第11話:戦いは終わる
それを簡単に言い表すとすれば、巨大な熊であった。四肢に人間の面影を残した熊の巨人。ヒグマやホッキョクグマでも二m半、最大個体でも精々が三m程である。ところが、目の前の生物は軽く四mを超えようかという巨体だ。その様な怪物が二足歩行し、デンと構えておる。
【【【どうした? まさかとは思うが怖気づいたのか?】】】
嗄れた声が三つ、重なって聞こえる。当たり前だ。実際に発声器官が三つあるのであるから。
ただし、次からは声は一種類しか聞こえぬ。両端の頭が無言を貫き始めたのだ。
【さっきまでの威勢の良さはどこへやった?】
真ん中は、おどろおどろしくはあるが人間の貌である。ただ、その隣には雄牛と牡羊。左右共に草食動物である筈だが、此方も凶悪な風貌である。
【び、ビビってなんかねぇよ!!】
【声が震えておるが?】
背なには大鷹の翼が現れ、臀部には蛇の尾が生えておる。尖端が蛇頭になっておる奴だ。
【ちょっとドモっただけだ!!】
士を睨み付ける六つの眼は、燃える様に真っ赤である。
【そうか。では仕方がないな】
その様な気色の悪い巨大な人外が、短く太い両脚で直立しておる。
暫く不毛な問答を繰り返しておった二人。だがそれは、ブルースの気合の入った叫びによって唐突に打ち破られた。
【ということで死ねぇえいっ!!】
【だから嫌だっつってんだろーがっ!!】
向上した瞬発力と増大した狂暴性を以て、ブルースが機先を制した。先程よりも断然速い。だが、士もボケっと突っ立っておる訳ではない。それと同時に突進で迎撃する。
【ゴハッッ……ッ!?】
【フハハハハッッ!! 脆弱っ!!】
素の奴と、悪魔化した士のパワーやスピードがほぼ同等であったのだ。真の姿を顕したブルースとブツかり合って押し負けるのは自明の事である。
要するに、士は弾き飛ばされた。
【グフッ……!】
例の如く十数の樹木を折り、腐葉土の上に転がった士。ただし、打撃は大して有効ではない為、速やかに起き上がる。そして間髪入れず駆け走った。
【クハハハッ! その意気や、良しっ!!】
高笑いと共に、ブルースも此方に走って来ておった。奴の巨体を阻害してくれる筈の木々は、障害物になるにはかなりの強度不足である。無惨にも次々に薙ぎ倒れて逝く。
【ウゥッラアァッッ!!】
疾走の勢いを利用し、奴の腹部を渾身の力で殴り付けた。
【ムゥゥウンッ!! 効かあぁぁんっっ!!】
しかし、強靭な獣毛と分厚い皮膚に阻まれ、拳は通らぬ。内臓は疎か、筋肉にさえ届かんかった。
【グッ……ッ!!】
無造作に振るわれた奴の熊手が、士の首を刈り取ろうと迫り来る。此奴はそれを何とか腕で防ぐが、威力を完全には殺せず大きく吹き飛ばされ……。
【ググッ……!?】
いや、まだ留まっておる。奴の足に刺した尾のお陰だ。末端ならば攻撃は通じるな。ブルースも苦痛に顔を歪めておるわ。
【フゥゥンッ……ッッ!!】
動きを一瞬停止させたブルース。其処を突き、体表にビッシリと生えておる毛をグッと掴んだ士。すると、確実に一tは超えておるであろう、いや二t近くあるかも知れぬ巨体が軽々と頭上に持ち上った。士はそのまま力の限り投げ飛ばす。
【ラアァァッッ!!】
先程のお返しの心算なのであろう。投擲されたブルースはグングンと飛距離を伸ばし、樹木を打ち折っていく。ただそれでも尚、今の奴にダメージを与えるには心許ない。
追い討ちを掛けるべく、士は疾駆した。
(振り回してから投げた方が良かったか?)
お? 余裕が出てきたか? 良い傾向ではあるが、油断して足元を掬われるなよ。慢心は猫をも殺すと云うぞ。
(ネコを殺すのは好奇心だぞ)
(おや、そうであったか)
我の言葉の間違いを指摘しつつ、士はジャンプ。頭を振って身を起こす最中であったブルースに、ドロップキックを敢行。
【ブゴォッ……?!】
それは命中した。両脚は奴の真ん中の頭に減り込み、再び地面に横たわらせる。
(――ッッ!!)
だが折角の好機にも拘らず、士は追撃せずに即行で距離を取った。素人である己でさえも察知できる程の殺気が向けられたからである。
【ウヒャヒャヒャヒャヒャ! コイツやるじゃねーか!!】
【うおっ!? 雄牛が勝手に喋った?!】
ブルースの真の姿として顕現した三つ首。突如、その内の一つが単体で口を開いた。口調も、今までの彼奴とは大幅に異なる。何の前触れもなかった為、士も驚愕の色を隠せん。




