29話「竜神?」
シルヴィアは、寺院の階段を歩いていた。
やや離れた間隔で置かれた蝋燭で照らされた内部は、床や天井すらも石で出来ており、やや肌寒いといった気温だ。
司祭と自分の足音だけが続き、沈黙が続く。
長く続く階段は、未だ先が見えず、今が山頂で言うどの辺りに居るのかも分からなかった。
しかし、通路が緩やかに曲がっている為、山に巻きつくような、巨大な螺旋階段ではないかと想像していた。
「ねぇ、ここに棲むティロソレア様って、どんな人?」
シルヴィアは興味本位で尋ねる。
「……とても聡明で、勤勉なお方です」
司祭はやや口ごもった様子で答える。
シルヴィアは目を輝かせ、彼の顔を覗く。
「彼のお方は、数々の竜神様がお隠れになる中、我々を見捨てずに残って下さった二人の竜神様の内の一柱です。それ故に、寛大にて慈愛溢れる御心をもたれております」
「優しい人ってこと?」
司祭は少しの間を置いて思案したのち、不器用に微笑む。
隔世の隠者といった出立ちの彼は、腹芸が苦手なのだと勝手に解釈した。
「ええ、虚言なく誠実に向き合えば、彼のお方も応えて下さるでしょう」
話している内に、階段の終端まで辿り着いていた。厳重な封が掛けられた鉄扉を司祭が押し開ける。
「え……っ?」
突風と降雪に見舞われていた筈の山の頂上に来たというのに、扉の向こうから温かな日差しが差し込み、潤沢な酸素によって育った植物が自生していた。
突然現れた、長閑な森の景色を切り取ったそれを目にして、脳が混乱した。
「驚かれましたか?」
「うん……これ、幻……じゃないよね?」
意を決して扉の先に踏み込む。
柔らかな牧草に覆われた地面が、確かにそこにあった。
ジレーザの寒冷な気候はそこになく、ヴィリングのような優しく、暖かな空間がそこにあった。
小鳥の囀りが聞こえ、すぐ目の前で蝶が舞っていた。
「よく来たな、幼き翼よ」
透き通る声が、森の中に響き渡る。
それを聞いた司祭は、その場で両膝をつき、祈った。
「ティロソレア様がこの先でお待ちです」
そう言われ、少し躊躇った後、声のした方向へと歩く。
「……っ」
上位の存在に会うこともあって、緊張していた。しかし、期待もあった。
片手で胸を押さえながら、一歩ずつ森の中を進む。
そして、巨大な竜がそこにいた。
彼女は一対の巨大な翼を持ち、岩のようなウロコに覆われ、山のような巨躯を持っていた。
「そなたがここに来る事は知っていた。そして、何を求めるのかもな」
巨大な竜は、穏やかな眼差しをシルヴィアに向け、優しくも、しかし威厳のある声で語り掛ける。
「えっと、あなたがティロソレア様?」
「如何にも。私が第六の竜神、ティロソレアだ」
その時、脳裏には列車で会ったオネスタの言葉がよぎっていた。
確かティロソレアを、彼女と呼んでいた。
「女の人って聞いてたから、ごめんなさい」
頭を下げる。
しかし、ティロソレアは沈黙していた。
「ティロソレア様?」
思わず彼の顔を伺う。
「すまない、幼き翼よ。少し思慮していた」
ティロソレアは、軽く咳払いをする。
「そなたの望みである、己の出立ちについては、我々の口からは言えぬ」
「どうして?」
語気を強めて尋ねる。
物語の賢者が使い古したような台詞を言われ、頭に来た。
「まだ伝えるべきではない」
しかし、二度目は無かった。
「何それっ!!あなたにとっては些細なことだろうけど、あたしにとっては一大事なのに!!あたしはさ……気が付いたら草原に居たの!」
シルヴィアは気持ちを抑える為、一度深呼吸をして、ティロソレアを睨む。
「誰から産まれたかも分からないし、何があってここに産まれたのかも分からない!聖典に出る人物みたいに、神様が出て来て出自を教えてくれないから、こっちから直接来たのに、あなたは何も教えてくれない。まるで、臭いものに蓋するみたいにさ!!」
目尻に涙を浮かべ、堪えきれない怒りと悔しさを吐露する。
「……目処は付いている。しかし、そなたを傷付けると同時に、大きな厄災の種となるだろう」
「それでもいい。教えて」
「駄目だ。もしそれを知れば、そなたは″こちら側″に来る事になる。そなたの旅は終わり、あの男とも別れる事となるだろう」
歯軋りをし、拳を固めて大きく跳躍し、ティロソレアに殴り掛かる。
「この分からず屋!!」
しかし拳が触れる直前、目の前が光に包まれ、その場から消失した。
◆
クリフは寺院の前で、大トカゲと遊んでいた。
先程噛みつかれ、投げ捨てたのも束の間、逃げる気があるのかを疑う程の遅さで歩くトカゲを見ていると、どこか愛らしさを感じ、勝手に和解した。
携帯していた干し肉を手に取り、大トカゲのギリギリ届かない位置で焦らす。
「ぶみっ!ぶみっ!!」
食べたそうに口を動かしながら、頑張って後ろ足だけで立とうとしていた。
「ほーら、頑張れ頑張れ」
「ぶみーっ!!」
大トカゲは助走をつけて跳躍し、持っていた干し肉にかぶりつく。
「おっ、よしよし。偉いぞ」
肉を咀嚼中の大トカゲの喉元を撫でる、爬虫類は触られる事を嫌がると聞いたが、このトカゲはそんな素振りを見せる事はなく、喉を鳴らして喜んでいた。
__コイツ、ドラゴンの子供だったりしてな。
「クリフ、俺もちょっとくらい……良いだろ?」
アキムが顔を覗き込みながら、こちらを見つける。
「ぶみっ!」
大トカゲは不細工な鳴き声で、次の干し肉をせびる。
「分かったよ、次はお前な……」
シルフに吊り下げられた荷袋に手を伸ばし、 干し肉を取り出そうとしたその時、目の前で閃光が弾けた。
「あ……?」
光が晴れると、そこにはシルヴィアが居た。
「おかえり、上手くいったか?」
彼女から返事はなかった。
「クソっ!あの……クソったれ!!結局……あたしは何なのっ……!!」
その場で怒るシルヴィアを見て、思わず顔を顰める。
「行儀が悪いな……」
そう呟くと、アキムは目を見開いてこちらを見つめた。
「あんたの口癖だと思うけど」
「……確かにな」
口調を矯正すべきかと考えながら、彼女の元に歩み寄ると、その途中でシルヴィアは大粒の涙を流し始めていた。
「シルヴィア!……何があったんだ?」
シルヴィアの前で腰を下ろし、優しげな眼差しを向ける。
「結局、何も教えてくれなかったの。どうしても知りたいならクリフと別れろって」
シルヴィアはとめどなく溢れる涙を拭いながら話す。
「そうか……選んでくれてありがとな」
そう言って彼女を優しく抱き締める。
「……うん」
胸を借りてすすり泣く彼女をよそにクリフは少し思案する。
__姉さんが全部教えてくれれば、カタが付くんだけどな。
最近、姉が現れる頻度が減っていた。
おそらく、尋ねられたくないことが増えたのだろう。




