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ふと、死にたくなった

 ふと、死にたくなった。

 それは真夜中に洗面所で顔を洗った後のことで、水分が蒸発する時に生じる気化熱によって、肌からは体温が奪われ、僕の感覚器官がそれを敏感に冷気として感じ取り、脳へとその電子信号を送り続けていた。

 目の前にある鏡の所為で、見たくもないのに光の反射によって僕の顔が見えている。どことなく青白い。多分、気の所為だけど。

 

 ああ、死にたい。

 

 どうか、そんな風に思ってしまう僕を、「甘えているだけだ」とか責めないで欲しい。希死念慮は僕の自由意思によるものではないのだから。

 例えば、喉か渇くように、例えば、眠たくなるように、その“死にたい”という気持ちは、自然と脳、或いは身体の奥底から湧き上がって来るものなんだ。

 何故なのか、原因は分からないけど。

 

 ――本当に分からないけど。

 

 喉の渇きは、水分を身体が欲しているからこそ生じるものだ。眠りたくなるのも同じ。身体が睡眠を欲しているからだ。

 

 ならば、この希死念慮は、一体、何を求めて生じているものなのだろう?

 

 普通、欲求というものは生物が生きる為に生じるものだ。そう考えると、死にたいという欲求には、根本から矛盾がある。その欲求を満たせば生命活動を続けられないのだから。

 なら、本当は、僕は死にたがってなどいないのだろうか?

 そう思いたい。

 だけど、僕単体ではなく、それを人間という種全体にまで拡張したなら、どうなのだろう?

 

 僕が生き続ける為には、当然ながら資源がいる。その資源を、もっと有望な他の人間に回した方が、人間という種全体にとっては価値があるのではないか?

 

 或いは、僕の身体は、そのように判断しているのかもしれない。だからこそ僕という人間を殺そうとしているのかもしれない。

 例えば強いストレスがかかることが、僕のその死にたいという欲求をキックしているのかもしれない。

 劣等感。無力感。弱者。

 そんなキーワードが、僕は淘汰されるべき無駄な人間だと僕に言っている。

 

 目の前には、僕自身の姿が相変わらずに鏡に映っていた。

 見たくもないのに。

 そのうちに、その僕自身がニッと笑った。僕はそれに固まる。青白い顔。その青白い顔の僕が、鏡の中から両腕を伸ばして来て僕の首を掴んだ。その二本の腕は、僕の首を絞めて来る。

 僕が僕を殺そうとしている。

 僕が死んだ方が、他の人達の為だよ。

 そう僕は言っていた。

 

 そう。

 

 僕が言っている。

 

 でもさ、

 それがどんな生理作用によってもたらされている欲求なのかは分からないけど、それは飽くまで僕の欲求だ。

 そしてそれは水分が足りないわけでも、食べ物が足らないわけでも、睡眠が不足しているわけでもない。

 つまり、僕の中だけでなんとかなる…… はずだ。

 

 僕の言う通り、僕は僕を殺そう。

 だけど、僕が殺すのは僕という存在全体じゃない。

 劣等感を抱いているのなら努力すれば良い。無力感など幻想だ。弱者にだってできる事がある。

 

 そう。

 

 僕が殺すのは、そんな駄目な僕だ。

 僕はそんな駄目な僕を殺して、新しい僕になるんだ。

 

 僕は鏡の中から伸びている僕の腕を掴んだ。

 そして、こうお礼を言った。

 

 「ありがとう。お陰で思い出したよ」

 

 鏡の中の僕の顔は、いつの間にかいつもの僕に戻っていた。

 見たくもない、僕自身の顔に。

作家名にちなんで100話選ぼうってことまでは決めていたのですが、選んでいるうちになんかよく分からなくなってしまいまして、「なんでこれを選んだのだろう?」ってのもあれば、「どうしてこれを選ばなかったのだろう?」ってのもあります。

ただ、読んだ時のコンディションで評価ってのは大きく左右されるものですから、そもそも正解なんかないのでしょう。

だから、これで由としておきます!


……死ぬまでにあと一回くらい100話選びたいですかねぇ?

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