66.修行の始まり
【時系列】
朱夜三六八年 一月二十五日:青龍の里へ到着
朱夜三六八年 四月:朱雀の里へ帰還(火夜、銀夜、橘)
(予定)朱夜三六九年 一月:朱雀の里へ帰還(真白)
数か月後。
朱夜三六八年 卯月。
予定通り、火夜、銀夜、橘の三名は朱雀の里へ帰還し、真白は一人、青龍の里に残された。
真白の修行について、当初から決まっていたのは、受け入れ期間が一年ということだけだった。
そのため、受け入れ先である青龍の里の復興と並行して、
修行の期間や内容についても見直されることとなった。
当初、修行とは名ばかりで、真白を青龍の里へ行かせるための口実に過ぎなかったからだ。
龍麗のためにも急を要することであり、前例のない取り組みでもあった。
そのため、本来ならいくつもの手順を踏まなければならないところを、省略して進めることとなった。
それでも、真白を一年間、青龍の里で受け入れるという方針は変わらなかった。
何より、真白自身がそれを強く望んでいた。
姉の手がかりを、何としても手に入れたい。
あるかどうかさえわからない手がかりを探すには、青龍の里の協力が必要不可欠だと火夜は考えていた。
姉の手がかりの一つと考えられていたのは、真白自身にかけられた術、あるいは呪。
その調査においても、青龍の里は適任だと思われたからだ。
青龍の里が得意とするのは、「清める力」と「癒す力」だった。
真白にかけられたものが術ではなく呪であったなら、
青龍の里が得意とする癒す力によって呪いを和らげ、
その正体を解き明かせるのではないか。そう考えられたのだ。
一方、朱雀の里が得意とするのは「祓う力」だった。
同じように、よくないものを取り除く力であっても、
祓うことと清めることには大きな違いがある。
祓うとは、いわば、引きはがすことに近い。
強大な力を用いて一度に引きはがし、呪いをかけた術者へと還すのだ。
しかし、真白にかけられた呪いを祓ってしまえば、その力は術者へと還る。
あれほど強大な力が還れば、術者の生存は不可能に近い。
その結果、術者に繋がる手がかりまで失われてしまう可能性があった。
対して、清めるとは、時間をかけて少しずつはがし、その力を弱めながら、呪詛を消していくことだ。
術者へと力を還さずに済む一方で、すべてをはがし終えるまでには多くの時間を要する。
火夜は、この違いに着目した。
強大な力の正体を解き明かすのであれば、朱雀の里よりも青龍の里のほうが適している。
たとえ姉に直接繋がる手がかりが得られなくとも、真白にかけられた力の正体を解明できれば、
それが新たな手がかりになるかもしれない。
それが、火夜が真白を青龍の里へ送り出した理由の一つだった。
そして、もう一つ。
真白の強大な力は、茶々の傷を癒した際にも発揮されていた。
ならば、真白にかけられたものが呪いではなく術だったとしても、
「癒す力」に活路を見いだせるのではないか。
火夜には、そんな狙いもあった。
こうして火夜は、青龍の里の男性師範である水守流牙と、
真白の修行について、両里の間で正式に次のように取り決めた。
一つ、期間は一年とすること。
一つ、主たる目的は「癒す力」の深い理解とすること。
一つ、水守流牙を師として師弟関係を結ぶこと。
一つ、力を無理に引き出そうとしないこと。
一つ、本人の意思を尊重すること。
一つ、危害を加えないこと。
一つ、客人としてではなく、青龍の里の一員として迎えること。
以上、七つの取り決めを交わした。
その後、予定通り火夜、銀夜、橘の三名は朱雀の里へ帰還し、真白は一人、青龍の里に残された。
こうして、少しずつ日常を取り戻しつつある青龍の里で、真白の修行が始まった。




