戦いは終わる③
(体を我に明け渡せ)
そう主張すると、士は吃驚こいた心情を口に出そうとする。我はそれを押し留め、ざっと論説してやった。
士が寝たり気絶したりして我に肉体の主導権が移った場合、思った通りに戦闘ができる程にはコントロールが利かん。体に染み付き、残留しておる此奴の意識が動作の妨げとなるからである。ところが、士が自らの意思で我に体を明け渡した場合、それは喪失する。よって、我が十二分に力を振るえる様になるのだ。……多分。
(だから退け)
(多分ってお前……。はぁ、まぁ、背に腹は代えられない、か。しゃーない、頼んだぞ)
(任せろ)
大した逡巡もなく、士は進んで我に己の体を預けた。常日頃から築き上げておる信頼関係が為せる即断即決である。
(ちゃんと返せよ)
【分かっておるわい】
人格の表裏が入れ換わり、我は士の身体の全てを担う事に成功した。
【ググ……ッ! ヌゥ……ッ!!】
それに伴い、此方にも変化が訪れた。といっても、体格が以前の我に近付いただけである。
二mを少し超える程度であった身長は、三m程度にまで引き上げられ、胴体も四肢も二回り以上は太くなった。劇的という程ではないが、パワーやスピード、タフネスはこれまでの比ではなかろう。当然、体重も増した。
(ふむ、これで多少はマシになるか……)
経験も生かせる事であるしな。技量は士と比較してもそれ程ではない為、悪しからず。
【おや? お体が少々大きくなられましたか?】
【ふむ、ローガンは魔術が使えん。アイツめ、魔術師と融合したか】
【ヘンッ! 魔術師に存在全て奪われるとかダッセーなぁっ! 最上級悪魔の面汚しだぜ! あんなんがアモン家の頭首だったとか嗤いしか出てこねぇわ!】
牡羊が此方の異変に気付き、それについてブルースが当てずっぽうに述べた。自身と同じく強化魔術を使ったと思っておるな。しかも、それが士の手で行われたとも考えておる。
あー後、雄牛は絶対に潰す。二度と出現できん様にパーソナリティを根元から抹消する。霊能者辺りにでも頼めば除霊してくれるであろう。
(あいつらはそんな事で消えんのか?)
(いや、何となくそう感じただけだ)
さて、雑談という名の前置きはもう要らん。という訳で往くぞ! 今度は我等がなっ!
【フッ、何をしたのか知らんがちょっと大きくなったぐらいで戦況は覆え、ゴッ……!?】
己の強靭極まりない肉体を誇り、躱す素振りも見せぬブルース。そんな我等を鼻で嘲る奴の脇腹に、拳を打ち込んでやった。超握力で固め、中指の関節を尖らせた中高一本拳を満身の力で。
すると、奴の巨躯は九の字に曲がり、両脚が地から離れて宙に浮く。勢いは死なず、数m宙を舞う熊が其処には在った。木々を押し潰しながら、奴は地面に落下。腹を押さえ、苦痛に呻く。
【グッ……!! ムゥゥ……ッ】
ふむふむ、ちゃんと効いておるな。打撃力も、以前に比べて遥かに増しておる。奴の短い脚、もとい膝が震えておるわ。魔術で肉体の強度が向上しておるというのに。
(おるおるウルセェ)
士が文句を言うが、黙殺する。
【フン、その姿になっても短足なのは以前と同じか】
【だ、誰の脚が短ぃ、だ……!?】
おっと、心の声が駄々漏れになっておったか。それを聞いた奴は、怒りを見せる。かと思えば、即座に驚きへと変容させた。
【そ、その声は……?! まさか……っ!?】
む? ブルースが此処にきて初めて狼狽し出したぞ?
(声? あぁ、俺と交代して変わったんじゃねぇの?)
奴がいきなり驚愕した訳を、士が代理して解答してくれた。
むぅ、その様な事で声質が変化するものなのか? いや、実際そうなっておるのか。身体付きも大分と様変わりしたからなぁ。舌や喉の周辺も然りである。
【そ、それにその眼……?! 炎の如き紅い瞳は……っ!?】
お次は眼か。奴の言を信じるならば、これも変色した様である。士の黒から我が紅蓮に。
【そしてその王を王とも思わぬ不遜な態度……!!】
それは貴様が相手の時だけだ。第一、『プライベートでは昔のままで良い』と言ったのは貴様ではないか。何を今更。
【オマエさん、まさか、ローガンなのか……!?】
我の名を呟きながら、ブルースは顔を指差した。奴のあの様な顔を見るのは、いつ以来であろうか。反面、左右の牛と羊は、先刻から絶える事なく何か唱えておる。
【そうだが、それが如何かしたのか?】
沈黙しておるのもアレな為、肯定の返答をしてやった。それに対して、ワナワナと震わせるブルース。何だ、我が実は存命であった事を知って、喜びに打ち震えておるのか? という楽観的な想像は、脆くも崩れ落ちた。何せ奴は態度を豹変させ……!?
【生きておったのなら連絡くらい寄越さんかぁっ!!】
ノーモーションで爪を振るってきた! 何故か酷く憤慨しておる! 速く、力強い! MBT(主力戦車)の装甲をも切り裂けそうである。
【ぬおぉっ!?】
それを脊髄反射で体を傾ける! 紙一重で回避……出来んかった! 皮膚・皮下脂肪・筋肉と貫き、深々と切創が付けられたが、瞬刻でものの見事に塞がる。
【むっ?! 動作が前より俊敏になっておるなっ!?】
【傷の治りも速いですよ!】
【ローガンのクセに生意気なぁっ!!】
三者三様、口々に感想を放つ三つ首。雄牛は確実にその素っ首を捩じ切ってやる。
ふむ、やはり此奴のボディは至極便利である。多少の悪環境をものともせんし、全然疲れぬ。事前の蓄えは必要だが、その量も異常である。半年前の我の目に狂いは無かった。
後は痛覚を消せれば万々歳だな。治癒力が馬鹿みたいに高ければ、痛みなんぞ不要であるからな。
(ハッ!? 待てよ?! このままこうしておれば士の肉体は永遠に我のモノに……!?)
(ならねぇよっ!!)
しまった!? 漏れておったか?! ち、違うのだ……!! い、今のは何というか……その、ほんの出来心で……!? 冗談で、ボケで……き、貴様も好きであろう?! こういうボケ……ああっ! 一瞬で支配権を塗り替えられたぁっ!?
【チッ!! 油断も隙もねぇな! やっぱ悪魔に心許したらダメだな】
は、半年間も掛けて構築した信頼関係が、たった数秒で水泡に帰したぁ……っ。
【そ、そう嘆くなよ。良い歳したジジイがみっともない。別にそこまで怒ってないから。生への執着と死への恐怖心がエグいくらいに働いただけだから】
貴様のその二つの欲には頭が下がるわ。
【お、おい、オマエさん、ローガンではないのか?】
今の士は、傍目にはブツブツと独りで喋っておる様にしか見えん。そんな士に戸惑い、攻撃の手を止めたブルースが話し掛けてきた。
【あー違う違う。俺はローガンじゃない。さっきまではそうだったけど】
右手を顔の前でパタパタさせ、士は奴の問いを否定する。彼方は押し黙っておったが、暫くしてこう切り出した。
【……済まんがもうイッペン代わってくれんか?】
【え?! あ、あ~うん、それは別に良いけど……】
奴の殺意が突然消え失せた為、士は内心オロオロしておる。
(も、もう変な気起こすなよ)
その一言で我等は再度交代した。勿論、起こさんさ。
【代わったぞ】
【オマエさん……本当にローガン、なのか……?】
到底信じられぬ。とでも言いたげなブルース。隣接する二つの頭も疑いの目で見ておる。
【そうだ。貴様の心の友のローガンだ】




