2026年6月6日 コックさんの日企画 季節モノは気まぐれなのです
水の二月(六月)六日。
梅雨入りするかしないかの今日この頃。本日のお天気は曇天です。
折角のお休み、午前中は獣舎に顔を出して騎獣部隊の皆様と一緒に騎獣のお手入れを手伝いつつ戯れてみたり。
お昼を食べたら、一休みして今度は花畑・畑方向へ。
季節の植物を通り掛かりの農作部隊のおっちゃんや兄ちゃんに教えて貰いつつ、特にこれと言った目的のないお散歩。
暑すぎず、寒すぎず、心地良い風を感じながら歩いていると、ふと覚えのある甘い香りがふわりと鼻をくすぐった。
そちらへ顔を向けると、整備された果樹園の畑。
そこではお馴染みの農作部隊隊長のジーンさんがおっちゃんズと木を見上げながら何か話していた。
「ジーンたいちょ、こんちはー」
『!』
見掛けたからにはご挨拶、ってことでジーンさんに声を掛けたら全員が一斉に顔をこちらに向けてきた。
しかも表情が、揃いも揃って「いた!」と言わんばかりなんですけど。
「?」
「おう、ユーリ。この場面でよくぞ来た!」
「なにかお困りごとー?」
来い来いと手招きする喜色満面のジーンさんに近付くと、頭を撫で回される。
勢いあり過ぎて、ぐわんぐわんと首と体ががが。
「おっと、スマン」
「はらー」
「もっと体幹を鍛えんといかんな」
「がんばりましゅー」
抱き上げられて支えられながらも耳の痛いご指摘。
一応幼児なので、将来に期待したいところ。
「そうそう、それでユーリ。お前さんの力を借りたい」
「ボクができることですか?」
「お前さんしかできんな。桃をいくつか完熟させたい」
ジーンさんの依頼は、大事なお客様に季節の食材を出す時に良くあることだ。
「あいあい」
返事をすると、ジーンさんが周りのおっちゃん達と目で会話してから目的の枝の側に連れてってくれる。
大ぶりの、綺麗なお尻のある全体が桃色に包まれた見事な桃。
桃を傷付けたり、手が桃の毛で痒くならないように、側の枝を美味しくなーれと願いつつ撫でること、数回。
おっちゃんズが丁寧に収穫したそれらの一つを、水洗いしてから縦半分にして種を外し、皮を剥いて軽く魔術で冷却してくれた。
そうそう、冷やし過ぎより直前にひんやり冷やしたくらいが美味しいよね。
ジーンさんと一緒に私にも差し出されたので、遠慮なくいただきますとも。
鮮度抜群の桃は、シャキシャキと歯応えがあるのがいい。でも噛む度に舌に広がる果汁はしっかりと甘い。これは産地でしか食べられない贅沢。
産地以外はどうしても流通に乗るから、柔らかくてジューシーな桃が一般的になる。
後は好みの問題だし、品種でも少し異なるんだけど。
私はどっちも好きです!
「おいちー」
「……ユーリ、この完熟の実を更にヨシヨシしてみてくれるか?」
味わってたら、桃にハンカチを乗せた物を指さしてジーンさんにそんなお願いをされまして。
シャクシャク音を立てて食べながら、もう一度優しく撫で撫で。
それも同じく試食準備からの実食。
「シャキシャキのまんまー」
「これがこの実の一番ってことか。どうすっかな……」
変化を感じない桃に、何やら考え込むジーンさん。
「おいちいのに、何か困る?」
「折角の季節モノだから、いつもこの時期に開催される北の魔王領の四公会談のランチのデザートに出しているんだ。でも高貴な家の方は柔らかいピシェが一般的でね。もう明日に迫ってるんだけど、今年はピシェの実りが遅かったから、この通り新鮮で固い実しかないんだよ。念の為に前もって収穫して追熟したのは味がイマイチでね」
「……料理したら、固くてもめー?」
考え込むジーンさんではなく、一番近くにいたおっちゃんに聞くと、困り顔でそんなお答え。
だったら、料理すれば良くない?
前菜とかスープとかパスタとか、王道のデザートとかできるよね。
何の気なしに言ったら、農作部隊の面々が一斉にこっちを見た。
「北の魔王城では新鮮な桃の料理何品か食べてもらって、桃自体はお土産にして食べ頃で食べてもらったらダメでしゅか?」
「ディルナンオカンの所に行くぞ!」
『へい!』
ジーンさんの良く通る声のトンデモ号令に揃いも揃って元気に返事をして、食堂に向けて小走り始めるおっちゃんズなんだけど。
お城の開いてる窓のあちこちから噴出すような声が聞こえたのは、うん、気の所為にしておこう。
「おい、オカン!」
夕飯に向けて佳境に入っている食堂の窓を勢いよく開けるなりジーンさんの第一声がコレ。
何が凄いって、聞いた瞬間に調理部隊の全員がディルナンさんを見た所。
「このクソ忙しい時間に来た挙句、何つー呼び方しやがるこのクソジジイが……っ」
「悪ぃな、急ぎかつ重要案件の確認させろや」
怒りの余り、ディルナンさんの持っていたトングがあらぬ方向にへし曲がったのも気にせず続けるジーンさんの心臓の強さが凄いと思う。うん。
「桃を使った料理ってのは出来るもんなのか?」
「桃? ……まぁ、なくはないな」
「ユーリ、お前さんの考える料理は何だ?」
「んとねー、前菜なら生ハム巻いたりー、チーズと合わせてカプレーゼ風とか。スープもできるし、それとパスタでしょー。デザートはいっぱいあるよー」
ディルナンさんに聞きつつ、こちらにも話を振らた。
取り敢えずここに抱っこで連れて来られる間に思い返しておいた、作ったことがあるものを並べてみる。
「……できるぞ」
指折り数えていると、黙々とフライパンを振るっていたオッジさんがボソリとオーケーを出してくれる。
オッジさんの桃の料理、絶っ対に美味しいよね!
「明日の北の四公会談のランチでもか?」
「マジでクソな喧嘩しか売れねぇのか、テメェは……っっ」
「…………残業だな」
ジーンさんの続けた言葉に、ディルナンさんの手の中のトングは完全にご臨終です。握力っぉぃ。
そんなディルナンさんの隣で、シュナスさんが深々と溜息混じりに呟いた。
キレ散らかしても、魔王様案件な内容的に拒否できないものね。
そうせざるを得ない理由があるのも、ジーンさんに聞かずとも察してるみたいだし。
「兎にも角にも二階にも伝えないとですね。キリが良いので、行ってきます」
そうかと思えば、オルディマさんが寸胴鍋の火を極小にしてエプロンを外すと厨房から出ていく。
「試作用と賄賂の桃を要求する」
「任せろ。しっかり準備するぞ、ユーリが」
「準備できたら、ユーリも料理の試作を一通り作れ」
「あーい!」
ラダストールさんとディオガさんからも調理しながら別途指示が出たので、私も良い子のお返事。
「農作部隊も近習部隊に話通さねぇとマズイな。取り敢えず収穫。それから分担して動くぞ」
『へい!』
どうやら今日のお休みはここまでみたい。
よし、一仕事頑張ろう!
そんなこんなで夕飯準備の進む厨房の隅っこで私が試作を作り、終業後の食堂の厨房に一階・二階の調理部隊隊員が総集結してそれを元にコース内容も料理も改良。
農作部隊からの詳しい情報共有も行われ、給仕を主としたサービス担当の近習部隊と新しいコースの共有及びオシャレなお土産としての桃の準備もあり、一晩の突貫準備で用意された異例の北の魔王領四公会談のランチ。
何と桃の料理が大絶賛されて、お土産の桃も後日大好評だったとのこと。
後々、農作部隊から私への賄賂で追加の桃を貰ったので、数個を残してコンポートにしてから色々なデザートにして大事に楽しもうと思ったら。
調理部隊の面々に一口ずつと次々に奪われて、結局のところ少ししか食べられなかった!
ナンテコッタ!(怒)
こうしてディルナンオカンの伝説は増えていくのであります。




