第1話 魔法の天才、小さな火球にすべてを否定されました
シリーズ第4作目「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です4」に入る前に短めのシリーズを連載します。よろしくお願いします。
「別れて欲しいの。地味で魔力に乏しいあなたの婚約者っていう立場、もう嫌なの」
その言葉の棘は、あまりにも鋭く、心の奥まで深く突き刺さった。
魔法学園、貴族棟の一角。
人目は少ないが明日には必ず広まるだろう。
「・・・・そっか」
それだけを返すのが、精一杯だった。
喉が詰まる。
声が震える。
彼女はもう、こちらを見ていない。
視線の先にいるのは――
あいつだ。
家格は上。
親は帝都警察隊の高官らしく、その権勢は他を圧倒する。
そして、魔法学園でも屈指の魔力量だ。
対して僕は、男爵家の出。
魔力量も多くはない。
ただ――
「・・・・魔力制御だけは、誰にも負けないつもりだったんだけどな」
小さく呟く。
意味はなかった。
頬を伝う熱い雫が、ぽたりと落ちる。
悔しさと、やりきれなさが胸を締めつけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後。
「お久しぶりですな。公爵閣下」
私パンジー・マリーゴールドは、マリーゴールド公爵家の一室で、ある客と応対していた。
目の前にいるのは――
かつて私がある事情で帝都警察隊に勤務していた時にお世話になった上司だ。
「今日は時間をとってもらって申し訳ない。あ、こちらは愚息でね。ま、魔法学園では、かなり優秀な成績らしいんだが」
愚息といいながら息子自慢。
どうやらよほど誇らしいようだ。
その自慢をしている元上司は、帝都警察隊の高官でもある。
その上司がかつての部下だった、公爵である私に相談があるといってきた。
子息をつれてきたということはこの子息に関係することなのか。
だけど目の前の青年は、仮にも公爵である私に不躾けな視線をおくってくる。
まるで値踏みするような。
感じ悪いわ・・・・。
「・・・・実は、プラチナ帝国屈指の魔力を有するマリーゴールド公を見込んでお願いがありまして・・・・」
話の内容は単純だった。
魔法学園にやってくる魔法騎士団のスカウトに向けた実演。
その場で、子息が自分の魔法の威力を示したい。
それを受け止める相手役を私に務めてほしいという。
私は国内最高峰の防御結界魔法の使い手、それに魔力量もトップクラス。
適任ちゃあ適任だけど、そんなことを公爵の私に頼むなんてね。
「公爵閣下の結界でも、防ぎきれるかどうか・・・・」
子息は悪びれもせずに、そんな言葉を吐く。
よほど自信があるのだろう。
少し興味がでてきた。
そこまで言うなら、見てあげてもいい。
「いいわ、引き受けてあげる」
その自信に興味がわいたわ。
きっと今の私は悪い笑みを浮かべている。
「また、お嬢様の悪い癖が・・・・」
後ろにいる護衛騎士のつぶやきは無視した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
当日。
「はあ」
僕は、婚約者だった彼女にふられた心の傷がまだ癒えないまま、魔法学園にきていた。
今日は魔法騎士団のスカウトに実演を見せる日。
魔法学園の演習場は、観客で埋め尽くされていた。
僕は、観客の群がる中に入っていった。
僕をふった元婚約者の好きな相手、あいつが自信満々に立っていた。
あいつの魔力量を見せれば、魔法騎士団にも入れるのだろう。
やだなあ、そんな場面を見るのは。
実演開始。
魔法騎士団の騎士が号令をかける。
あいつは詠唱を始めた。
長い詠唱。
魔力が集まり、膨れ上がる。
その大きさに観客から声があがる。
そして。
巨大な火球が放たれた。
空気を焼き、熱が押し寄せる。
観客がさらにどよめいた。
「・・・・派手ね」
パンジー公爵は冷めた声で呟いていた。
火球は一直線に飛び――
彼女の結界に、ぶつかり、
――弾かれた。
それだけだった。
「なっ・・・・!?」
あいつの顔が歪む。
「そんな馬鹿な!!」
観客もざわつく。
僕もびっくりだ。
だが、パンジー公爵は冷静だった。
「・・・・無駄が多い。魔力制御が不十分。非効率過ぎて興味が出ないわ」
その一言で、全てを切り捨てた。
会場の空気が冷える。
あいつは、青い顔をしながら膝をついていた。
騎士が、「次」と言うが誰も、出ようとしない。
あの威力で通らなかったのだ。
それ以下で通るはずがない。
沈黙が落ちる。
そんな中。
「あなた」
不意に、声が飛んだ。
「え?」
顔を上げる。
パンジー公爵が、こちらを見ていた。
「前に出て」
「ぼ、僕ですか?」
「ええ」
逃げ場はなかった。
「・・・・分かりました」
足が、少し震える。
深呼吸する。
魔力を整える。
流れを感じる。
無駄を削る。
一点に集める。
圧縮する。
そして。
――放つ。
小さな火球。
あまりにも小さい。
誰もが拍子抜けしたように見た。
だが。
「・・・・なにこれ」
パンジー公爵が呟いた。
空気が、歪む。
音が、消える。
火球の周囲だけ、世界が沈んだように重い。
パンジー公爵の目が、わずかに細められた。
「これは、すごいわね」
その瞬間。
彼女は結界を強化した。
火球が触れた瞬間――
――ズンッ。
衝撃が走る。
結界が、深く沈み込むように歪む。
「・・・・これは興味深いわ。もう一度見せて!!」
興奮気味のパンジーとは対照的に、観客は一斉に後ずさっていた。
「合格だな」
魔法騎士団の騎士が、即座に言った。
演習場が静まり返る。
「な、なんでだ!!」
声が裏返る。
あいつが叫ぶ。
「俺の方がデカかっただろうが!!」
パンジー公爵が、ため息をついた。
「だからよ」
一歩、前に出る。
「あなたの魔法は“広がっている”だけ」
「この子の魔法は“収束している”の」
視線が、演習場全体を貫く。
「魔力はね」
その声は、よく通った。
「どれだけ多いかじゃない」
「どれだけ“無駄なく使えるか”よ」
完全な静寂。
「あなたは、魔力を垂れ流しているだけ」
「この子は、魔力を“武器”にしているわ」
その言葉が、突き刺さる。
あいつの顔が、崩れた。
「そんな・・・・そんなはずは・・・・」
「俺は・・・・天才だぞ・・・・」
現実を拒絶するように、首を振る。
だが――
誰も、同意しなかった。
その後。
あいつは不合格。
僕は、魔法騎士団への推薦を受けた。
胸の奥が、熱くなる。
ようやく、報われた気がした。
そして――
「ねえ・・・・」
背後から声がした。
振り返る。
元婚約者だった。
「やっぱり、あなたの方が・・・・」
その目には、後悔が浮かんでいる。
一瞬だけ、過去がよぎる。
楽しかった日々。
笑い合った時間。
――でも。
「もういい」
静かに言った。
「婚約は、正式に破棄されている」
「それに」
「君を、もう信用できない」
言い切ると、胸の奥が少しだけ軽くなった。
去り際。
パンジー公爵が、こちらにだけ聞こえる声で言った。
「いい魔力の流れをしているわ」
「積み重ねてきたのね」
「・・・・はい」
僕は答えた。
「それだけが、取り柄ですから」
彼女は、わずかに笑った。
「それが一番、大事なのよね」
プラチナ帝国は、魔法の国だ。
だからこそ問われる。
魔力の多さではない。
それを、どれだけ正しく扱えるか。
そして、その価値を見抜けない者から、静かに落ちていくのだ。




