第九話
「はっ…!」
私が目を覚ますと、アリスさんが一人アトリエで作業を続けていて、他には誰もいませんでした。意味が分かりませんでした。記憶が繋がらず、物事の前後と自分の時間的な位置が掴めない事の気持ち悪さ、意味不明さ、怖さが私を満たします。
「ハハハ、予想通りの反応だよ。セブンちゃん…で良かったっけ?…自律動作式人型魔導機械くん。」
「この短期間で名前を忘れられるとは思っていませんでしたよ、アリスさん。」
短期間、と言いつつ私はどれくらいの時間が経っているのかよく分かりませんでしたが。
「アリスさん、他の皆はどうしたんですか?」
「適当な宿を見つけて寝てると思う。今大体夜明けの時刻だからね〜…君の分析と修理を堪能していたら徹夜しちゃったって訳さ。」
「それで、"予想通りの反応"ってどういう…?」
今思えば、周りに誰も居ないアリスさんとの完全な二人きりは始めてでした。そして彼は、夕方の時のハチャメチャな雰囲気が消え、穏やかながら鋭い職人の目つきをしている、父の姿を重ね見てしまいそうな雰囲気を纏っていました。
「君のコアさ。あれはこのボディの心臓だけど、それと同時に完全な君そのものだろう?…だから、取り外した瞬間にこのボディを通して得ていた全ての情報からシャットアウトされたって事だよ。それで、実際味わった感覚はどんな感じ?寝落ち?気絶?それとも暗闇?」
…やっぱり父の姿に見えることは無さそうです。
「えーと…突然消えて、気づいたら今で、前後の記憶がそれぞれ最新なのに繋がらないような…」
「ふむ…つまり自分が気絶した事に気づかず、気を失ったような感じかな。なるほどなるほど、良い情報が得られたよ。本当に、本当に興味深いね君は…前例が一つも存在しない唯一無二で不明点だらけの魔導機械。浪漫の塊だよ。」
「夕方頃より静かですけど、あまり変わりませんね。」
「そりゃそうさ。近所迷惑を考慮して静かにしてるだけで僕の本質はずっとそこにあるからね。」
「凄く職人然としたかっこいい顔してるのに、残念ですね〜」
「何さ、煽っても何も出ないよ?」
思っていたより怖くない、私はアリスさんへの認識をそう改めました。団長さん、ありがとう…!
「ダンテのやつ、あんな顔出来たんだな…」
「あんな顔…?」
団長さんの話題が出てきて、驚いた私は反射的にオウム返しの質問をしていました。
「クロとベラトリクスが眠そうにしているのを見た時に凄く穏やかな顔をして、まるで親のような目線で見てたんだよ。そして宿を探しに行った。…あいつは賢い奴だけど、賢いからこそ物事を複雑に捉えない。そんなダンテが親になるだなんて、ってね。家族っていうのは凄く複雑なものだからさ。」
最後の装甲パーツを取り付けながらアリスさんはそう語りました。アリスさんにも団長さんにも、もちろん他の皆にもそれぞれの背景がある…私はそれを改めて染み染みと感じました。
「さて、と…大体ダンテの注文通りに作れたかな。魔弾を撃てる砲塔も腕に入ってるし、腰にはブースター…なんでも、こんな感じの装備品で野盗と戦ったんだってね?」
「………父を守りたかったのですが、力及ばず…。」
「あんまりクヨクヨしないようにね。大して君のことを知らない僕が言うのもなんだけど、世界っていうのはそういうものだし、それでも時間は進み続けるものだからさ。僕だってダンテからは評価されてるけど、魔導具技士としては全然売れてないんだ。」
「うそ、こんなに技術があるのにですか…!?」
「だから、世界ってそんなものなんだよ。ふぅ〜…疲れたし3時間くらい寝ようかな。」
「ちょっ…先に私をこの磔台から下ろして下さい…!」
「ふぁ〜ぁ…はいはい、ちょっと待っててね。」