女王降臨、頭が高い!②
と、いう事で、我々は事故死した男の遺族の元へとやって来た。巨人の骨を返す為にだ。ただ、士が来る必要があったか否かは不明である。
今は、美咲がインターフォンを鳴らしたところである。
―『はーい?』―
その向こうから聞こえる声は女性、如何やら男の妻の様だ。
「警察の者ですけど、御主人の遺品をお返ししたいのですが……」
―『今出ますので少々お待ち下さい』―
そう言って、インターフォンは切られた。
「にしてもデカイ家ですねー」
「奥さんの実家が地元の名士で相当の資産家なのよ」
「逆玉ですか……。羨ましいですねぇ」
「まぁその分、旦那の立場は強くなかったみたいだけど」
玄関の扉を開け出て来たのは男の妻らしき女性。上品な出で立ちで、如何にも“金持ちの奥方”という感じの女性であった。
「久しぶりね、紗枝。この度は御愁傷様だったわね」
美咲は、何やらこの奥方と面識があるらしい。お悔やみを申し上げた声には、何処か懐かしさも含まれておる様な気がした。
「……? あら? 貴女どこかで……?」
奥方も美咲の顔に見覚えがある様子。必死に記憶の中を探って思い出そうとしておる。
「……あ! もしかして凛花ちゃん?!」
暫くして、奥方は美咲の事を思い出した。目を見張って彼女を見詰め、そう叫んだ。
「ええ、そうよ」
「本当に久しぶりね! 中学の卒業式以来かしら?」
奥方は嬉しそうに顔を緩ませながら、美咲の元へと駆け寄った。彼女の手をギュッと握り締める。
「あの、お知り合いなんですか?」
「小・中の頃の同級生よ」
ほほう、美咲の同級生か。懐かしき再会であるな。十年振り位か。
「あら? 凛花ちゃん、こちらの方は? 同僚の方? ……う~ん、でも学生服着てるし……あ! 分かった! 彼氏でしょ?!」
「違うわ。この子は部下の石森君。彼氏なんかじゃないわ」
士にとっては嬉し過ぎる勘違いであるが、当然美咲は即座に否定した。
「石森 士です」
「初めまして、亡くなった園崎 清彦の妻の園崎 紗枝と申します」
士は少し腰を折り曲げてお辞儀をし、それに対して奥方は士よりも上品な言葉と動作で挨拶を返した。
「あら? でも彼、まだ学生じゃ……?」
一般人であれば抱いて当然の疑問を、奥方は口にした。
「まぁ、その辺りは聞かないで頂戴」
「なぁに? また凛花ちゃんの我が儘? 昔と全然変わらないのねぇ。でも凛花ちゃんらしいわ」
まるで、姉が御転婆な妹を優しく見守る様な感じで、昔を懐かしむ奥方。本当に同い年なのか。彼女が言うには、美咲は小学生の頃からこの感じであった様だな。美咲と同級生でなくて本っ当に良かったな、士。
「ここで立ち話もなんだから、どうぞ中へ入って」
「「お邪魔します」」
園崎夫人に招き入れられた二人は、豪邸の中へと入って行く。
「どうぞお掛けになって」
「ありがと」
二人は広いリビングへと案内された。彼女の言葉に甘え、高そうなテーブルに据えられた椅子に腰掛ける。
「これが貴女の御主人の遺品よ」
美咲がそう言うと、士は巨人の骨が入った桐箱をテーブルの上に置いた。荷物持ちは当然だな。
「ありがとう。これは主人が大事にしていた物だったし、亡くなった今は形見でもあるの」
「御主人からこの箱の事に付いて何か聞いてない?」
美咲が夫人に箱の中身について質問する。
「ごめんなさい。見たのは一度きりだったし、その時も中身は見せては貰えなかったの。なので詳しい事は何も。ただ……」
「ただ……? なんですか?」
「ここ最近は『あいつが取りに来る!』と、しきりに呟いていたわ」
夫がいきなりその様な事を口走り出したら、相当な恐怖だな。
(巨人がそれ程までに怖かったのか?)
(いやそりゃ怖えーだろ? 巨人だぞ、巨人)
人間の尺度で考えれば、そうなるのは必然か。
「そう……とりあえずこれは貴女に渡しておくわ。何かあったらここまで連絡して」
名刺を取り出して夫人に渡す美咲。
「君のも一応教えておきなさい」
美咲は士の連絡先も教える様に言い、士は夫人にケータイの番号を教えた。連絡したところで、一介の高校生に何ができるのかは分からんが。
「では私達はこれで……」
「ママー!」
我等が立ち去ろうと椅子から腰を上げた時、可愛らしい声が耳に届いた。
「娘の香奈です。香奈、御挨拶は?」
「こんにちは! そのざき かなです!」
「「こんにちは」」
香奈と呼ばれた五歳位の女児は、礼儀正しく我等にお辞儀。元気良く挨拶をする。
「ねーママー? パパはー?」
「香奈……パパはね、もう帰って来ないのよ……」
「どうしてー?」
「それは……」
この位の歳の子に親の死は理解できぬか。夫人は困り果て、士もフォローしたくてもできぬ様だ。
「あっ! パパだー!」
大人達と少年が黙り込んでおる中、突然その沈黙を打ち破られた。それは、場の空気を一変させる一言であった。発したのは年端もいかぬ女児。
「は?! パパ?! ど、どこに……!?」
辺りをキョロキョロと見回す士。当然、それらしき者が居る筈もない。
「ねぇ? パパはどこに居るの?」
美咲は特に狼狽えた様子もなく、発言の意図を香奈嬢に問い質す。この冷静さが士にもあれば良いのだが。
「そこ。そのハコのところー」
「え……!? ほ、ホントだ……! 男が箱の所に立ってる……!」
士は香奈嬢に言われて初めて、男の霊を認識した。恐らく、ずっと箱に憑いて居ったのであろう。
「え!? 何?! 何も居ないわよ?!」
「奥さん、旦那さんの外見的な特徴を教えて下さい」
今度は美咲が驚き、士が冷静に対処した。
「え?! あ! はい、えーと、あ、これを……」
夫人は箪笥に立て掛けられておった一枚の写真を取り、士に渡した。士は目の前の幽霊と写真の男とを見比べる。
「う~ん、間違いなく旦那さんですね」
確かに写真の男と同じ幽霊が今、我々の目の目に居る。
《幽霊》。西洋では《ゴースト》と呼ばれる存在。以前、我等が相対した怨霊もその一種であるが、今回のモノは如何やら事情が違う様である。
「ほ、本当ですか?! 主人は、主人はなんと!?」
「う~~ん、ずっと娘さんの事を見てますね」
(む? 何か喋っておるぞ?)
『……がく……が……ど…………る。あ……が、る。しゃ……ろ……る』
(全然聞こえねーな。ただ、なんか必死さは伝わってくるな)
(もう死んでおるがな。……待て、まだ何か言っておる)
『わ……ない。……め……たさ……』
「ん~~? 何か伝えたい様ですが、俺では分かりませんね……。ちょっと知り合いに相談してみます」
そう言って士は、懐からケータイを取り出した。ボタンを押していき、何処かへと電話を掛ける。恐らく彼奴の所であろう。
「あ、もしもし沢渡さんですか? ……え、居ない? あ、じゃあ伝言を。実はですね、斯斯然然でして……」
ふむ、沢渡は留守か。電話に出たのは男であった。それにしても“斯斯然然”とは便利な言葉であるな。これを使うだけで面倒な説明を省けるのだから。
「……そうですか。分かりました。じゃあ、お待ちしてます」
「桜、なんて?」
「こっちに霊能者の方を寄越すそうです。あと三十分ぐらい掛かるそうなんですけど、それまで待たせて貰っても良いですか?」
「ええ、構いませんよ。あ、よろしければ頂き物の和菓子がありますけど、お食べになりますか?」
「喜んで頂きます」
「ちょっと、奴隷の癖になんで私より先に返事してんの?」
「いっ……!」
美咲はギュウゥッと士の耳を抓る。結構強めだな。主である自分を差し置いて返事をした事が御不満なのか。
(痛ぅ~! 先に返事したくらいでツネることなくね……?!)
(こういう輩には何を言っても無駄だ。諦めろ)
「でもそうね、頂くわ」
美咲は悪びれた様子も無く、夫人にそう言った。世間ではこういう女が受けるのであろうか?
(もう辞めたい。割に合わない。こんな上司イヤ。沢渡さんのトコが良い……)
この女、魔王より厄介かも知れん。士よ、気張れ。
「それにしても奥さん、旦那さんが亡くなったって言うのに結構普通ですね? もっと落ち込むものかと……」
立ち直った士は、奥方がキッチンに行って此処に居らん間に美咲にそう質問した。
「彼女、普段はあんな感じだけど、芯は強いから……。今は守らなきゃイケないモノもできたしね。いつまでも落ち込んでは居られないわ」
美咲は香奈嬢を見詰めながらそう呟いた。『母は強し』、いや強くなければならん、という事か。それに母と妻、女は全くの別物だとも言うからな。
○●○●○
我々が和菓子を馳走になっておると、要請した霊能者が来た。先程の電話の主であろう。今は幽霊男の様子を視ておるところである。
「最初の言葉は私も聞き取れませんが、後ろの言葉は聞こえます」
「なんて言ってるんですか?」
士は霊能者に尋ねた。
「『わたさない。むすめはわたさない』と言っています」
「う~ん、『娘は渡さない』か」
霊能者が幽霊から訊き出した言葉を繰り返す士。ふむ、一体誰に? 巨人にか? まあ確かに、巨人は人を食う事もあるからな。娘を渡したくないと思うのは当然であろうな。死んでも尚、案じる程にな。
「か、香奈が?! 娘はどうなるのですか!?」
それを聞いて、死した夫と同じく、娘の身を案じて声を荒げる母。
「落ち着いて下さい。我々がどうにかしますから」
士はそう彼女を諭した。
「そ、そうですよね。すみません。取り乱してしまいまして……」
すぐに落ち着きを取り戻した奥方に、士はとある事実を打ち明けた。
「奥さん、突然ですが、この桐箱には巨人の骨が収められています」
「きょ、巨人、ですか……?」
夫人は驚愕と猜疑の色に染まった表情で、その言葉を絞り出した。
「ええ、信じられないかもしれませんが、実在します。で、その骨の元の持ち主である巨人の家族がここに取りに来るかもしれません」
「そ、それと娘がどんな関係が……?」
「巨人は家族愛が強いので、骨が無いと分かれば娘さんが連れ去られる可能性があります。勿論、そんな事はさせませんが」
と、士が我の考えを流用して格好良く決めた。其処に、美咲が横からブツクサと文句を言って来よる。
「ねぇ、さっきから君が仕切ってるけど、こういうのって主である私がするべきなんじゃないの?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないし、俺はあなたの下僕でもありません。娘さんの命がかかってますから」
貴様、何時からその様な事を言う奴になったのだ。
「へぇ、なかなか言うじゃない。じゃ、今回の件でその言葉と自信が嘘じゃないことを証明して貰いましょうか?」
士の強気な台詞を聞き、美咲は挑発的な言葉で煽る。
「か、香奈を護って下さるのですね?!」
「はい。我々は専門家なので大きさにもよりますが、巨人が何人居ても問題ありません。ただ、この辺りの家は壊れるかもしれませんが」
まるで人格が変わったかの様な態度で話す士。違和感があり過ぎる。
「あ、その事なら大丈夫です。壊れてもこちらがどうにかしますから」
士の心配は霊能者によって杞憂と化した。まあ、我等が、士が前線で奮闘しておるのだから、それ位して貰わんとな。
と、その時、家の外から何か大きいなモノが近付いて来る音がした。
(む? 地鳴り? 早速来たか)
「どうやらオデマシのようですね」
「ほら、君の出番よ。チャッチャと突き返してやんなさい」
「言われなくてもそうしますよ」
夫人とその娘は、ムザムザ危険に曝す訳にはイカンので、家の奥に引っ込んで貰う。美咲は、何と無く自分で如何にかしそうだ。
「あら? 私には『下がれ』とは言ってくれないの?」
意外な言葉を口走る美咲。その様な事を言うとは思わなんだ。
「貴女なら自分の身位、自分で守れそうなんで。それに言っても聞いてくれないでしょう?」
「はぁ。こういう時はね、例えそう思ってても“か弱い”女の子には危険な目に遭わせない様にするべきなの」
フン、『か弱い』を妙に強調したな。
(カヨワイ? オンナノコ?)
「プブッ……!」
美咲のあまりにも分不相応な言葉に、士は思わず噴き出してしまった。斯言う我も、ブフッ。
「うおっ!?」
(何事だ?!)
我等が笑いを堪えられずに居ると、耳を劈く程の轟音が豪邸に響いた。音の発信源と思われる方に目をやると、其処には拳銃の銃口を士の足元に向ける美咲の姿があった。
「な、ナニすんですか?!」
「君がレディに向かって失礼な態度を取るからでしょ?」
「だからって銃で撃つ事無いでしょ?! 当たったら怪我じゃ済みませんよ?! ていうか一般人に理由も無く向けたらイカンでしょ?!」
日本の警察官が携帯する拳銃は、一発目は威嚇の為の空砲だと聞いた。それは迷信なのか。そもそも支給制であったと記憶しておるが、彼女の持つアレは私物なのか。
「あら? 理由ならあるわよ? 私を侮辱した罪で」
「そんなモンが理由になるかぁ!!」
美咲のあまりにも理不尽かつ暴力的な態度や言動に、怒りを露わにする士。
ところが、その様な士のタメ口での突っ込みに、美咲は苛ついた。再度銃弾を士に当たらぬ様に、それでいて恐怖は感じる様な絶妙な位置に撃つ。
「何か言うことは?」
女神の如き微笑みで、悪魔の如き所業を為した美咲に、本物の魔人である士は遂に屈した。
「ぐっ……! か、かよわいおんなのこの美咲さん、あぶないのでかくれていてください」
「嫌よ。なんで私が隠れなきゃイケないの?」
「じゃあなんで言わせたんですか?!」
「ん~? 一回言われてみたかったのよねー。でもあんまり嬉しくないわね。言った人が悪いから?」
(俺もうこの人の下で働くのイヤ……)
付いていく人選を誤ったか。しかし、それは出来ん。折角上がった時給が減るからな。途中で仕事を投げ出す訳にもイカンしな。
出会って二時間足らずで、士は新しい上司の理不尽さに落ち込んだ。ただその間にも、巨人と思わしき足音は段々と此方に近付いて来ておる。
(おい! 士! 巨人が来るぞ! シャキッとせんか!)
「あー」
気の無い返事をしつつも、桐箱を持って外へと続く士。その前を美咲が行く。
「ほら石森君しっかりなさい。君がシャンとしてないで誰が私とあの家族を護るのよ?」
一体どの口が言うのか。
「分かってますよ。はぁ……じゃあ行きますよ?」
美咲に促され、玄関の扉を開けて外に出ると、其処には予想外の事が。
「あら? 何も居ないじゃない」
「え? ……ホントだ。何も居ませんね?」
外には巨人どころか、人っ子一人すら居らんかった。確かに大きな足音が聞こえておった筈なのであるが。と、我等が茫然としておると、上の方からカラカラカラという乾いた音が聞こえた。




