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木漏れ日と君のカーネル  作者: 墨鎧可倉
第1章

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第1章・1節『チァーラの森で』

霧の森


記憶を積みて

負荷の罪


包む星にて

記憶()


霧をりて

(つな)


億の水守り

門に


ゆえに眠りて

成るを待つ



フィバーコ・ラロディシアの歌より


◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――◆


 樹高が20メートルもなく、幹の表皮がガラス状に硬質化しているそれは、人々の間でチァーラの木と呼ばれていた。深夜の森に、その繊細な葉がおおいかぶさるように、さらなる濃い影を作り出している。


「何の匂いだ?」

 移動に利用している家畜のロクアシにまたがりながら、カズラが低くつぶやいた。鼻の奥で、つんと鋭い刺激臭を感じた気がしたのだ。それは湿度の高い空気に急速にまぎれ、カズラは警戒したまま、明かりもなしに再びロクアシを進ませた。


 樹上に見える、チァーラの黒い小さな実。人に利用され始めてから、既に300年以上過ぎているにも関わらず、いまだに謎が多い。そのひとつに温度維持という性質があるため、様々な動力源などに利用され、人々に高値で取引されていた。


 お陰で、こうして夜も警備が必要になる。


 猫と人間のキメラ種であるカズラにとれば、闇のなかで明かりは必要なかった。とは言え、見るものすべてが死んだように退色した世界は、飽きの一言に尽きた。嵐が近づいているせいで、木々がざわめいているのがさいわいに感じるほどだ。


 最近では、ほかの村が管理している森で、何度も不審者が目撃されるようになった。そのせいで警備が強化され、人手不足のためにカズラの勤務時間が倍になった。


 黒い世界に溶けこむ、渋くすすけた暗色の肌。


 カズラが村の者達にとどまらず、家族にすらうとまれている理由が、その肌の色だった。勤務時間の割を食ったのも、村から一番離れた場所が割り当てられたのも、この肌の色が原因なのだろうとカズラは考えていた。


 生暖かい風に、ひときわ大きくチァーラの枝がしなる。朝までに嵐がサヘー島を通過するとの予報が出ていたため、その枝葉はいくらかきむしられることだろう。


 名の通り6本の脚を持つロクアシの体温が、尻の下からじんわり伝わってくる。脚と言っても、実態じったいは伸びた爪なのだが。その丸い体は白いふかふかの長毛で包まれ、乗り心地は雲に乗っているようだった。


 高低差のある深い腐葉土の上を1.5メートルもの長さの脚で、難なくさかさかと歩いていく様は、いつ見ても背中がむずがゆくなる。カズラは思わず、髪と同じ紫色の毛が生えたしっぽを左右に振った。


 その時、視界の右隅が赤黄色の光をとらえた。はっと息をのみ、手綱たづなを引いてロクアシを停止させる。光は一瞬で消え失せ、残像すらなかった。風にうごめく木々の影の下で、発光植物が淡くその存在を浮かび上がらせている。

 その中でまた小さく光が散った。


 生唾なまつばを飲み込むと、カズラは音を立てずにロクアシから降り、手綱を細い木の幹に素早く巻きつけた。


 腰に下げたホルダーと袋の中から、スリングショットと麻酔弾を手探りで取り出し、最後に光が見えた方向へ目をこらす。耳を向け、葉のれる中で異音を聞き取ろうと息をひそめた。


 風の流れが変わり、カズラの鼻が突然脂っぽい獣臭をとらえた。カズラとは別のキメラ種、犬と人間の遺伝子を持つドゥルフの臭いだ。

 大半がドゥルフで構成されている、治安維持部隊の巡回かと一瞬考えた。しかし、獣臭に混じる腐った雑巾のような臭いが、彼らではないことを物語っていた。


 頭から血が急速に引くのを感じ、カズラはできるだけ音を立てずに身を屈めた。


 チァーラの森の夜間警備班に入れられてから3年()つが、不審者に遭遇そうぐうするのは、これが初めてのことだった。


 50メートルほど離れた茂みの隙間すきまから、一人のドゥルフが見え隠れしていた。チァーラの木から1メートルも離れていない場所だ。

 手元でおどる光に息を吹きかけているのを見ると、何かに火をつけようとしているのだろうか。その弱い光で照らされる顔には、まだ幼さが残っている。


 スリングショットの射程距離は、カズラの物では30メートルが限界だ。肩に力が入りつつ、カズラはほかにドゥルフの仲間がいないか、チァーラの木の周囲へと目を走らせた。


 ドゥルフの手元がひときわ明るく光った時、ガラス状のチァーラの表皮の端に、別の人物の顔が映った。


「!?」

 動揺どうようしながら、カズラは目を走らせてその相手の居場所を探った。角度を見るに、ドゥルフから数メートルほど離れた場所で、その様子を見ているようだった。チァーラの表皮に映る姿は、小柄な人間のようだ。

 不安定な光と歪んだ表皮の反射で、顔の細部までは見ることができない。


 カズラは意を決し、息を殺して2人に近づいて行った。ドゥルフの仲間か、それとも別の不審者か。どちらにせよ、カズラの村のチァーラ管理(けん)に、無断で入り込んでいる。


 各村に割り当てられた管理許可札が、ドゥルフ前のチァーラの幹に鎖で巻き付けられているのが、カズラの位置からでも見えた。

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