64.残り火
夜と白装束の女に龍麗を奪われてから、ほどなくして朝日が昇り始めた。
混乱の中でも、粛々と役目をこなす。
さすが青龍の一族と言うべきか。
冷静で、理知に長けた者たちの集まり。
それが青龍の一族だと聞いていた。
だが、その淡々とした姿は、見ている朱雀の者たちからすれば、かえって痛々しい。
そんな中、顎に手を当て、思案に沈む者が一人。
火夜だった。
先ほど朔夜と名乗った男。
その名から火夜が思い出した人物は“朔夜”という名の持つ意味からは程遠い存在だった。
だが、先ほど目の前に現れた男には、その名が妙に似合っていた。
始まりを告げる、新月。
堂々と力を見せつけ、誰も寄せつけぬまま龍麗を奪っていった。
――否。
許したのではない。
許さざるを得なかった。
火夜は静かに目を伏せる。
今は奴の変わりように驚いている場合ではない。
龍麗の龍化を止められなかった。
その上、奪われた。
「……大事ありませんか。」
遠慮がちな声。
火夜は思わず吹き出した。
「大事あったのは、お主の方ではないか。」
火夜を気遣ったつもりだったのだろう。
だが、声をかけた流牙は両脇を部下に支えられて、ようやく立っている状態だ。
白装束の女によって斬り飛ばされた両腕。
今は元の位置へ戻っているものの、顔色は悪い。
「返す言葉もございません。
皆、驚きと混乱の最中にあります。
ですが今は、わたしが青龍の里を預かる身。
代表として、お詫びを申し上げねばと思い参りました。」
「詫びなどよい。
我も龍麗に詫びねばならん。
友との約束を守れなかった。
お主には憎まれても仕方ない。」
「憎むなど……。
侵入者から、そして龍麗様から我らを守ってくださった。
感謝こそすれ、恨む理由などございません。
この腕も――こうして繋がっていること自体、奇跡です。」
流牙が驚くのも無理はない。
書術をもってしても、一度身体を離れた腕を繋ぎ直すなど、本来あり得ない。
だが火夜には、誰がそれを成したのか聞くまでもなかった。
真白。
青龍の救護班と共に動いていたのだろう。
こんなことができる人間を、火夜は他に知らない。
「あの少年は、一体……」
流牙の問いに、火夜は静かに首を振った。
「今は、答えられぬ。」
嘘ではない。
すべてが憶測の域を出ていない。
軽々しく語れば、更なる混乱を招くだけだ。
龍麗の龍化。
白装束の女。
朔夜という侵入者。
そして――奪われた龍。
あまりにも多くの異常が、一夜にして重なりすぎた。
今の静けさは、平穏ではない。
混乱が大きすぎるだけだ。
やがてこの里全体を、濁流のような混乱が呑み込む。
あの滝の流れのように。
誰にも止められぬまま。
ならばせめて。
被害を最小に抑えることこそ、今もっとも急がねばならない。
※※※※※
朝日を背に浴びながら、朔夜と白装束の女は龍に乗り、城へと向かっていた。
白装束の女は、朔夜と火夜の関係が気にかかっていた。
だが、それを問うことは躊躇われる。
「……いらぬ心配をかけたな。」
「! いいえ!」
心を読んだかのような労いの言葉。
それだけで、白装束の女の胸は熱を帯びた。
朔夜がこうして自分へ言葉をかけることは稀だ。
「奴とは旧知の仲ではあるが、さほど親しい間柄ではないよ。」
そう言って、朔夜は微笑む。
柔らかく。
穏やかに。
普段は薄暗い城の中で過ごすことの多い朔夜が、朝日の下でそんな表情を見せる。
それだけで、夢を見ているようだった。
だから白装束の女は、それ以上考えることをやめた。
この夢を、
大事に。
大事に。
胸の奥へしまい込む。




