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書術道  作者:
―青龍編―
61/70

55.顕現




「どうか、その強大な力をお与えください。

 それが、龍麗様の龍化を止める手立てになるかもしれません!」


流香の悲痛な叫びが、部屋に響き渡った。

流香と波流は、そろって額を畳に擦りつける。


あまりに突然の出来事に、朱雀一行はただ息を呑むことしかできない。


「二人とも、顔を上げてもらえないだろうか。

 兎にも角にも、落ち着いて――」

「落ち着いてなど、いられません!」


銀夜の言葉を、流香が強く遮った。


「掟遂行は、翌日零時と決定されました。

 龍麗様に残された時間は、もうございません!」


思いもよらぬ告白に、朱雀一行は言葉を失う。

火夜も不在、長旅の疲労も抜けきらぬ中で、即座の判断を迫られるには、あまりに酷だった。


「御免!」


短い叫びと同時に、真白の首筋を冷たい感触が走った。


「動くな。」


背後から低く言い放ち、真白を羽交い締めにし、喉元へ刃を突きつけたのは――波流だった。


「誰一人、動くな。

 我々には時間がない。

 その力を渡さねば、まず真白を殺す。

 それを合図に、外で待つ我が一族が、お前たちを皆殺しにする。」


真白を掴む腕に、ぎゅっと力がこもる。

つい先ほどまで、唯一の味方だと思っていた二人に、命を握られている現実。

卓に並べられたまま、一度も口をつけられなかった茶からは、すでに湯気も消えていた。

重苦しい沈黙を破ったのは、波流だった。

はあ、と大きく吐き出された溜め息。

その直後――


「うっ……う、ううっ!」


悲痛な声とともに、波流が真白から手を離し、前のめりに崩れ落ちる。

何が起きたのか、誰にも分からない。

次の瞬間、襖が大きく開き、堰を切ったように人々がなだれ込んできた。


「お待ちなさい! まだ――」


流香が制止しようと声を張り上げるが、その声は瞬時にかき消された。

押し寄せる人波の怒声と、それを上回る悲鳴によって。

ほぼ同時に放たれた“それ”。

悲鳴は人波の後方から上がり、思わず前の者たちも足を止め、振り返る。

そして、目の当たりにした光景――それは。


「火様!」


朱雀一行の声が、重なった。

絶望に染まっていた顔は、一変して希望の色を帯びる。

縁側の先、庭の奥から歩いてくるのが、火夜だと分かった。

向かっていく者も、立ち尽くす者も関係なく、

火夜の進路を妨げる者は、次々と宙高く舞い上がる。

真白へとまっすぐに伸びたその道を、

ただひたすらに、ゆっくりと歩を進める姿は――まるで阿修羅だった。

火夜の全身を炎が包み、すさまじい熱を帯びている。

この距離では表情こそ判別できない。

だが、その身を包む炎が、怒りを顕わにしていることだけは疑いようがなかった。

次々と繰り出される水の書術が火夜を襲う。

だが、それらは圧倒的な力の前に、触れる間もなく蒸気へと変わり、届くことすら叶わない。

あまりの光景に、味方でさえも、震えることしかできなかった。


書術には、属性の相性というものがある。

火は水と相性が悪く、水に有利に働く――はずだった。

だが、目の前の光景は、そんな常識など存在しないと語っている。


「……ううっ……。」


真白の視界に、隣で前のめりに倒れた波流の両腕が映り込む。

肘のあたりまで、乾いた土の色へと変わり果てていた。




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