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30話「買い付け」

クリフは下山し、三人でジレーザの街を自由に歩いていた。

鋼街道という看板が立てかけられたその通りには、金属製の建造物が立ち並び、各所の屋根から、暖房と炉の煙が煙突を経由して立ち昇っていた。


謎の配管が付いた鍛冶屋と思われる建物からは、列車のものと同じ蒸気が噴き出しており、燃料にされた火の魔石の粉塵が巻き上がっていた。


「……へぇ、コイツは凄いな」


職業柄、知的好奇心に唆られ、店の機材を外から値踏みするように眺める。

蒸気機関によって作動したプレス機が、熱した金属を凄まじい速度で叩いていた。

また一方では、金型の形をしたプレス機が、銃器の部品を押し出しているようだった。


__アウレアとは段違いの製造効率だな。


その反面なのか、客寄せの声は少なく、アウレアに比べれば活気は少ないように思えた。


「剣とか売ってるのに人が少ないね?」


と、シルヴィアが純粋な疑問を投げる。

それにアキムは苦笑した。


「……考えてみろ。今の主流武器は何だ?」


眉間に皺を寄せ、尋ねる。

シルヴィアは、こちらの鞘を見て首を傾げた。


「剣じゃないの?」


「馬鹿、人間とエルフはボルトガン。ドワーフは銃器だ。今どき、剣や杖、弓なんてのを使ってる奴はハイヒューマンやハイエルフくらいだ」


「ああ、そう言えばボルトガンどこ行ったの?」


「分解して鞄の中に入れた。この国でコレを使えるのは俺だけだろうからな」


それを聞いてアキムは思案する。


「もしクリフが″そうだ″ってバレたらどうなるんだろうな」


「襲われるのかな?斧持ってえいって」


それを聞いて、顔を顰める。


「お前が居るから問題ない。それに、アウレアでの一件はイレギュラーだ。そもそも、デニスやチャーリーはそんな奴じゃ無かった。兵役時に戦友をやられたとしても、あんな真似……」


彼らを一方的に殺した事を思い出し、ため息を吐いた。


「いや、アイツらはやったんだ。そして俺もな」


剣の持ち手を握り締める。


「そっか」


シルヴィアは淡白な感想を述べた。


「……ああ」


シルヴィアを引き取って一年。

彼女は確実に変わり、こちらの価値観に依っていた。少なくとも、今はデニスとチャーリーに同情する事は無いだろう。

当時と違い、こっちがそれを否定したい気分だった。


「あー……少なくとも俺の村でもそこまで過激じゃないかもな……でもここだと分からないな」


少し気まずそうにアキムが話題を繋げる。


「注意するに越した事は無い」


そう言って街道を歩く。

シルヴィアやアキムは、店の窓ガラスから見える商品を眺めて興味深そうにしている。

しかし彼らを気に掛ける余裕は無く、考えごとをしながら歩いていた。


「ぶみっ」


すると、聞き覚えのある声が耳に入った。


「わあ、可愛い」


背後でシルヴィアの声が聞こえ、振り向く。


「シルヴィア、その子を抱えたら……」


側に居たアキムの制止も虚しく、大トカゲは彼女の髪に噛み付いた。


「え?……ひぇあぁぁぁっ!!?」


トカゲは、彼女の長い髪に噛みついたまま、ぶら下がっていた。


「クリフっ、クリフ!!」


彼女はトカゲを抱き抱え、慌てた様子でこちらに駆け寄った。


「クソ……」


無理に引き剥がせば髪が抜けるのを知っていた為、受け取ったは良いものの、対応に困った。


「こらあぁっ!!ギーリャ!何してるのっ!!」


突然大声をあげ、凄まじい勢いで一人の女性が駆け付けて来た。

茶髪の女性はシルヴィアの前で立ち止まり、大トカゲの尻尾を思い切り引っ張った。


「ぶみっ!!?」


トカゲはたまらず口を離し、悶える。

そして彼女は、シルヴィアから大トカゲを引き剥がし、抱き抱えた。


「うちのギーリャがごめんなさい!ちょっと目を離した隙に!」


茶髪の女性は大トカゲを抱えたまま深々と頭を下げた。


「気にしないで!髪だって別に……」


シルヴィアは、大トカゲのヨダレまみれの髪を触って絶句していた。


「いいから!お風呂貸すから!ねっ!!?」


茶髪の女性は彼女の手を引き、路地を歩く。


「私はミラナ!あなたは……リザードマンの子?」


彼女はシルヴィアの手を見て疑問を抱く。


「待て、話を次々と進めるな」


矢継ぎ早に尋ねるミラナの手首を握る。


「あっ、ごめんなさい。あなたは……この子のお父さん?」


アキムが吹き出し、押し殺した笑い声を上げた。


「保護者、強いて言うなら兄だ」


眉を顰め、アキムに軽い拳骨を当てる。


「俺はクリフ。そこの……リザードマンはシルヴィアだ。あと一人は覚えなくて良い」


「アキムだ、アキムだよ!」


主張する彼をよそにミラナは、こちらが腰に提げていた剣を凝視した。


「あれ、あなた帯剣してるの?珍しいね」


マイペースで話し続けるミラナに思わず顔を顰める。


「お前だって珍しいな、青い眼をしてる。少なくとも、俺が見たドワーフにそんな奴は居ない」


ミラナは動揺し、眼を逸らす。

その反応で、想像した通りの人物だと察しがついた。


「……お前の種族に興味は無いさ。さ、シルヴィアに風呂を貸してくれ」


少し不憫に思い、話題を元に戻す。


「あ、うん。こっち来て、私達の店があるから」


ミラナは通りの先を指差しながら、苦笑いを浮かべた。


「分かった」


シルヴィアは尻尾を揺らしながら軽い足取りで彼女を追った。


「……ああ」


空返事をした時、アキムがこちらに寄って来た。


「なあクリフ、あの人」


アキムは声を殺し、耳打ちする。


「ああ……」


腕を組み、彼女の後ろ姿を見つめながら眼を細めた。


「人間だ」



「……中々良いな」


風呂に入ったシルヴィアを待つ間、ミラナの店にあるショーケースに入った剣を眺めていた。


「そっちなのか?こっちの方が強そうだけどな」


そう言ってアキムは溝が付き、根本から少し進んだ部位が山なりに尖った剣を指差す。


「″俺たち″にとっての、実用性の問題だな」


「って言うと?」


ケース越しに、剣の溝を指差す。


「先ず血溝は俺たちに必要ない。肉を突き刺して抜けなくなっても無理矢理抜くか、鈍器としてそのまま振り回せば良い」


アキムは顎に手を当て、興味深そうにその部位を眺める。


「その次に細身過ぎる事だ。俺達が本気でぶん殴れば、多少切れ味が悪くても叩き切れる。それより不安なのは、硬いものと激突した時の強度だ」


「そうか、折れやすいんだ」


指を鳴らし、彼を指差す。


「正解だ。俺たちが欲しいのは信頼性。絶対に折れないって条件が付くなら、布を巻いた鉄棒だって構わない」


彼は自身の右手を眺め、興味深そうに思案した。


「勉強になるよ。剣を造る時は参考にさせて貰おうかな」


アキムは右手を前に出し、笑った。


「そうか、お前はそっちだったな」


微笑を浮かべ、再びショーケースの剣を眺める。

特にこれといった装飾のない、無骨で肉厚な両刃の剣だった。


「そんなに良いのか?」


「ああ、肉厚で信頼性が高い。重心に焼き入れ……鍔とグリップ。語るべき事は多いが……良くも悪くも俺向きだな」


「じゃあ……買っちゃう?」


ミラナが後ろに手を組んで、期待に満ちた眼差しを向けてやって来た。


「いや、あと数年は帰れない見通しだ。あまり嵩張るものは持ちたくない。確かに良いものだが、俺の相棒には劣る」


歯に絹着せぬ物言いに、ミラナは眉を落とす。


「……自信作だったんだけどな」


彼女は肩を落とす。


「悪いな、コイツは親父の遺品なんだ。もし、魔法の剣があっても取り替えるつもりはない」


そう言って腰に差した剣の持ち手を指で弾く。


「だが解体用のナイフがそろそろ折れそうでな。とにかく頑丈で、大型動物を解体するような奴を頼む」


微笑し、度重なる研磨によって擦り減ったナイフを懐から取り出す。


「……っ、うん!ついて来て!店の奥に色々あるからっ!!」


ミラナは眼を輝かせながら駆け出し、店のカウンターを抜け、奥に消えて行った。


「おい!……行ってくる」


「相変わらず面倒見が良いな」


アキムに苦笑された。


「大らかなんだよ、俺は」


そう言って彼女の後を追う。


「お前さんも物好きだな」


カウンターで座る、大きな顎ひげを持ったドワーフの大男が呼び止める。


「馬鹿言うな、良いものと思ったから買うんだ。弟子か娘かは知らないが、信じてやれよ」


そう言い捨ててカウンターを抜け、彼女の作業場に入った。大きな高炉に、金床に大槌、先ほどの広場にあった蒸気式のピストンも備えられており、無数の作りかけの剣や、インゴット、走り書きなどが散らばっていた。

クリフは鍛治仕事に詳しい訳ではない。しかし、ここにあるどれもが一級品の設備であるように思えた。


「あはは……ちょっと汚いけど。ようこそ、私の仕事場へ」


ミラナは少し照れていた。

しかしそんな彼女よりも、奥にある完成品の刀剣に目を奪われていた。


「綺麗だな……」


「えっ!?」


彼女は顔を赤くし、目を白黒とさせる。


「綺麗な刀身だ。作りや研ぎも文句無しにしつらえているな。研ぎ過ぎていないのも良い。だが、実用的過ぎる。ハイエルフにでも売る気か?」


しかし、彼女は勘違いだったと気付き、急いで平静を取り戻していた。


「ううん、今のところは私が趣味で作ってる。でも、この時代じゃ剣は工芸品。こんな剣は誰も買ってくれないよ」


彼女は悲しげに呟く。


「ハイドワーフなんてのは居ないしな」


苦笑し、作り掛けの剣を拾い上げる。


「この国で刀剣を造るのは無茶だ。セジェスに引っ越してエルフやオーガ相手に商売するか、斧や野営用のナイフを造るのが無難だろう」


それを聞いて、彼女は肩を落とす。


「やっぱり?妥協は必要になるよね……はぁ」


ミラナは部屋の隅に積み上げた木箱を漁り、その中から布に包まれた四枚のナイフを取り出し、包装を剥がし、側にあったテーブルに並べた。


「……あ、数は少ないけど、コレになるかな」


並べられた四本のナイフを眺める。

等身が短いものは除外し、ひと回りほど長い刀身を持つ二種類のナイフを選ぶ。


「コイツだな、ブッシュナイフのフルタング……良いセンスだ。いくらする?」


鉈に近い大型のナイフを手に取る。

それを聞いたミラナは感極まった様子で喜び跳ねていた。

そんな彼女をよそに、近くの道具類を眺めていると、気になるものを見つけた。

並んでいたのは、木目にも似た斑模様のインゴットで、自分が腰に差していたものと同じ材質に思えた。


「あ、お代は700ゾトあれば嬉しいな」


「分かった。なぁミラナ、コイツは何だ?ダマスカス鋼に見えるが」


銭袋を取り出しながら尋ねる。


「あー……それ、失敗作なの。お小遣いを貯めたら、本物を探す旅に出ようかなって」


それを聞いて、好奇心とお節介が心の内で爆発する。良くない事だと分かっていても、行動を止められなかった。


「ミラナ、良いものを見せてやる」


そう言って腰から剣を外し、彼女の前で抜刀して、刀身を見せた。


「……え」


突然の抜刀に表情を曇らせた彼女だったが、その刀身を見て目の色を変える。


「……っ、ダマスカス!?本物!!?ねえっ!!」


彼女は持っていたナイフを放り投げ、鼻息を荒くしながらこちらに向かって突進し、抱きつくような距離感で剣を眺めていた。


「……おい」


あまりの距離感に、顔を顰める。


「あっ……」


しかし、背後から聞こえた別の声に、意識を持って行かれた。

しっとりと濡れた髪の毛を揺らしながら、シルヴィアは気まずそうにこちらを見ていた。


「えっと……楽しんでね!!」


彼女はその場から走り去り、店内へと消えていった。


「アキムー!!クリフが!!」


忙しない足音と共に、彼女が誤解をばら撒き始める。


「おい!お前も何とか……」


「えへへ……本物、本物だぁ……」


ミラナは恍惚とした表情を浮かべ、話を聞いていなかった。

気が付けば、カウンターからドワーフの大男が斧を持ってこの部屋に入って来ていた。


「てめぇ……人の娘に初対面で……」


彼は斧を振り上げた。


「クソッ!!!」


ミラナから剣を取り上げ、剣を振り上げて迎撃する。そして、店内に甲高い金属の音が響き渡った。

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