。しかし、その様な事をされたところで、士はあまり理解しておらんぞ?

(防具って……必要か?)

(一応、万が一の為に着ておけ。邪魔にはならん筈だ)

(そうかなぁ……?)

(確かに貴様は怪我自体あまりせんし、してもすぐに治るが、着るのを拒否して、色々突っ込まれるのも面倒であろう?)

(う~ん、それもそうだな。怪我しない事に越した事はないしな)

 なるべく怪我を避けたい士は、若干嬉しそうに防弾ベストを着込んだ。まあ、男なら一度は着てみたいわな。

「これで準備は完了ですね。では参りましょうか」

「はい」

「なぁ、桜? この坊主は何者なのだ?」

「そうね。期待の新人、っていうところかな?」

 ん? 沢渡の口調が一変した。それは親しい者に語り掛ける時のモノである。

「彼が居れば、あなたの仕事もかなり楽になる筈よ、父さん?」

 何っ?! 貴様等、親子であったのか!?

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