戦いは終わる⑥
「それよりどうだ? 人間の暮らしと“見た目”は?」
「悪くない。刺激的な毎日だ。見ておるだけだがな」
例えるならば、一人称のテレビゲームをしておる様な感覚である。目で見て・耳で聞いて・鼻で嗅いで・舌で味わい、そして肌と粘膜で触れ合う。苦しみや痛みだけがない。高性能かつ近未来的な次世代ゲーム、と言えば分かり易かろう。……済まん。この肉体、粘膜による接触はまだ経験しておらんかったわ。
「己の意思通りにならぬところが欠点であり、また面白いところでもある」
「ふむ、余生を存分に満喫しとるようだな」
「まあ。皆と同じ姿、人間の姿も手に入れられた事であるしな」
ブルースと違い、我が異形の出で立ちで人間界に来たのには訳がある。遺伝だ。我の祖父が、さる御方に掛けられた三つの呪い。子々孫々、末代まで付き纏う強烈な怨み。アモンの血が濃ければ濃い程、より強く受け継がれていく宿命。いや、そんな大層なモノではないか。兎も角、それが影響しておるのだ。
あー、思えば色々と不便も被ってきた。魔力は満足に扱えず、日常生活は“あの姿”で過ごさねばならんし、もう一つに関しては……考えたくもない。
話題を変えよう。次は我の番だ。
「そういう貴様は如何なのだ? 王の役目をほっぽり出して人間界に来たのか?」
「王? そんなモノ、とうに退任したわ。オマエさんが魔界を出て、まもなくな」
「そうなのか?」
「ああ、我輩も歳だからな。世代交代という奴だ」
齢七千、玉座に就いてから早四千年。それだけの年月が経ってやっとか。
「後継がなかなか育たんかったのだ。最近生まれた息子がようやくモノになってな」
「おお〜、彼奴か。噂は我の耳にも入ってきておったぞ。貴様に似て聡明だそうではないか」
此奴は、脳味噌にまで筋肉が詰まっておりそうな外見に反して、結構なインテリ。士の祖父達と同じく、王になる前の職業は学者なのである。その時の習慣は、戴冠しても一部残った。政務の傍ら、研究や資料漁りに勤しんでは家臣に叱られるなんぞ日常茶飯事であったとか。
「クックックッ、初めての男児、我が子ながら優秀よ。娘たちは才色兼備の美人揃いであるし、言うこと無しだな」
親馬鹿、此処に極まれり。我もこの様な事を言いたかったわ。
「っと、スマンかったな。配慮が足りんかったわい」
「いや構わんさ。ずっと引き摺ってはおれん」
その件については、とっくにフッ切っておる。もう何千年も前の事であるからな。
「ところで貴様、どの様な事情があって空から落ちて来たのだ?」
我も初来日した時、上空五千mから落下した。何故なら此方に転移する際、座標の設定を誤ってしまったのである。いやぁ、その先が深海や地下、大気圏外等でなくて運が良かったわい。万が一、億が一、其処に飛ばされたと考えただけで身の毛が弥立つ。殆ど有り得んが。
「あー、アレか座標設定を間違えたのだ」
「何だ、貴様もか」
「む、オマエさんもかい」
「「ハッハッハッハッハッ!!」」
我々は約百年振りに、同じ理由で笑った。たかが百年。存外、長かったな。
「あー、笑っておるところ済まんが、この惨状を如何するのだ?」
一頻り腹を抱えて笑った後、周囲の様子を思い出し、或いは見渡して訊いた。
「此処は神社であろう? こうも派手に散らかしてしまうと祭神は怒り心頭なのでは?」
「あぁ、その辺の心配は無用だ。建物には傷を付けてはならんという事と、壊した物は全て弁償するという条件で呑んで貰った。外縁には結界も張ってあるから騒ぎにもならん」
その様な緩い条件で、切り倒された何百もの木々や、其処彼処に散乱した刀剣や矢を許せるものなのか。庭に放火され、一部を氷漬けにされても尚か。
また、結界は外苑と内苑、何方にも敷いておるという。
「外には修復班を待機させておる。日が昇る頃には回復させよう」
当たり前だ。我等にその様な事はできんし、そもそもの原因は貴様等にあるし、大半を壊したのも貴様の部下達なのであるから。
「オマエさん、あの術を使ってみてどうだった?」
「あ〜、元の体が塵埃となった」
「やっぱり元には戻れんか」
ブルースが言うあの術とは、士の肉体を奪おうとした秘術の事である。とある御方に習い、我が唯一会得できた術でもある。因みに、此奴は習得できんかった。
「だが、己の情報を全て持っていけるぞ」
「若返ると共に、乗り移る相手を厳選すれば、身体機能や知識なども高められるということか」
現に我がそうである。失敗して、アモンの特性をものにされたが。
「それが本来の使用法であるからな。全く、便利かつ危険なモノを遺して逝って下さったな」
「使ったオマエさんが言えた義理ではなかろう?」
「ふむ、確かに」
それからも二〜三、我々は情報を交換し合った。ブルースの葉巻が全て燃え尽き、携帯灰皿の中に収まるまで。
「ふぅ〜、もうすぐ夜明けだ」
喫煙具とスキットルを何処かに収納し、奴は重い腰を上げた。
「我輩もそろそろ帰るとしよう。オマエさんも気をつけて帰れよ」
徒歩で公園の出口へと向かうブルース。去り際、奴は片手を上げて振り返えらずにこの様な台詞を残して行った。
「あ! 彼に伝えておいてくれ。アイツ等と仲良くしてやっとくれ、とな」
ん? 如何いう事だ? ……いや、大体呑み込めた。引っ掛かった言葉を除去しつつ、我は道草を食わずに帰宅。と、思ったが、一時停止して踵を返す。
「……うおっ、あ、危ない。鞄と餃子を忘れるところであった」
慌てて回収し、今度こそ家路に就いた。風呂に入って、とっとと寝よう。




