表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
telracStream  作者: 筬群万旗
水鏡の彼岸
42/77

 壁にもたれて窓の外を覗いていると、突然お呼びがかかった。

「不知火……さん?」

「お嬢様、動かないで下さい!」

 紐を引っ張る侍女の一人が、千波に抗議する。薄暗い部屋の中、甘い灯りを無数に抱えた、寝台程もある三面鏡の前で、二人の侍女がせわしなく働いていた。あちらのひもを引き、こちらのリボンを結び、神輿を飾り付けるなじみ深い光景に、風音は静かな溜息をつく。風音のいる北側からは、南側の居間が眩しく見えた。巨大な化粧台に、睡蓮が彫り込まれた小さなテーブルの上では、陶製の香炉から立ち昇った薄い煙の影が、白いレースのテーブルブルクロスに横たわっている。

「ごめんなさい。続けて」

 鏡と向き合ったまま、ためらいがちに横目で風音を窺う千波に、レースのカーテンを弄びながら、差し込む光の向こう側をにらみ返す。

「何がおかしい」

 予想以上に冷たい声が、風音自信を驚かせる。どこか見慣れた忌々しい部屋の中、無骨な青い隊服だけが風音を遠くに隔てていた。

「なぜって――」

「まあ、こんな格好をしていれば、お嬢様には珍奇に見えるだろうがな」

 一瞬振り向きかけた千波と、鏡の中の侍女の目が合った隙に、震える声で遮った。早口を張り上げたばかりに、語尾がもつれそうになる。自分の言葉が胸中に沈みこむ、ごろごろとした感触。さっきまで部屋を吹き抜けていた蒸し暑い風が凍りつき、侍女たちの間に戸惑いが伝染する中、たった一人、千波だけが身じろぎもせず鏡と向き合っていた。

「でも、あなたはお嬢様でしょう?」

「見えるか?そう思ってもらえるとは、光栄の至りで――」

「昔、叔母様にお会いしたことがあります」

 今度は逆に、千波が風音を言い伏せる番だった。屈辱を噛み潰し、腕を組んで背中を壁にぶつける。母の妹が一人、婆羅門の家に嫁いだのだと、祖母が以前自慢していた。何も言い返せないまま、暗がりに視線を漂わせる風音を、千波は問い詰める。

「それだけの家格を持ちながら、どうして隊に身を寄せていらっしゃるのですか?」

 握った拳を壁に叩きつけると、鬱血した指先に残響が襲いかかった。

「あなたには……関係ないことだ」

「ごめんなさい……」おかしなことを聞いてしまって」

 彼方から聞こえるかすかなざわめきの中で、香炉から立ち昇る煙だけがその身をくゆらせ、眩しい白のテーブルクロスに、うっすらと墨を流していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ