誰と戦って居るんだ
「ふつつか者ですが、いただきますっ!」
色気のかけらもないむちゃくちゃな挨拶とともにレイラが少年に襲いかかったのは、勿論考えがあってのことだった。少年の身体が目当てだったとかそう言うことではない。
(嫌がってくれればそれはそれ、乗り気でないことがわかっただけでも儲けものだ)
知りたかったのは少年の意志、欲しかったのは――。
「そのまま聞いて欲しい」
他者に察されることなく少年と会話出来る状況。抱きつくほど密着して耳元で囁けば、ごく僅かな声でもやりとりが出来る。監視役が居る可能性を考慮すれば、さらわれた女性が自分から襲いかかるのは不自然な気もするが、レイラは一時的にそのことを考えないことにした。
(いや、しかし……何というか)
正確にはそんな余裕が無かったというのが正しいのかも知れない。騎士として訓練の一環で異性と取っ組み合いの戦いは経験しているものの、流石に女物の下着姿で殿方に覆い被さった経験はレイラにも無いのだ。計算尽くで行動に移ってみたが、遅れてやって来た羞恥心が形容しがたい感情へとレイラを追い込んで行く。
(今はドキドキしている場合ではない、落ち着け私。今は少年にこちらの目的を……ッ!)
耳年増と言っても実際の経験値はゼロに等しい。我に返った瞬間押し倒していた少年と目があったレイラは思わず目を背けた。
(いかん、いかんぞ。あれは何というか無理矢理襲われた人の目だ。早く弁明しなくては)
胸中の動揺と羞恥心から挙動不審になったレイラの一挙一足に、腕の中で少年がビクッと反応し身体の下で縮こまられる度にレイラはいたたまれなくなる。もっとも、ろくに事情説明も出来ずいきなり押し倒されたのでは少年の反応も無理もないものなのかも知れないのだから。
(そもそも私と子供を作れと言うのも無理矢理命じられているのかも知れないし……って、そうじゃない。こういう時はまず相手を安心させて)
相当てんぱって居たのだろう。
「い、痛くしないから」
再び少年の耳元に口を寄せたレイラの口から漏れたのは、そんな一言だった。
(痛くしないからって何だ! 何を言っている私! そもそもどちらかというと痛いのは今の私じゃないか!)
大混乱に陥るレイラの下では、少年が完全に固まってしまって居るが周囲の状況に気を配るような余裕は今のレイラにはない。
(とにかく落ち着け、作戦を練り直すんだ)
激しく頭を振って立て直しを図りたいところだが、人の目があれば不自然きわまりないことぐらいは理解できていて。
(そもそも監視の目はあるのか? だとしたら一部始終を見物するつもりなのか――つまり、変態だな?)
ゆっくりと顔を上げたレイラの視線が何かを探すように動き回り。
「は?」
「見つけた」
目的の存在を見つけたとたんレイラの胸中で自身の顔が獲物を見つけた獅子の笑みへと変わる。
「何を見ているかこの変態めぇぇぇっ!」
と咆吼しつつ怒りの一撃をぶちかましたいレイラではあったが、まだ分別は残っていた。おもむろに立ち上がると縛られていた時毛布代わりに身体へかけてあった布を身体に巻くと全力で駆けだした。
「きゃぁぁぁぁっ!」
乙女らしき恥じらいの悲鳴と共に放たれたのは助走をつけた跳び蹴り。結局は八つ当たるのだが、恥じらいにくるむ辺りがレイラの分別であった。
「かふっ」
「え?」
ただ、蹴り飛ばした相手が侍女であったのはレイラにとっても予想外だった。少年からすれば見慣れた相手であるし、レイラも王女の側に控えていたことから面識はあるのだが、その侍女が何故このような場所にいるのかがわからない。
「あなたは姫様お付きの……」
「……っ!」
漏れ出たレイラの言葉に、身を起こそうとしていた侍女が息を呑む。
「せぇいっ!」
「っと!」
続いて起こした侍女の行動にレイラがとっさに反応できたのは、騎士としての修練の賜だった。
「はぁぁっ!」
「ちょ」
どこかに隠し持っていたらしき刃物を使った斬撃に続いて崩れた体制から放つ後ろ蹴り。護身術にしてはやたら本格的な動きに目を見張りつつもレイラは仰け反ることで侍女の足をかわす。
「二度もかわすとは、ただ者ではありませんね」
「え、い、いや……私はただの侍女」
先ほどの動揺から立ち直ったのか、表情を消して淡々と問う侍女へレイラは首を横に振ってみせるが、言った当人も無理があることはわかっていた。体術の心得が侍女に必須の能力だというならいざ知らず、あそこまで不意をついた攻撃を回避することなど普通の侍女には出来ない。
「それならそれで良いです。ただし、貴女は危険すぎますので排除します」
(危険? まさか、ひょっとして……)
レイラの回答など本当にどちらでも良かったかのように意に介さず、床を蹴った侍女は前方の床に両手をついて腕の力で跳躍する。
「わかった、この方は貴女にお譲りする!」
「もう止めて、こんなこと!」
レイラと少年が同時に叫んだのはこの直後のこと。
「「「え?」」」
三人の声が一瞬ハモり。
「きゃぁぁっ」
「その声は……」
着地しそこねた侍女が転倒して悲鳴を上げる中、聞き覚えのある声にレイラは惚けていた。
「姫様」
「はい」
思わず口をついて出た声に少年は頷く、少女のような声で。それはレイラがかって見た翳りある王女の顔そのものだった。
ついにばれてしまいました、少年の秘密。
そして、入れるつもりもなかったのに気が付いたら書いていた王女お付きの侍女とレイラの格闘戦。
果たして少年とレイラは結ばれることができるのか。
では、続きます。