東灘警察祖
晩秋から初冬へと移り変わる季節の夜風は、容赦なく人間の体温を奪い去っていく。しかし、彼がそのまま完全な凍死に至る手前で、その絶望的な時間は唐突に終わりを迎えることとなった。
東灘署の周囲を二十四時間体制で厳重に監視する高精細の防犯カメラと、規則的な足音を響かせながら敷地内を巡回する警官の鋭い目が、外部からの不審な侵入者を決して許さないのと同様に、自らの足元に投げ出された見放された命を冷酷に放置することもまた、組織のメンツとしてあり得なかったからだ。
車両が署の前に一瞬だけ停車し、粗大ゴミを投げ捨てるように男を突き落として急発進してから、わずか二十分と経たぬうちに、巡回中の若手警官によって男は発見され、即座に署内全域へ緊迫した無線が飛び交う救護措置が執られた。
のちに作成された警察の公式な初期調書には、この男の素性を特定するような言葉が、何一つとして記されていない。
衣服のポケットどころか、財布も、個人の身分を証明するための運転免許証も、行政の手続きに必要な個人番号カードも、そこには一切存在しなかった。いや、それ以前の極限状態だった。男は、両手に分厚く巻かれた白色の包帯以外、靴一足、下着一枚すら与えられていない「完全な全裸」の状態で、冷たいアスファルトの上に無様に転がされていたのだ。
そんな男に与えられた唯一の手荷物と呼べるものは、首から無造作に吊るされた一本の頑丈な麻紐だけだった。その紐の先で、冷たい鈍色の中金属の重みを持った一丁の自動拳銃が、男の締まりのない、だらしなく弛んだ腹部にべったりと虚しく張り付いていた。
まもなく、早朝の凛とした静寂を切り裂いて、赤色灯を激しく明滅させた救急車が東灘署のロータリーへ滑り込んできた。
全身がどす黒い打撲痕と、乾きかけた生々しい血にまみれ、完全に意識の消え失せたその肉体は、ただ「心臓が動いており、死んでいない」という一点においてのみ、かろうじて生物としての体裁を保っているに過ぎなかった。
搬送先の高次救急救命センターから警察へもたらされた容態報告は、医療スタッフの誰もが絶句するほど、凄惨を極めたものだった。
搬送時は外傷性ショックによる心肺停止寸前。医師たちの意地と執念ともいえる怒涛の緊急オペの連続によって、男の肉体はかろうじて地獄の三途の川の手前から引きずり戻された。だが、その破壊され尽くした魂が混濁の底から浮上し、自らの意思で意識を取り戻すまでには、そこからさらに一週間以上の膨大な時間を要することとなる。
しかし、本人の意識が戻ろうが戻るまいが、肉体が受けた凄まじい暴力の痕跡は、カルテの冷徹なインクとなって一枚、また一枚と残酷に刻まれていく。
まず、両手の小指と薬指、計四本の指が根元から跡形もなく消失していた。
鎖骨は強い衝撃によって完全に破砕され、皮膚を突き破って外の世界へと白く飛び出す開放骨折を起こしており、肩甲骨はまるで薄いガラス細工のように粉々に砕け散っていた。
胸部を覆う肋骨は、一本一本の損傷を見れば単純な骨折に過ぎない。だが、その「すべて」が、右も左も漏れなく完全に叩き折られていた。胸郭全体として見れば、それはもはや内臓を守るための器官ではなく、粉砕骨折という名の、形を失った歪な骨の檻と化していた。
全身の肌の大部分は、執拗極まる暴行の痕跡である紫黒色の凄まじい皮下出血に埋め尽くされ、むしろ人間本来の肌色を探す方が難しいほどであった。
さらに執拗で凄惨を極めていたのは、その両足の損壊具合だった。
膝から下の皮膚と肉組織が、超高温の熱傷によって完全に壊死しかけており、このまま放置すれば全身に毒素と緑膿菌が回って敗血症を引き起こし、確実にショック死する危険性があった。医師団は一刻の猶予もないと即座に決断を下し、男の両足を膝の関節部分から先で、容赦なく切断する手術を執り行った。
顔面の破壊工作にも、慈悲の欠片すら見当たらない。
眼球を支えるべき眼窩底の骨は完全に陥没し、鼻骨は原形を留めないほど平らに潰され、直近の二十四時間以内に、何らかの金属製の工具を用いて力任せに無理やり引き抜かれたと思われる歯が計七本、口腔内の赤い歯茎に、痛々しい血の穴をいくつもあけていた。
これは、最初に浅間組が行った凄まじい拷問の痕跡を覆い隠し、自分たちの組織がさらにその上から過激な暴力を加えて「上書き」したことを、警察や周囲に示すための冷酷なカモフラージュの仕業に違いなかった。
さらに、その凄惨な拷問の最中、あるいは遺棄する直前の当座しのぎの延命措置のつもりだったのか、男の体内からは、一般人であれば即死しかねない致死量寸前の超高濃度のヘロインが検出された。
裏社会において、尋問の途中で完全に死人が出れば、警察も組織のプライドを賭けて捜査のギアを最上段まで上げざるを得ない。そうなれば、本格的な「殺人事件」として、自分たちの組織から誰か一人、最低でも二十年は臭い飯を食べに行かなければならない身代わりの人間を用意する必要が出てくる。
対して、どれほど重篤な状態であろうとも、標ターゲットが「ケガ(重傷)」の状態で生きてさえいれば、「自分で階段から足を踏み外して落ちた」だの「自宅で日曜大工もどきをしていて、ふと悲鳴がしたので見に行ったらこのザマだった」だのと、ヤクザの理屈でいくらでも言い逃れのシナリオが作れるのだ。
たとえそれが警察側から見てどれほど無理筋なプロットであったとしても、首から拳銃をぶら下げた「本物の襲撃犯の確保」という、これ以上ない極上の「ニンジン」が目の前にぶら下がっていれば、これ以上の無駄な抗争を望まない警察組織としても、そこを都合の良い落とし所として大人の対応を選ぶことを、彼らは百も承知だったのだ。
いささか法律の余談めくが、罪のない人間を無理やり連れ去る「逮捕監禁」は当然ながら重大な犯罪だ。しかし、すでに成人している大人を、あろうことか警察署の目の前という最も安全な場所に「開放」したという一点においては――気温が氷点下まで下がり、凍死の危険が極めて高い雪国ならいざ知らず、ここ瀬戸内の温暖な気候に恵まれた神戸の街においては、法的に「保護責任者遺棄罪」の成立を立証することすら、極めて微妙なグレーゾーンへと持ち込むことができる




