55.顕現
「どうか、その強大な力をお与えください。
それが、龍麗様の龍化を止める手立てになるかもしれません!」
流香の悲痛な叫びが、部屋に響き渡った。
流香と波流は、そろって額を畳に擦りつける。
あまりに突然の出来事に、朱雀一行はただ息を呑むことしかできない。
「二人とも、顔を上げてもらえないだろうか。
兎にも角にも、落ち着いて――」
「落ち着いてなど、いられません!」
銀夜の言葉を、流香が強く遮った。
「掟遂行は、翌日零時と決定されました。
龍麗様に残された時間は、もうございません!」
思いもよらぬ告白に、朱雀一行は言葉を失う。
火夜も不在、長旅の疲労も抜けきらぬ中で、即座の判断を迫られるには、あまりに酷だった。
「御免!」
短い叫びと同時に、真白の首筋を冷たい感触が走った。
「動くな。」
背後から低く言い放ち、真白を羽交い締めにし、喉元へ刃を突きつけたのは――波流だった。
「誰一人、動くな。
我々には時間がない。
その力を渡さねば、まず真白を殺す。
それを合図に、外で待つ我が一族が、お前たちを皆殺しにする。」
真白を掴む腕に、ぎゅっと力がこもる。
つい先ほどまで、唯一の味方だと思っていた二人に、命を握られている現実。
卓に並べられたまま、一度も口をつけられなかった茶からは、すでに湯気も消えていた。
重苦しい沈黙を破ったのは、波流だった。
はあ、と大きく吐き出された溜め息。
その直後――
「うっ……う、ううっ!」
悲痛な声とともに、波流が真白から手を離し、前のめりに崩れ落ちる。
何が起きたのか、誰にも分からない。
次の瞬間、襖が大きく開き、堰を切ったように人々がなだれ込んできた。
「お待ちなさい! まだ――」
流香が制止しようと声を張り上げるが、その声は瞬時にかき消された。
押し寄せる人波の怒声と、それを上回る悲鳴によって。
ほぼ同時に放たれた“それ”。
悲鳴は人波の後方から上がり、思わず前の者たちも足を止め、振り返る。
そして、目の当たりにした光景――それは。
「火様!」
朱雀一行の声が、重なった。
絶望に染まっていた顔は、一変して希望の色を帯びる。
縁側の先、庭の奥から歩いてくるのが、火夜だと分かった。
向かっていく者も、立ち尽くす者も関係なく、
火夜の進路を妨げる者は、次々と宙高く舞い上がる。
真白へとまっすぐに伸びたその道を、
ただひたすらに、ゆっくりと歩を進める姿は――まるで阿修羅だった。
火夜の全身を炎が包み、すさまじい熱を帯びている。
この距離では表情こそ判別できない。
だが、その身を包む炎が、怒りを顕わにしていることだけは疑いようがなかった。
次々と繰り出される水の書術が火夜を襲う。
だが、それらは圧倒的な力の前に、触れる間もなく蒸気へと変わり、届くことすら叶わない。
あまりの光景に、味方でさえも、震えることしかできなかった。
書術には、属性の相性というものがある。
火は水と相性が悪く、水に有利に働く――はずだった。
だが、目の前の光景は、そんな常識など存在しないと語っている。
「……ううっ……。」
真白の視界に、隣で前のめりに倒れた波流の両腕が映り込む。
肘のあたりまで、乾いた土の色へと変わり果てていた。




