強魔②
キュアファクターの作用の一つとして、ミオグロビンの異常増加がある。故に、士の体内に貯め込められる酸素量は半端ではない。その為、切断面からは濃い赤色の筋肉が見えておる。とはいえ、流石にアダマンチウムを凹ませる事は不可能である。
頭が無い為、視覚や聴覚等は当然に失われた。だが、まだ残っておる皮膚感覚によると、ブルースが士の首無しの体を投げ捨てた事が分かる。奴は昔から、任務を終えるとすぐに家へと帰りたがる癖があった。愛する妻達や子供達に早く会いたいからだ。
我はそのままの状態で五分程待機し、ブルースが完全に立ち去った頃を見計らっておった。
……そろそろ良いか? 我はそっと指に力を入れる。すると、ピクピクと人差し指が動いた。我が士の体を動かせたという事は、士の意識はない。如何やら、首が取れた事による痛みやショック等から、意識を途切れさせてしまった様だ。まあ、無理もないがな。
今更ながら、我がこの様な事を考えられるという事は、士はまだ死んでおらんという事でもある。首が胴体から離れても死なぬとは……キュアファクター恐るべし。此奴の自然治癒力は、不死身でお馴染の吸血鬼をも凌ぐな。
ふぅ、取り敢えず頭を捜すか。といっても、はてさて如何したものか。そう悩んでおると、一つの兆しが現れた。いや、正確には聞こえた。
(おーい……)
む? この魂に直接語り掛けてくる声は……士か? ふむ、意識は沈んでおらんかった様であるな。
(宙を飛んでるとき起きたんだぁ~)
そうであったのか。よく覚醒できたな。
痛みはないのか、と尋ねると『今さらそんなモン感じるか』と返された。首から下が失せたのだ、当然といえば当然か。
(おーい、こっちだぁ~)
迎えに来い、と。ハイハイ行きますとも。我はこれを頼りに士の体を動かした。血はとうに止まっておる。む、動かし難い。少々流し過ぎたかね?
(早く来てくれぇ~)
そんな何遍もしつこく言わんでも分かっておるわい!
聞こえる声は士の頭部から遠のけば小さくなり、近付けば大きくハッキリと届く。分かり易くはあるが、文字通りの手探り状態で公園を歩き回るしか手段がない。故に時間は相当食った。
(こっちだぁ~)
歩いておってふと思った。暗闇が支配する無人の公園。其処を徘徊する首の無い死体。ちょっとしたホラーであるな。厳密には死体ではないが。
(お! 首無し死体が歩いてる!)
漸く士の視界に入ったか。もうすぐであるな。
(こっちだこっち。違うそっちじゃない! そこで右向け右! そうそうそのまま真っ直ぐ……あ、そこ木ぃ倒れてっから気ぃつけろよ)
(もっと早く言わんか!)
士の指示に従い、躓き掛けながらも横たわる木を乗り越える。そして、如何にかこうにか頭部が転がっておる所まで辿り着いた。
(早くくっつけてくれ)
(あー、えーと何処だ?)
(お前の足元、あ、コラ! 蹴んな!)
(お、悪い)
苦戦しつつも頭を拾い上げ、首と胴体の切断面を合わせる。靭帯・腱・筋肉・神経・皮膚と、みるみる内に組織が繋がっていく。傷痕もなく、十秒と経たずに接着が完了。やっとこさ、肉体の主導権が本来の持ち主に戻った。
「っあぁぁっ!! やっと戻ったぁぁっ!!」
叫び、体が己の意思で動くかを確かめる士。稼働に異常はないな。
「あっぶねぇ~、もうちょっとで死ぬトコだったわ」
(それで? これから如何するのだ?)
「ふぅ、そうだな……あいつら見つけだして借りを返したいけど、どこに居んのか見当もつかないし、いったん帰るか」
士の事を殺したと思っておる筈であるし、憂慮すべき事態は去ったと考えて良かろう。そうするのが妥当か。
(ん? 何処へ向かっておるのだ?)
帰宅すると言った士は、公園の外ではなく公園と神社の境界近辺を彷徨っておった。
「カバン取ってくる。ブッ飛ばされたときに見えたんだ」
明日も授業はあるしな。財布や自宅の鍵、携帯電話やその他の物品もあの中である。此奴が貴重品をポケットに入れて持ち歩くタイプではなかったのが幸いした。
「えーと、確かこの辺……あった」
森林を捜索して間もなく、鞄を発見。それをすかさず回収し、この場をずらがろうとするが、ある物が目に入った。
「あー、このギョーザ、どうしよう?」
それは、傍に落ちておった餃子の袋であった。むぅ、中身は出ておらんからなぁ。ビニールで封も為されておるし、食しても支障はないと思うが、心情的な事を言わせて貰えば遠慮したい。
「そういやハラ減ったな」
腹部を擦り、思い出した様に呟いた。まあ、晩飯にはありつけておらんからな。
「帰ってからゆっくり……いややっぱガマンできねぇわ」
躊躇う様子をほんの一瞬だけ見せ、士は封を破いた。未だに燃えておる木を探し、その炎熱で炙る。
(それよりも、先に下着を穿け)
万が一、こういう事態を考慮して、鞄には常時替えの下着を入れておる。士はそれを取り出し、身に着けた。これを『備えあれば憂いなし』と云うのであったかな?
「ホントは鉄板で焼きたいトコだけど、ま、無いモンはしかたない」
士は生のままの餃子を一つ口に放り込んだ。咀嚼して一言。
「んん、やっぱ生じゃダメだな」
最も美味さを引き出す食べ方をしておらんからな。味気ないそれを、水筒のお茶で喉を潤しつつ胃袋へ流し込んだ。
「しゃーねぇ、残りは家帰ってから……?!」
荷物を抱えて歩き出したその時、公園の静寂を破るモノがあった。
「ん? なんっ、がぁっ!?」
大気を劈く音と共に飛来したのは、極太の矢であった。一瞬、槍と見紛う程の大きさだ。それが士の蟀谷へと寸分の狂いもなく突き刺さ……る訳がない。
「ッ痛ぁ~っ!」
それはまるで、バリスタ(大型弩砲)で撃ち出したかの如き破壊力であった。だが衝撃で吹き飛ばされはしたものの、巨大な矢は頭蓋骨を傷付けるに能ず。痛む側頭部を撫で、士は立ち上がった。
(今の攻撃、上からだった!)
軽い脳震盪に陥りながらも、当たった角度から狙撃の方向を特定した。
(まだ終わってはおらんと云う事か! 呑気に夜食に興じておる場合では無かったな!)
上、という事は空か。矢、であるならば射手か。悪魔故、飛行はお手のものである。
(俺も悪魔化して……っ!?)
上空に居ると思われる射手を地上に引き摺り下ろすべく、変身する。
しかし、その途上で真紅の光が士を貫いた! 否、その様な生易しいものではない。先刻浴びたモノの比ではない! 次元が違う!
全身が丸焦げになり、内臓はドロドロに溶けた。所々欠損した部分もある。周辺の木々も瞬く間に消し炭と化す程だ。骨は相も変わらず無傷であるが、思考も普段の様には働かず、瞬時に行動は不可能になった。
「グッ……!? ゴブッ……ッ?!」
これまで経験した事のない重傷を負った士。それも一晩で幾度も大幅に更新されたが、まだ終わらぬ。其処に、更なる追い討ちを掛ける様に強烈な一撃が加えられた。
「グッ、ガッ……ッッ!?」
背後から心臓を一突きにされたのだ。案の定、何の気配も察する事が出来んかった。刺したのは暗殺者だな。前回に学び、ナイフを突き立てると即座に離脱した様である。
「グッ……!!」
先に尻尾だけを魔人化させ、器用にナイフの柄に巻き付けて引き抜く。それを下に落とす寸前、目に巨大な拳が映った。
「ゴブッッ……ッッ!!」
地面に叩き付けられる様に殴られ、士の頭部は土に埋まった。脳震盪が酷くなるどころか、中身が潰れておるのではないかと思える程の打撃だ。
「ワタシの申したとおりでしょう? ヤツは首を胴体から離したところで死にはしません」
遠くの方から徐々に剣士の声が聞こえてきた。奴の声が間近に迫り、視界に姿を捉えると、手に目薬を持っておる。点しながら歩くと危ないぞ。
「ふ~む、俄かには信じがたいが、目の前で起こっておることを信じぬ訳にはいかんな」
それに応えるのはブルースである。間合いは遠い。
(チッ! あのまま帰ってくれりゃ良かったのに!)
其処まで甘くはないか。徹底した仕事振りであるな。それを、我等を殺す事に発揮して欲しくはなかったが。
「むぅ、だが頭にバリスタ用の特大矢を高速で喰らい、オマエさんの熱光線を全身に浴び、ヒュドラの毒が塗られたオリハルコン合金製のナイフで心臓を貫かれ、締めに我輩が殴ったというのに、まだ生きておるようだぞ?」
本当に徹底しておるな! オリハルコンまで持ち出しておるのか。そら容易く刺さる筈である。
改めて聞かされた攻撃内容に、驚きを禁じ得ぬ。念の入れ方が半端ではない。
「そのようでございますね」
ブルースの言葉に剣士は言い訳する事もなく、事実をありのままに受け止めた。
「まぁ、どれも先ほど失敗していますし、『連続で喰らわせたらどうにかなるかも』と思いましたが、そう簡単には参りませんね」
そう確認し合う剣士とブルースを尻目に、士はとうに完全治癒して立ち上がる。加えて、悪魔化も終えておる。
(マズい……っ、今この四人に来られたら……っ!)
戦闘の下拵えは万端であるが、体調や心情等は万全ではない。体力・持久力はある程度ならば保つ。ただ、『奴等の攻めを凌ぎ、防御を突破できるか』と問われれば首を縦には振れん。補給もままならん。
其処に四人の襲来である。一度抜いた気は戻り難い。上級悪魔三人は一度退けたとはいえ、今度は王も付いておる。その上、何等かの方法で回復しておるし、それもまだ残っておると考えるべきであろう。愈々(いよいよ)、敗戦の色が濃くなってきた。
(不利すぎんだろ……)
しかし、幾ら嘆こうとも此奴等が撤退してくれる訳ではない。気を張り直して臨むしかないな。
「目薬はちゃんと点しておけよ」
「はい。……アナタ様が幕を引かれるのですか?」
「まあ、そういう事になるわな。オマエさんがやりたいか?」
「我々には荷が重いのでやめておきます」
二人の会話から、ブルースが再度闘う様だ。奴は士に向き直って言った。
「オマエさんは生半可なことでは死なんようであるから、頭と四肢を捥いで遠くに引き離すか」
【その宣言、要るか?!】
「己が辿る運命ぐらい知っておきたいかと思ってな」
その様な気遣いは無用だ。有難迷惑である。
「といっても、こちらもこの状態では分が悪い」
気が付くと、剣士の姿は掻き消えておった。
「奥の手を使うことにしよう」
そう告げた途端、奴の衣服が一部裂けた。
【な、なんだ……?!】
体が異様に盛り上がっていくブルース。それを見て驚愕する士。
「クククッ、この姿になるのも千年振りか】
変身途中でブルースは昔を懐かしむ。その時、“目の前”に居ったのは我である。
【何故かな。悲しい反面、嬉しくもある」
士に対して何処か好意的なブルースの変異は止まらぬ。ブルースに対し、恐怖に慄く士では止められぬ。
骨格が長く太く堅牢に、筋肉が太く逞しく強靭になり、巨躯は更に大きさと重さを増した。背には巨大な翼が、皮膚の上には獣毛が生える。指先の爪が、口腔の牙が、鋭く伸びる。貌も変わった。否、それだけではなく増えた。目の色も我と同じに。
【【「ふむ、我輩の変身が済むのを待っておったのか? ますます惜しいな】」】
いいや、単純にビクついておっただけである。だが、それも無理からん事。魔界の王、その真の姿を目の当たりにしたのであるから。
それは、士が最初に目撃した悪魔よりも人間の中にある恐怖心を掻き立てる。潜在的、原初の本能を喚起する。当然である。それが“悪魔”という存在、その本質的意義なのであるから。
(こ、これはっ……っ!?)
衣服を突き破って現れたのは、“怪物”という他ない生物であった。狂暴さ・獰猛さが全身から滲み出ておる。
【グッ……ッ!!】
眼前の異形に、士の体は反応する。その心境は、“後退り”という恐慌状態を示す行動に表れた。
【【【さあ、終わりの刻だ】】】
奴は静かに宣告した。それを聞いた士は、怖気づいてしまう己の弱さを振り払い、身構える。
(こ、ここからだ……!!)
そうだ。此処からが本当のブルース・バラムだ。




