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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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第7話:父の手掛かり

 幽霊が出るという洋館の地下。そのまた下に在る奇妙な部屋で、士は(みやび)に茶を頂いておる。円卓に着席するは、美咲と光と士の三人。神城は執事としての仕事を(まっと)うしておる。

「ってくつろいでる場合じゃない!」

 士はバンッとテーブルに両手を叩き付けつつ、立ち上がって叫んだ。しっかりと茶を飲み干してからな。ただ勢いがあり過ぎたのか、ガタリと椅子が動き、倒れかけた。

「なによ、もう美輝ちゃんの話は聞いたでしょ? (くつろ)いだって良いじゃない。そんなに大きい声出しちゃって……嫌われるわよ?」

 美咲は面倒臭そうにそう言い、ティーカップを口元に運ぶ。士も彼女達に嫌われたくない為、大人しく腰を下ろした。

 此方(こちら)の事情は既に、美咲が光に全て話し終えておった。それと同時に、彼女達が此処(ここ)()る理由も聞かされた。

 まず、二人は穴に落ちた訳ではなかった。士が美咲達と離れ、庭に出ておった数分の間に、光があの部屋に現れたのだ。両者はタイミング良く、もしくは悪く鉢合わせ、一色触発といった空気になり掛けた。ところがその時、運悪く落とし穴の仕掛けが作動。危うく真っ逆様であったが、咄嗟に光が二人を廊下に移動させ、何とか事なきを得たのである。

 お礼の言葉と共に、美咲達は自らの素性を明かした。改めて対面し、それを聞いた光は、思わず助けてしまった理由として得心がいった。何も、彼女が優しかっただけではない。美咲と光は顔見知りであったのだ。といっても、同時期に二人が此方(こちら)に来た、或いは()った際、何回か道端で擦れ違った事がある位だが。ただお互い、何と無く印象には残っておるそうな。『可愛い子だな』『きれいな人だな』といった具合にな。

 で、連れである士が外に()るから呼びに行こうとしたら、早とちりした此奴(こやつ)(と、我も)が穴に飛び下りる瞬間が目に入った。光は悩んだ。彼処(あそこ)から出るには、穴を()(のぼ)るか、中の障害物を全て排除してこの部屋に入るかの二つに一つ。その事を美咲に説示すると、彼女は『そうなの? じゃあ大丈夫ね』と、根拠もなく言い切った。いや、貴様等を助けに行ったのであるから、もうちょっと心配してくれても良いのでは? まあ、信頼されておる証拠として受け止めておけば良いか。

 美咲は、『たぶん彼は、私たちが穴に落ちたと思って自分も落ちた。私たちのことを探していれば、いずれはその部屋に辿り着くハズ』、と主張。事実その通りなのだが、昨日会ったばかりの男を、よくも其処(そこ)まで信じられたものだな。まあ、士も我も悪い気は全くせんが。

 とまあ、光も彼女の勢いに押され、此処(ここ)に案内。士が来るまで仲良く一服しておったと、そういう次第である。要するに、我等の行った事は完全に無駄骨であったという訳だ。哀しい事にな。

「まぁまぁ、そうヘコまずに。さぁさぁ、美味しい紅茶でも飲んで」

 美咲は、温かいストレートティー入りのカップを此方(こちら)に寄越した。この様な物で気が紛れるとでも? ……ま、今更か。士も嘆息混じりに諦めた。

「はぁ~、で? え~と、なんだっけ? 昔、ここは光ん()で、オジさんは家出し、があっ!」

 光が話してくれた事を、口に出して整理する士。だが其処(そこ)まで言い掛け、美咲に(すね)を蹴られた。デリカシーの無い一言であったからな。当然の(むく)いだ。

「ご、ゴメン……」

「ううん、良いの」

 光は、士の馬鹿な失言を許してくれた。何と慈悲深い。お主は聖母か?

 まあ、一息吐()くとするか。丁度良い。それ程長くはないが、散らかった士の脳内を整頓する為、彼女が我々に聞かせてくれた話を振り返ってみよう。

 簡単に言えば、士と光が小学五年生の頃、彼女は此処(ここ)、鎌倉に在る洋館に引っ越して来た。ただ本来は、都内を予定しておったらしい。移住自体は母方の実家の都合であったが、この地を選んだのは父親だと言う。理由は明かしてはくれぬ。彼女も知らんのである。東京もヒトやら建物やらでゴチャゴチャしておるからな。もう人混みは勘弁願いたかったのでは? 子供達の情操教育も兼ねて。……東京と鎌倉ではあまり変わらんか。

 まあ、それはさて置いて、一家はこの土地で幸せな日々を過ごした。だがそれから三年も経たぬ内に、幸福な時は終わりを告げる。彼女の父である(ひかり) (えい)太郎(たろう)が突如、謎の失踪を遂げたのだ。何の前触れもなかったそうな。一家は勿論、親戚一同も総出で方々を捜し回ったが、(つい)ぞ見付からず。彼女達は泣く泣く捜索を諦め、都内に改めて引っ越した。

 そういう訳だ。士も、栄太郎とはあまり顔を合わせた記憶がない為、容姿や声がうろ覚えである。

「実家の都合って?」

 不躾(ぶしつけ)ではあるものの好奇心には勝てず、士は尋ねた。

「母さんの家は代々、魔術師の家系なの」

 ほう、魔術師とな。日本だと陰陽師と呼ぶのであったか? 聞いておる他の二人も、表情を変えずに彼女の話に耳を傾けておる。魔術の実在に驚きもせん。

 一般人と魔術師の違いは、脳や遺伝子ではなく魂にあると云われておる。ある意味では、ミュータントや超能力者に近しい存在だと考えられる。具体的な差異は、それ等と同様に不明であるが。またこの二つ、いや三つは併有が可能である。(すなわ)ち、ミュータントであり超能力者であり魔術師でもある。その様なモノが存在しておっても、何等オカシクないという事だ。後は、日々発展を遂げる科学によって淘汰されてきておるという事しか知らぬ。

 我も一応、上級悪魔の端くれであった為、魔力自体はかなりの量を保有しておった。だが幼少時に、その魔力を満足に扱えん事に気付かされた。できる事といえば精々、火を噴く事と物体に魔力を流し込む程度。それ以降、其方(そちら)の方面に関しては学ぶ事を諦めたのだ。我の先生役であった悪魔から教わった事も、唯一つを除いて習得できんかった。それ故に、他者の何十~何百倍もの鍛錬に日々を費やした。祖父から父、父から我へと受け継がれた悪魔一強靭な肉体は、更に強く靭やかになった。ただ、それでも勝ち越せぬ奴は()ったが。まあ、それは如何(どう)でも良い。

「でも光って魔術師なのに幽霊が怖いのか?」

「べ、別に幽霊が嫌いな魔術師がいたっていいじゃない!」

「まぁ、そりゃそうだけど」

 士の疑問に、此奴(こやつ)が惚れ直しそうな程に可愛らしい反応を示す光。オリエンテーリングの時、腰を抜かす位であったものな。あれはあれで良いモノを見られたと思うが。というか、憶えておったのだな。てっきり忘れておるものだと。という事は他の生徒も?

「石森君、話の腰を折らないの。美輝ちゃん、続けて」

 貴様がそれを言うのか、美咲よ。光は話を続けた。

「あ、はい。私の家は、けっこう昔から続いてる家で、初めはよそから来た父さんとの結婚も反対されてたの」

 名家なのか。我と同じだな。そうなれば、他所者(よそもの)との結婚は難しかろう。それも男の方なのであるから余計な。大事な娘を、何処(どこ)の馬の骨とも分からん男には、そらやれんわ。

「でも、父さんもスゴイ魔術師だったから、認められるのは早かった」

 障害はすぐに取り除かれた様だ。敷地内にあるリビングスタチューやアーマー、女型(めがた)の人形も彼の御手製だと言う。

(ヤベェ、ほとんど壊しちゃったよ……)

 まだ死んだか如何(どう)かは分からんが、あれ等も今の光にとっては父の形見も同然。我も罪悪感で押し潰されそうだ。

「特に、三階にあるビスク・ドールには思い入れがあったみたい」

 それは、子供心に嫉妬してしまう程であったそうだ。昔の想い人とか?

(それもブッ壊しちゃった……)

 士は首を動かさずに、その場に居合わせておった二人に視線を移した。それを感じ取った美咲は、執事に目配せ。何を思ったのか、彼女と目を合わせた神城は頷いた。後でコッソリ持ち出して、業者に頼んで修復して貰う心算(つもり)かね。当たり前であるが、士も代金を支払わねばイカンであろうな。

「美輝ちゃんも何か使えるの?」

 美咲による、『どの様な(たぐい)の魔術を行使するのか? 』という意図を込めた問いである。彼女は魔術にも造詣が深いのか。

「はい、一応。ちょっとした《ゴーレム》を造り出せます」

 そう言って光は椅子から腰を上げ、何かを取りに行った。

「たとえばこういう物です」

 戻って来た彼女の手には、玩具の様な金属製のコウモリが。ふむ、これがゴーレムか。それを掌に乗せ、我等には理解できぬ呪文らしきモノを唱える。

「うおっ!? 動いたっ?!」

 すると、コウモリ型ゴーレムはパタパタと翼を羽ばたかせ、部屋中を飛び回り始めた。

「おぉ~、こりゃ便利だな」

「へぇ~、これ使えそうね」

 光が造ったゴーレムの性能に、感心しきりの士と美咲。

「もともと今で言う、偵察とか斥候とかで使われていた物ですので」

 ヒトが入り込めぬ場所に放つのだ。人類の科学でも同様の物が造られておるが、今も昔も人間が考える事はあまり変わらんという証左に他ならんな。

「他には、泥とか石から即席で造ることもできます」

 ただし、規模も精度も大した事はないと言う。



 知識は少ないが、釈義しよう。

 《ゴーレム》とは、魔術師によって仮の生命を与えられた物体の事である。大半は、術者や主と定めた者の忠実な下僕と化す。大抵の場合、大切なモノの守護に当たらせる。或いは、光が先程言った様に小型の偵察機として用いるか。だが一度(ひとたび)制御を失えば、所構わず暴走し、創造主と(いえど)も巻き込んでしまう事も多々ある。

 リビングスタチュー等と被る部分が少なからずあるが、相違点としては『明確な目的の元に、何者かの手によって造られた』という事だ。彼方(あちら)は造っておる最中に知らぬ間に意思を持つか、年月を経ていく内に自然と意思を獲得するのである。

 素材によって幾つかの種類に分けられる。マッド粘土クレイウッドストーン青銅ブロンズアイアン鋼鉄スティール等が代表的だな。変わったところでは死体フレッシュ骸骨ボーン、貴重な《真銀ミスリル》を使用した物もある。そういえば昔、ペーパーを媒介にした奴も()ったな。どの様な隙間に入り込める故、諜報活動等の際には重宝したそうだ。

 また、個人差が出易い術でもある。質は悪いが、先述の物に満遍なく施せる者も()れば、良質だが、ある特定の物のみにしか掛けられぬ者も()る。中には真逆の者も。前者は、用途によって使い分けておる。戦力を即席もしくは大量に確保したい時には、その辺にある泥や粘土、或いは木を。長期間とある場所を守らせたいのならば、強度は鉄に劣るが、腐食等による劣化に強い石。ただただ強度を求めるのならば、鉄か鋼。大昔は青銅も用いられておったが、今はあまり見掛けんな。後、死体や骸骨は……少々マニアック、というか変態染みておるな。また合金は、人によっては精度が落ちる事もある。不純物が混じる事になるからな。

 ミスリルは、他とは段違いの性能を誇るが、馬鹿みたいに高い為、手に入り辛い。チッ! ドワーフ共め! 製法を独占しおってからに……。良い加減、悪魔や事情を知る人間にも少しは融通せい! 頑固にも程があるわ!

 ふう、話を戻す。大きさやその数、疑似生命を与えられる物体の質量その物にも差異がある。手の平サイズの物を数千体も造り出す者も()れば、巨大な重機の様な物を一体しか造れん物も()る。造形に至っては、最も個人の趣味が反映されるであろう。無骨なロボット然とした物から、一部を除いた女性達から石を投げられそうな物まで、実に多種多様だ。

 対処方法は、リビングスタチューやアンデッド等と同じ。粉微塵になるまで壊すのみだ。ただ、内部にコアがある場合もあるが、それ程やる事は変わらん。



「光のヤツは、アイアンゴーレム?」

 ゴーレムについて理解した士は、間髪を入れず光に訊く。

「ううん、それだと重いからチタンで造ったの」

 ほほう、ゴーレムも近代的になった物だな。チタンもしくはその合金は、鋼鉄と比べて強度が高い割に、その半分近く軽い。その上、耐蝕性・耐熱性にも優れると来ておる。ただ少々お値段が……。いや、彼女の家は金持ちであったな。

(チタンなんて昔からあったろ?)

 貴様はそう言うがな、七十世紀も生きた爺にとって、この二百~三百年の出来事はまだ最近の事柄なのだよ。

「あ、これ、羽でモノを切れるようになってるのね」

 美咲がバット・チタンゴーレムを手に取り、気が付いた事を口にした。その翼の(ふち)は確かに、刃物の如く砥がれておる。光よ、顔に似合わず物騒な物を仕込んでおるな。

「スパイにも攻撃、自衛手段は必要ですから」

「う~ん、ウチも負けてらんないわね……」

 魔術の現代への適応を見せ付けられた美咲は、刺激を受けた様だ。“ウチ”とは、彼女の実家の事か? 一体何をやっておるのであろう?

「そういや、光はなんでここに?」

 士は此処(ここ)に侵入した最初の目的を思い出し、光に尋ねる。

「そんなの決まってるじゃない。想い出に(ひた)りに来たのよ」

 貴様に訊いた訳でもないのに、勝手に答えてくれるな、美咲。

「それもありますが、本当の理由は、この家の保存状態の確認も兼ねての清掃と、もう一つ」

 勿体ぶる光。何だ? 気になる、気になるぞ。

「こちらへ」

 席を立ち、我々に付いて来る様に促すと、何処(どこ)かへ向かった。部屋を出るのか?

「これです」

 出んのか。光は壁の前に我々を集め、其処(そこ)に手を当てた。すると、おお! 縦に割れ目が入り、そのまま右にスライドしたではないか。本に、仕掛けの多い館である。

「ナニコレ?」

「金庫じゃないんですか?」

「ですが、ダイヤルやテンキーどころか、鍵穴らしき物すら見当たりませんよ?」

 我も含めた五人の前に現れたのは、金属製の箱であった。大きさは、普遍的な金庫程度。ただ、継ぎ目がない。少なくとも外からは見えん。というか何で出来ておるのだ?

「これは、父が失踪する直前に残した物です」

「それは、“貴女に”ってこと?」

 愛娘に残した物なのか、それともただ単に置いて行った物なのか。

「わかりません。いつの間にかここに有ったものですから」

 まともな開封は不可能。試してみたものの、無理矢理開けて確かめるには頑丈過ぎる。ほとほと困り果てておったそうだ。鋼、ではなさそうだが、何で出来ておるのであろうか?

 士か神城ならば壊せるかも知れんが、此奴(こやつ)()がやると中身まで破損しかねんしな。

「う~ん、そうだよなぁ。壊すワケにもいかないしなぁ……」

 と言いつつ、箱に触れる士。

()っちゃぁっ!?」

 しかしその瞬間、激痛が此奴(こやつ)の掌を焼いた。掌全体を箱に付けた瞬間、それは熱を帯び出したのだ。それも熱傷を負う程の高熱である。箱に張り付いた皮膚の一部が、そのヒート振りを物語っておる。深達性Ⅱ度といったところか。次第に肉が焼け焦げる不快な臭いが、部屋に充満してきた。

「大丈夫っ?!」

 熱傷の痛みで床の上をのた打ち回る士に、水の入ったペットボトル片手に光は駆け寄る。

「魔術師が造った物に不用意に触るからよ」

 手負いの士に、美咲は中々手厳しい意見を放った。確かに彼女の言う通りである。怪我をせぬからといって、油断や慢心を持って良い訳ではない。

「お、おかしいな……?! 私が触ってもなんにも無かったのに……」

 そら、娘を傷付け様とする父親は()るまい。余程の屑でもない限りはな。

「だ、大丈夫……もう治ったから」

 すぐに治りはしたが、少しの間ジンジンと痛みが後を引く。

「え?! もう!?」

 当然、光は疑問を抱いた。説明、せねばならんであろうな。だが魔術師ならば、一般人が知らぬ我等の様な存在も知っておる筈。士がミュータントである事位は、話しても良かろう。

「石森君はね、改造人間なの」

「そ、そうなんですか?!」

 未だ喋れる状態にない士の代わりに、美咲が説いてくれた。が、以前士が適当に話した内容を信じておるらしい。訂正できる程に士も回復しておらんし、する気もない。(しばら)くはこのままだな。

 光もそれを受け入れた。だが我と、悪魔との融合については……早計だな。他の二人にもである。

「お三方、御覧ください」

 士の痛みが引いた頃を見計らい、神城が皆の眼を箱に導いた。

「これは、文字?」

 箱の異変に、逸早(いちはや)く気が付いたのは光であった。そう、其処(そこ)に刻まれておったのは文字である。誰かに()てたメッセージの様だ。

「見たことない字ね?」

 だがそれは、到底我々には読めるものではない。奇妙・奇天烈な形をしておった。

「でもなんとなく、ルーン文字に似ている気がします」

 (かつ)て、北欧で使われておった文字だな。イメージとして、魔術的・神秘的な意味を持つと思われがちであるが、別にそうでもない。実際は日常生活でもよく使用されておった。ただやはり、魔術師が頻繁に用いるのも事実。いやまだ、これがルーン文字と決まった訳ではないが。

「読めるの?」

「いいえ、私にはちょっと……」

 魔術師である彼女でも無理。となれば、誰に見せれば良いのか。いや、考えるまでもないな。

「光のオバさんとかお祖父さんに訊けば良いんじゃないか?」

 確かに、この文字の事は、彼・彼女等に尋ねるのが一番手っ取り早い。魔術師として彼女よりも力量が優れておるであろう事は、想像に難くないからな。しかし、事はそう簡単にはいかぬ。

「ううん、みんなゴーレムは造れるけど、他の魔術はダメなの」

 この難儀な文字も読めんという事か。

「やっぱり特区に持って行くしかないわね」

 何時(いつ)もの様に、沢渡にブン投げるか。その結論に達するのは必然であるな。彼処(あそこ)であれば、これを読める者も()ろう。美咲と士は、光にそう提案した。

「……そうですね。そうします。ただ、その特区という場所は、一体どういう所なのでしょう?」

 おや? 知らんのか? 魔術師の家系であるのだから、知っておると思ったが……。

「いえ、その、祖父母から話には聞いていたのですが、実際に行ったことは無かったものでして」

 成程、そういう事か。

「まぁ、行けば分かるわ」

「御嬢様、もう夜も遅くなりましたので、光様も別荘でお休みになって頂いては?」

 そう言われてケータイの時計を見ると、もう日付が変わる時刻である。

「そうね。あなたが良ければだけど、どう?」

「はい、もうここでの用は済みましたので、お世話になります」

「決定ね。じゃあ拳、それ持って来て」

 美咲はテーブルまで歩き、残りの茶を一口で飲み干してから執事にそう命じた。トントン拍子に話が進み、士は置いてけぼりを喰らっておる。ん?

「え? ちょっと待ってください。それ、持って行くんですか? どうやって?」

 そうだ。これは光以外の者が触ると、熱傷を負ってしまう危険物なのである。此方(こちら)に来て貰うしかないのでは?

「ふむ、私が触っても問題ないみたいですね」

 主に命じられた神城は、(すぐ)(さま)箱に指を付けた。文字はまだ浮かんでおる。だが、箱は高熱を発しはせん。続いて美咲も恐る恐る指先で数秒触れてみるが、何にも起きんかった。如何(どう)やら他の者にはない、士だけが持つ何かを拒絶する仕組みになっておる様だ。

(クソ……なんで俺だけ……)

 我と融合したからでは? それしか思い付かんな。

「お、落ち込まないで、士クン」

 壁に両手を着き、意気消沈といった様子を見せる士。光はその背中を(さす)り、慰めてくれる。

「あ、ありがとう。元気出た」

「そう? 良かった」

「もう終わった? 早く出るわよ」

 良い雰囲気を醸し出しておるかも知れん二人に、空気を読む気のない女の声が掛かる。

「あ、はい。出口はこちらです」

「では、私は後片付けをしてから参ります」

「あ、いえ、ですが……」

「イイのイイの、遠慮しなくて。彼はそれが仕事だから」

 神城に気を遣う光に対し、それは不要だと言う美咲。

「光様、どうぞお構いなさらず。御嬢様のおっしゃる通り、これが私の勤めですので」

 彼にそう言われ、光は此処(ここ)の後始末を任せる事にした。

「で、では、お言葉に甘えさせていただきます」

「戸締りもしておきますので、鍵をお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。これが鍵です」

 彼女は疑う素振りも見せず、ポケットから此処(ここ)の鍵を取り出し、そう言った。

「お預かりします」

 それを受け取った神城を残し、三人はその場を離れた。光が先程とは反対側の壁に触れると、案の定それは開き、中から階段が出現。その階段は、庭へと通じておるそうである。

(あー、壊した甲冑と石像、どうしよう?)

 士があれ等の弁償の事を考えておる内に、女性二人はさっさと上がって行く。

「石森様」

「うおっ!? なんですか?!」

 束の間ボーっとしておると、突然、神城が耳元に小声で話し掛けてきた。それに心の底から吃驚(びっくり)し、若干の気色悪さと共に体を仰け反らせる士。今、全く気配を感じさせんかった。

「申し訳ありません。お伝えしようと思いまして」

 顔を離し、彼は話を続ける。

「はぁ、何をでしょう?」

「私たちが破壊した諸々の物は、こちらで修復に出しておきます」

 これは願ってもない申し出である。だが続きがある様で、神城は溜めてからそれを発言した。

「ただし」

「ただし?」

「いくらかの費用は頂戴します」

 ま、当たり前だな。今の士で払い切れるかは分からんが。

「えっと、それって、おいくら万円くらい……?」

「総額の十%ほど、と考えております」

 ふむ、殆ど士が壊したにしては良心的だな。今はただ、総額がベラボウな数字にならん事を願うしかないな。

「そ、それだけで良いんですか?」

 士は尋ねた。流石に良心が痛むか。

「はい、構いません」

 もしや、士の罪の意識を和らげる為の措置なのであろうか? 少額とはいえ金を払わせる事で、一旦の区切りを付けさせる為に? ……いや、貴様等を助けに行った(と勘違いした)時に壊した物なのであるから、それ位はして貰わんと困る。

「分かりました。お願いします」

 士はそれを了承した。断る理由はない。壊したのは事実なのであるし、(むし)有難(ありがた)い。と、彼と話しておると、階段の上から大声が。狭い上、密閉されておるから響く、響く。

「石森君、何してるの?! 早く来なさい!!」

 チンタラしておると見做され、美咲にドヤされてしまった。

「はーい! すぐに行きまーす!!」

 同じく大声で返し、士は二人の後を追う。程無くして、光の言った通り洋館の庭、その一区画に設けられた出口から出る事ができた。

「そういえば士クン、美咲さんといつ知り合ったの? こっちに来てまだ間もないのに」

 別荘に帰る道中、光から唐突な質問が飛んできた。

「いや、昨日が初対面だよ」

「え? なのに、もう一緒に旅行する仲になったの!?」

 ふむ、そう思うのは致し方ないな。だが、理由を教えろと言われても、我等も分かっておらんので如何(どう)しようもない。

(もしかして俺に惚れてる?!)

 ハッ! 自意識過剰も甚だしい。有り得ん。そもそも、己に一目惚れされる要素があると本気で思っておるのか。

(んだよ、ちょっとぐらい期待したって良いじゃねぇか)

 後で貴様がイタい目を見るだけだ。悪い事は言わん。辛い思いをしたくないのならば、止めておけ。後悔する事になる。

「いやぁ、多分テイの良い荷物持ちが欲しかっただけじゃないかな?」

 士は心を防衛し、自嘲気味に答えた。先刻、ああ言っておいて何だが、己でその様な事を言って悲しくならんか?

(……ちょっと泣けてきた)

 まあ、“幸せ”等というモノは、その内ひょっこり向こうからやって来るさ。不幸と同じくな。

 それから我々は別荘に戻り、それぞれに与えられた部屋で一泊。当たり前だが、風呂には入ったぞ。そして翌日、朝食もそこそこに慌てて身支度を整え、二人は美咲の駆る車に乗り込むと、休暇を急遽切り上げ、急ぎ特区へと舞い戻った。

(あ、結局、大仏みてないな)

 車の助手席で、士はふとそう考えた。それ程観たい物かね。我は聞くだけで気分が悪くなるぞ。

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