闇への扉②
何と、人形の首がギギギッと回り、無機質な眼球で此方を見たのだ。
「ヒィッ!? う、動いた……っ?!」
「落ち着きなさい。人形が動くなんてよくあることよ」
「よくありませんよ!」
「先程も起こりましたよ?」
士は腰を抜かしそうになったものの、何とか立て直した。対する他の二人は冷静沈着。これは人生経験の差か?
首が微動したかと思いきや、今度は首がグルグルと回転し始めた。本能的に危険を察知した三人は、思わず一歩後退。だが視線だけは外さん。
人形はそのまま動きを止めず、人形らしいカクカクした動作でゆっくりと尻を椅子から離した。その様子を間近で見て、三人はジリジリと後ろへ下がっていく。視線は尚も固定されたままで。
立ち上がり、人形は両手首を上方に曲げた。関節の隙間からそれぞれ突き出たのは、鋭利な刃物。奴はそれを振り翳し、真ん中に居った美咲へと襲い掛かった。恐らく、この中で最も弱いと判断したのであろう。しかし、それは大いなる誤りだ。彼女の脇に控えた男二人の存在を忘れておる。
士と神城はほぼ同時に前へ跳び、姿勢をそのままに空中で回し蹴りを放った。初対面にしては、中々に息の合ったコンビプレイであると言えよう。人形はそれを避けられず、寧ろ己から顔面と腰に二本の鈍器を受けに行く形となってしまった。当然、バラバラに砕け散る人形。
「(…………」)
それを見下ろした我等は、酷く居た堪れん気持ちになった。何故なのかは分からん。彼女、という表現が正しいかは分からんが、人間の女性を模したモノである為、そう呼ぶ。唯の人形に過ぎん彼女に対し、身につまされる想いを抱いてしまうのは一体何故なのか。それは、我等が不作法な侵入者で、彼女はそれを排除しようとしただけに他ならんからであろう。彼女はただ単に、この館を守っておっただけ。今回は、それが適わんかった。それだけの事。
しかし、久方振りに罪悪感というものを覚えた。ただ、まさかその相手が人形とは……。いやはや、世の中とは分からんものだな。石像や鎧には別段何も感じんかったが、それは彼女が精巧な女型の人形であったからであろうか? ……此処まで節操なしであったかな……。
「あとはこの階の部屋が五つだけね」
まあ、その様な気持ちになったのは我等だけであったがな。
「ホントにその美輝ちゃんって子はここに居るの?」
彼女に一瞥もくれる事なく、美咲は入って来た扉へと向かった。
「もしかしますと、もうこの館を出て行かれたのではないでしょうか?」
神城はほんの一瞬だけ見詰め、主に追従。
「……分かりません。もう居ないかも……」
士も僅かに躊躇いを見せはしたが、何も発さずに部屋を出た。
それから我々は、三階に在る他の部屋も全て確認して回った。しかし、案の定というか何というか、他と同様に代わり映えのせぬ空き部屋であった。家具の類も一切ない。まあ当然か。
「結局な~んの成果もなしかぁ~」
我々は別荘へ帰る前に一階のとある部屋、恐らくリビングだと思われる部屋で小休止を取っておった。この洋館の中では最も広い部屋だ。其処にポツンと残された椅子に座り、美咲が愚痴る。椅子には勿論、神城が埃を払った上にハンカチを掛けてから座ったのだ。
「すみません……」
「石森様が謝られることはありません。そもそもは御嬢様が言い出したことですので」
不機嫌な美咲に謝罪する士。其処に、神城がフォローに入ってくれた。
「だいたい御嬢様はですね……」
ここぞとばかりに、神城による説教が始まった。アーだコーだ云々かんぬんと、早口で捲し立てる。日頃溜まっておった鬱憤を、この機会に晴らす心算か? というか、この様な場所でではなく、後で家に帰ってからせんか。
だが当の美咲はというと、煩わしそうな顔で彼のお小言なんぞ殆ど聞き流しておるわ。挙句、欠伸までする始末。これまでの言動を鑑みてみると、彼女が本当にキャリア警察官なのか否か疑わしくなってきた。ただの我が儘でお転婆な金持ちの娘にしか見えん。……あ、ウトウトし始めた。
(長くなりそうだな……)
そもそも彼の “苦言”という名の“不平”を聞く気もない。士は離れても問題ないと考え、気分転換に庭へと出た。庭への出入りが直接できる、大きな窓が在ったのだ。
「あぁ~っ。結局、光の影も形もなかったな」
大きく伸びをする士。今のこの状況を切り取ると、『骨折り損の草臥れ儲け』という諺が浮かんできた。如何でも良いが、“光の影も形も”という表現はややこしいな。
と、ほんの一時、彼女等と離れた隙に、歓迎できぬ変化が訪れた。
「ん!? な、なんだ?!」
バタンッという、何かが開いた様な音が、先刻まで居った部屋から響いてきたのだ。嫌な予感しかせん。二人共、『無事であってくれ』と想うしかない。
「美咲さん! 神城さん!」
だが予感とは、嫌なモノ程当たってしまう厄介極まりない代物。急いで部屋に入ったものの、其処には誰も居りはせんかった。ただ、床の穴が大きく口を開けておった。ふむ、状況から考えて、二人共この中に落ちたな。
(追い掛けるか?)
「当り前だ」
士は一切迷わずに、穴へ飛び込んだ。出る時の事とか、考えておるのか? いや、この穴が地下室に通じておるのであれば、その何処かに、通常の出入り口を設けておる筈。寧ろ無いとオカシイ。
「っと」
あまり長くない距離を落下し続け、士は石畳の床に着地した。明かりはない。それどころか電球や蛍光灯その物がない。電気自体が引かれておらん様だ。松明やランプの様な物も見当たらん。光源が全くないのだ。如何やら此処の主は、我等と同じく暗い所でも見通せる眼の持ち主らしい。
だが勿論、士にとって地下室の暗闇は障害には成り得ぬ。この部屋は直方体。扉はそれぞれ、四方に設置されておる。周囲を見回し、すぐに何かを発見した。ボンヤリと、それの輪郭が浮かぶ。見付けたのは、四枚の扉であった。
(どれから行く?)
「これ」
即決でその内の一つの扉へ近付き、士はノブを捻った。此処とは異なり、扉の向こうは明るい。電気は来ておる様だな。光熱費も律儀に支払われておるのか。
規模はかなり広く、構造は同じく直方体である。学校に在る広めの教室とドッコイどっこいだ。ただ余計な物も居った。石像、それに甲冑だ。それ等が四方の壁に沿って、何体も立ち並んでおる。
「……ここはイイや」
士は扉を閉め、暗い部屋に戻った。これは先程の経験も踏まえての判断である。あれ等に動き出されたら堪らんからな。面倒は可能な限り避けるのだ。
「次いこう、次」
右隣に在った扉に向かう士。二人はこの向こうか? だが此処も、石像と甲冑が置かれておるだけであった。これだけの量を地下に置くとはな。運搬は困難を極めたであろうよ。
「次だ、次!」
二人にも出口にも辿り着かん。しかし、メゲずに残り二つの扉も開ける。
「全部一緒じゃねーか!」
最後の扉を勢い良く閉め、士は一言、不満を叫ぶ。四つ全て見て回ったが、どの部屋も石像と甲冑が鎮座しておるだけであった。これは予想外であったな。
「仕方ない。ちゃんと中に入って調べるか」
覚悟を決めた士は、今見たばかりの部屋へと入って行く。
「動くなよぉ~」
周りの置物への警戒は解かず、部屋を歩き回る士。いや、置物ではないな。絶対。
「いま動いた?!」
聞こえたか否か微妙な物音にも、士は敏感に反応する。ビクつき過ぎだ。これ等は動いておらんから、貴様はさっさと動け。
「う~ん、ここには何にもなさそうだな。次!」
この部屋に見切りを付け、暗い部屋に戻ろうと引き返す士。しかし、落とし穴があるこの洋館の事だ。そう易々と帰してくれる訳がなかった。
「うおぉっ?!」
入って来た木製の扉の前に、上方から分厚く重い石の扉が降りて来たのだ。それは木製の扉に覆い被さり、我等の退路を断った。よく見掛ける仕掛けだな。我等はこの部屋に閉じ込められたという事だ。無論、これで終わりの筈もない。
「あ~、やっぱりか……」
この部屋の奴等が動き出したのだ。感情なき巌の戦士と中身のない鉄の兵士共が、士の方へゆっくりと迫って来る。迫力満点だな。恐怖は欠片もないが。
「はぁ……こいつら全部たおしたらドア開くかな?」
開くにせよ閉じたままにせよ、やる事は変わらん。大人しく斬られたり刺されたりする心算がないのならば、迎撃するしかなかろうて。
石像は言わずもがなであるが、意外にも甲冑は大して重くない。前者の質量を活かした攻撃はとても強力だ。他方、後者は身軽である為、素早い連撃を繰り出してくる。また、奴等は己の危険を顧みる事なぞない。アンデッドと同じくな。
士と雖も危ないかも知れん。いや、我と融合しておる身で、この程度の危機を乗り越えられん様ではこの先が不安だ。これ位、危機でも何でもない。
その証拠に、士も黙って突っ立っておるだけではない。猛攻をかなり頻繁に食らい、偶に無様ながらも避けつつ反撃に出る。基本は素手で、時には奴等の武器を奪い、打ち壊していく。石や金属の強度なんぞ物ともせずに。
分かり切った事であるが、怪我なんぞする訳がなく、しても表皮を切るか、打撲程度。それも即治癒する。便利な体である。スケルトンの時と同様、やはり危なげ等というものは皆無であった。
士がこの部屋に置かれた十数体を数十分で片付けると、石の扉が上に持ち上がった。ふむ、これが開錠方法で正解であった様だな。
部屋を出て、士はすぐに他の三つの部屋も見て回った。
あー、そう言えばまだ論説しておらんかったな。
物体が意思を持って動き出した存在の中で、西洋ではヒト型の石像を《リビングスタチュー》と言い、中身のない甲冑が動いた物を《リビングアーマー》と言う。
前者は大きさや石の種類にもよるが、此処の物は人間サイズの為、最低でも二tは超えておるであろう。人間大であっても、石造りの物は割と重いからな。
対して甲冑一式の重さは、中が空洞とはいえ、武器も含めたとしても四十kgにも満たぬ。まあ、人間が着込む物なのであるから当たり前だな。大きさも人間準拠だ。
武装についても、人間が使う物を持たされておる。刀剣や槍、斧・鈍器、盾等がな。様式美なのか、銃火器はないが。
リビングスタチューに似た様な物に《ゴーレム》や《ガーゴイル》等がある。一応、別物である為、詳しい事は省くが、違いを述べる。
まずゴーレムとの差異は、術者が存在するか否かである。この二つは、霊か何かが憑依するか、長い年月を経る事で自発的に動き出した物を指す。ゴーレムには創造主が必須である。
次にガーゴイルとの相違点。これは原型に採用したモノの違いである。人間以外の亜人等も含めたヒト族を模った物がリビングスタチューと呼ばれ、変身した獣人や魚人や鳥人等を模した物をガーゴイルと呼ぶ。人間が一般的に想像する悪魔や、その他の何かしらの怪物も後者に含まれる。
今まで述べたモノ共は、全て生物ではない。その為、毒や薬品、細菌やウィルスは当然ながら無意味。精神も持ち合わせておらんので、恐怖や錯乱等もない。また猛暑であろうが、極寒であろうがキチンと稼働する。更に、石の方は経年劣化にも強い。
こうして見ると、スケルトンを始めとするアンデッドと大差ない。気色の悪さは彼方に軍配が上がるがな。対処法も似通っておる。徹底的な破壊あるのみよ。
他の三部屋にも、石像と甲冑が同じ数だけ設置されておる。今、最後の部屋を制圧したところだ。それ等を合計で四十体前後、破壊した計算になる。時間は移動も含め、三十分といったところか。存外掛かったな。
(終わったか?)
「終わった」
しかし、結局どの部屋にも何処かへ通じる扉はなかった。もう、落ちて来た穴を這い上がるしかないか。いやいやその前に二人は何処に? というか、そもそも落ちておらんのでは?
疑問が解ける事はなく、我等は暗い部屋に戻った。困った時は、原点に立ち返るのが鉄則だ。実際は立ち尽くす事しかできんが……。
こうなれば、この辺りで一旦区切りを付け、穴を攀じ登ろうか。そう我等が考えておると、部屋に異変が起こった。
「ん? うぉっ!?」
士は気が動転し、素っ頓狂な声を上げた。異変とは、いきなり動き出した床の事である。何だ? また落とし穴か?
「いや、違う。これは、階段だ!」
床が連動して次々と落ち窪んでいく。足元に出現したのは、更なる地下へと続く螺旋階段だ。成程、随分と凝った造りになっておるな。これまでに遭った動く石像や甲冑、それに女型の人形の件もある。此処の主は、こういう絡繰が趣味なのであろう。何とも意地の悪い主だな。
「これって“降りろ”ってこと?」
(“降りろ”という事だな)
恐れを押し殺し、士は足を踏み出した。より一層の深き暗がりへと繋がる螺旋の段差を、一段一段慎重に下りて行く。この階段にも明かりはない。踏み外したりはせんが、不安は募るばかり。
階段は唐突に終わり、底に着いた。段数は、あまり多くはなかった様に思える。推定だが、落とし穴よりかは浅い位であろう。
ふむ、そういえば、此処は少し明るい。何故だ? 疑問を解く為、視線を下に遣る。士の両目に、暗闇を貫く一筋の光明が見えた。蓋だ。マンホールに似た蓋で穴が塞がれておるのだ。
その隙間から明かりが僅かに漏れ出ておる。鍵は掛けられておらぬ。士は取っ手を掴み、徐に開く。眩い光が溢れ出す。目が慣れた頃、中を覗き込むと出口、いや、また部屋だ。士も我もそろそろ嫌になって来た。
「チッ! また部屋か」
だが、此処でこうしておってもアレなので、取り敢えず部屋に入る。すると、待ち焦がれた声が耳に届いた。
「あ、石森君、やっと来たのね。待ちくたびれたわよ」
「申し訳ありません石森様。お待ちするべきだったのですが、その、御嬢様が……」
士は顔を美声の音源へと向ける。其処には、円卓を囲んで優雅にお茶を楽しむ二人の女性と、それを給仕する男の姿があった。美咲と神城だ。二人に何事もなくて良かった。神城に至っては着替えておる。バッグに予備を詰め込んでおったな。
「士君……」
三人目の可愛らしい声が鼓膜を揺らす。もう一人の女子が、士の名を呼ぶ。ふむ、当初の目的も同時に果たせたな。苦労した甲斐があると良いのだが。




