ある日の伯爵家の出来事
「アイリス異世界ファンタジー大賞」にて編集部特別賞をいただき嬉しくて、書き上げていました。これも皆さんが読んでくださったおかげです。ありがとうございます……!
季節は冬。
ケイトゥ伯爵領は外海に面していることもあり、雪は降らないものの身を切るような強い風が吹く。屋敷の中にいれば緩和されるけれど完全に遮断することができるわけでもなく、ガタガタと窓を揺らす音は眠りを浅くしいつもよりほんの少し長い睡眠をとりたくなる。
もぞ、とフェザー掛けを首元まで移動しようとして、はたと気が付く。
やけに右手が重く暖かいと。
ドキドキ心臓が鼓動を早くする。ううん、ドキドキなんて可愛いものじゃなくて、これはドッドッドッといったほうが正しいかもしれない。でもどうして? 確かにあの人はこの屋敷に部屋を与えられているけど、わたしたちは婚姻前。いくら婚約者でも部屋に、それも眠っている娘の元を訪れていい理由なんてない。
「おはよう、起きたんだけ、レイ」
どうしてわかるの!? わたしは目を閉じているはずなのに、なぜかわたしの婚約者でもあるオズウェルが普通に声をかけてきた。
「もう少し眠っていたいのなら僕は全然いいけど、イタズラをされても仕方がないよね」
くすっと笑いながら握る手に柔らかな――唇が振れるのを感じる。デビュタント以降、唇を重ねることはないけれど、それ以外の頬や指先、手の甲などには口づけをしてくるようになったからよくわかる。
だからわたしは逃げるように飛び起きてしまった。
「なにが仕方がないかわからないわ! どうしてオズがここにいるの!」
「おはよう、レイ」
にっこりと王子然とした貴公子は慌てるわたしを他所に惚れ惚れとさせる笑顔を浮かべ、マイペースに挨拶をしてきた。
「お、おはよう……! わたしの質問にも答えてよ」
「もちろんだよ。レイのメイドが三度起こしてもまったく起きないから、僕に頼んできたんだ。オズウェル様が手を握っていればきっと起きるからってね」
ハクハクと口を開閉するのは致し方がない。
わたしの侍女も貴族の出とはいえ、相手は侯爵子息でしかも近い将来我が家に婿養子に入る相手。そんな人になんてことを頼んでいるの。
「ああ、迷惑をかけてなんて言わないでね? 君を起こす大役が迷惑だなんてこと絶対にないし、何より彼女たちの仕事の邪魔をしていたのは僕だからね」
「……いったい今日は何をしたの」
「人聞きが悪いよ。ただレイを起こすメイドたちの後ろから、じっと観察していただけだよ。そうしたら特等席を明け渡してくれたから最高だよね」
唖然とはこのことだろう。
何をこの人はしているんだ。もう嫁入り前とか関係ない。ただ、ひたすら羞恥心に火を付けられ油をドバドバとこれでもかっていうほど注がれている気分だ。
「熟れた林檎のよに真っ赤だ。ねえ、レイ――」
唖然としているわたしの耳元にオズの整った顔が近づき耳元で囁き続けていると――
「オズウェル様、それ以上は」
わたし付きのメイドが控えめに、しかし毅然とした表情でオズウェルの行動を止めた。
でも、それ以上にわたしの羞恥心が爆発しそうだ。
「あ、あなた、あなたたちも、今のやり取りを……」
「もちろんでございます」
普通に考えればわかりきっているけれど、眠気が残るわたしにはそこまで考えが至らず。もう何がなんだかわからない混乱を極める。
「じゃあ、レイ。着替えたら一緒に朝餉をとろうか。下で待ってるね」
頬に軽く触れるだけの口づけをしてオズは部屋から出ていく。
そしてメイドたちも同様にわたしをベッドから下ろし着替えをさえ、身を整え――わたしはこの家の常識が遠くにいっていることに今さらながらに実感しているのだった。