選択るべき道は
「身代わり……公爵令息の?」
自分自身のさらわれた理由を知った瞬間、レイラは無意識に眉を寄せていた。
(正体がばれているわけではないのだろうが、何とも微妙な状況だな)
そうでなければ、偽物を立てるためにわざわざ本物は誘拐しない。もちろん、本物がここにいて不在なのだから下手すればそこから発覚する恐れもあるのだけれど。
(ばれることがなければ、元の場所に収まった上女の幸せゲットで子供ももてる……と)
変わるところがあるとすれば、祖父の指示に従う形だったのが少年の黒幕に従う形になることと。
(最悪裏で平民扱いされることぐらいだな)
存在を伏せられていたとはいえ、レイラは正真正銘の公爵令嬢だったのだ。だが、侍女という偽りの身分である今のレイラは正体を明かせない。身分保障してもらえる人物も居ないのだから平民出身で両親は既に居ないと言うことにでもしておくしかない。
(囚われた時点で身辺調査も始まっているだろうし)
下手に貴族出身と嘘をつけばすぐばれる。存在しないはずの侍女であると言う点については、登城した主人についてきたと言うことにしておけばある程度誤魔化せる。これは、何代か前の王に仕えた貴族が情婦を職場へ連れ込む為に使った手段だそうで、好色な貴族の中には今もかの貴族に倣って領民の娘を場内に連れ込む者が居るという。
「女の密偵が紛れ込んだら如何する!」
と、当時城の警備を任されていた近衛騎士団の長が激怒し、件の貴族は処罰されたのだが、こういう事にかける一部の男の情熱には不可能も可能にしてしまう力があるらしい。ある日、宮廷魔術師とコネのあった貴族が打開策を編み出したのだ。それは、幻術魔法を用いた催眠暗示による面接である。
(許可証を身につけていて助かった)
面接で王家及び国に害意がないと判明した女性にのみ登城許可証が発行され、貴族に従い登城する侍女や小間使い、そして情婦などは入場の際にこの許可証を見せる決まりとなっている。ちなみにこの時レイラが持っていた許可証は、目的こそ当初と違うモノのこんな事もあろうかとレイラ自身が前もって用意していたモノであったりする。
(足がつきにくいとはいえ少々嫌な肩書きだけどな)
許可証は特殊な染料で彩色された手のひらに収まるサイズの板で色と彫り込まれた文字によって所有者の肩書きを表したものだ。レイラの持つ許可証の肩書きは、情婦見習い。年齢を考えると見習いというのは何かいたたまれないモノがあるが、レイラは情婦になれないのだ。
「姫の情婦にならいつでもなるけどな」
「なるけどな、じゃなぁぁいっ!」
そもそも王女の情婦というものが既にいろいろおかしい。同性愛嗜好の王女とて世界や歴史を探せばいるかも知れないとしても。
(あんなに強くツッコミを入れなくてもいいのに。……それはそれとして、今考えるべきはそこじゃない)
アンナと許可証を手に交わしたやりとりの一部を思い出し口元を少しだけ綻ばせたレイラは思考を切り替える。選べる道はいくつもあった。
(どれを選ぶか、か)
一つめは少年の後ろにいる黒幕からのモノであろう要求に従う道。
(姫そっくりの夫との夫婦生活、そしてその先に待つ家族としての生活は魅力的だが、この少年はどうなのだろう?)
一喜一憂し大混乱し失念していたが、レイラは少年の気持ちを聞いていない。
(いくら心惹かれる容姿でも組み敷いて無理強いするなんて騎士のすることではないしな)
ついでに言うなら乙女のすることでもない。そもそも女性の発想ではない気もするが、レイラはつくづく騎士団の面々に毒されていたらしい。
(望まぬ契りならいっそのことこの少年を連れて逃げ出すのも一つの手だが)
逃げても行くところがない。かつ、王城で逃走劇などやらかそうモノなら少年の後ろにいる黒幕は黙っていないだろう。持ちかけられた話を加味すれば黒幕が王か王族あたりであろう事はレイラにもわかる。つまり、事を起こせばレイラが想いを遂げられる可能性が限りなく0に近くなるのだ。
(だから、考えたもう一つの手。要求を呑んだふりをして――この少年を王座につける)
つまりは、王位簒奪計画。
(上手くやれば、自分の居場所を作ることが出来る)
もっとも、一番無謀な道であり。
(ただ、黒幕を信用させるためには私も払わなければならない……代償を)
少年を通じて知った要求の幾つかに応じなければいけないと言うことでもある。
(ここでこの少年に身体をゆだねるのは裏切りだろうな)
自らに対しても。また、慕っていることを打ち明けた王女に対しても。
(決めなければいけない。我が身と想いを投げ出せばその先に姫の幸せがあるかも知れないし……)
そもそも女の自分で姫を大切に出来るのか。
(何でここで迷うんだ、私。性別の壁が聳えていたことなんて既に織り込み済みだろう?)
罠、だった。思いを寄せる人に似た容姿の異性、妥協することで手に入るモノ。それはレイラを甘く酔わせ堕とす罠。同性より異性を選ぶのが性別のある生き物としては正しいし、その異性は簡単に手の届く場所にいる。
(どうする? いっそのことこの少年に委ねるか? そう言う行為は双方の同意が必要なことだし)
それは詭弁でただの責任逃れでしかないとレイラは知っていた。迷った弱さを、想いを違えた弱さを少年のせいにするという卑怯な振る舞い。
(いや、待てよ……私が実は本物だったと明かしてこの少年に協力して貰うというのは――)
レイラは本物の身代わりに仕立てられる為さらわれたはず。だとすれば、事情を話すことで他の道もとれるのではないか。
(いや、ないな。本物が既に身代わりだったことすら察知して居なかったのに)
その身代わりは事もあろうに同性の王女に恋慕の想いを打ち明けていたと言うことになるのだ。事実ではあるのだが、打ち明けても信じてはもらえないだろう。実は公爵令息が偽物というだけでかなり希少な存在であるのに、同性に恋愛感情を抱く者となれば更に少数派である。たまたまさらった侍女がそんな存在だったなど、ゆで卵からひよこが生まれた言われるよりもよほど嘘くさい。
(ええい、どうする私。悩んでいる時間もそれほど無いのだぞ。私の下着姿にムラムラして少年が襲いかかってきたらどうする? まだ心の準備が……じゃない、抵抗できるのか、私は?)
何せ顔が思い人に瓜二つである。心情的に抗えるかというとレイラは絶対の自信を持って己の問いかけに答えることが出来なかったのだ。
(もういっそのこと私から襲いかかるか? この際とことん堕ちてでも姫とアンナとこの少年とあとついでにミゲルの幸せさえ確保できればそれで良いという方針で)
悩めば迷いが生じ、迷い停滞した思考には危険な考えが頭をもたげる。追い込まれると捨て鉢になる癖がレイラにはあるのかもしれない。
(アンナ、どうしてるかな)
だが、悪い癖が出たレイラの尻を蹴飛ばしてくれる幼なじみは今側にいない。
(うーん)
悩みに悩んだあげく。
(よし、押し倒そう)
レイラの出した結論がそれだった。
お待たせしました。
お話はいよいよクライマックスへ?
ちなみに早くて後1~2話で完結の予定です。
では、続きます。




