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人の世のまにまに

 将門討伐の功により、秀郷と貞盛は後に鎮守府将軍にまで昇った。源経基も朝廷から目をかけられ、直後、西海の叛乱の追補使に任命され武将として名を揚げた。


 しかし、京ではつい数年前、安和二年(九六九)、源経基の息子満仲の讒言を受け、秀郷の嫡子千晴が主君の源高明に連座し、隠岐へ流されている。

 これを聞いた狐女は、

 ――経基の親子って讒言で出世しようとするわねぇ。でも、秀郷の息子がひどい目にあったのはいい気味よ。

 溜飲が下がるのである。


 もとより彼女は禁中生まれの御所狐。勝手知ったる我が家とばかり、女官に化けて宮殿を住まいとした。だが不思議なことに、同族たる妖狐らに出会うことはなかった。

 ――以前は何組かの家族が棲みついていたのに。

 宮中の警護が強化されたのだろうか。よくわからない。

 けれど、同族の妖狐たちとはよい思い出がなかったから、大して気にも留めなかった。彼女は狐嫌いの狐であり、その分、視線は人間に向かった。


 権謀渦巻く宮中の、その闘争に生き残った男たちはさすが傑物も多く、陽の気を得るには最適の場所だった。狐女は皇妃に仕える女房として、あちらの男、こちらの男と浮き名を流し、好き者(褒め言葉である)と呼ばれながら男たちに愛された。

 もちろん妖狐としての陽の気目当てもあったが、それ以上に将門を忘れようとしたためだ。

 高貴の男たちは人の心奥にある悲しみや苦しみに踏み込まない良い遊び相手で、宮中は居心地のよい住み処となった。

 ――こうやって、あの人のことを少しずつ忘れていくのかしら。


 もっとも、宮中と一口にいうが、当時の帝といえば十年置きに出火で焼け出され、外戚を頼り、彼らの邸を里内裏に点々と居を遷していた。これは狐女にとって都合が良かった。人の世の移ろいと妖しの時間の流れは異なる。いつまでも変わらぬ姿で怪しまれぬよう、遷御に伴う人員整理に紛れ、仕える相手を変えた。

 妖力で姿を変えることもできたが、とはいえ本質とあまりにかけ離れた(たい)では長く維持できない。変化(へんげ)の種が尽きると京を離れる。()()を往還し、東国ではついでのように秀郷の子らの動向を伺った。

 

 秀郷の嫡子千晴が失脚した後、弟千常(ちつね)が宗主を継ぎ、四代ほど鎮守府将軍を世襲した彼らだったが、時代とともに他氏にその座を奪われる。中央で足場を失った秀郷の嫡流は都での出世をあきらめるが、本拠の北関東でも清和源氏の台頭により、一介の在郷領主として諸氏の中に埋没する。

 まるで先祖秀郷が将門を討つ前に戻ったかのように。


 だが見ようによって、一族は領地内で安定した日々を過ごしていた。

 ――末代まで祟ってやるって言ったのに、言葉倒れもいいところじゃないの。

 自分の不甲斐なさに腹を立てる狐女だが、悪意を持ってうかつに近寄ると護法神から手ひどいしっぺ返しを喰らう。だから、遠くから見張ることしかできない。


 ただ、そこでいくつかわかったことがある。

 龍神の加護とて万能ではなく、守れるものと守れぬものがあるようだ。千晴の流罪がいい例で、時代によって効力が強まったり弱まったりするのだ。

 ――思えば、秀郷のころが一番強かったのよねぇ。

 まったく間の悪いときに喧嘩を売ってしまった。


 狐女は自分と将門のことがあって、龍神の加護は秀郷から始まったものと考えていたが、これを改めた。秀郷の一族はずっと以前から護法神との盟約めいたものを保っているのだ。

 百年、二百年、などというものではない。それ以上の。

 ――つくづく相手が悪かったわ。

 次は相手の霊力が弱まったときを狙おうと考えているものの、一方で庶流などに目を遣れば、血が薄まる分、龍神の加護も薄まるらしい。隙を見て、散々に祟ってやったが。

 ――でも些末の者にこれ以上ちょっかい出してもねぇ。


 狐女が望んだのは秀郷流を根絶やしにすることである。将門のわずかに残った子どもたちは女の子ばかりのうえ、尼にされたため、桔梗の知らぬ隠し子でもいない限り、将門の代々の土地に、彼の血を引く者は絶えた。

 その仕返しをしてやりたかったが――

 将門の死から二百年以上が経ち、それがどれほどの意味を持つのか、わからなくなっていた。

――このまま、恨みも消え果てるのかしら。

 むしろ、その方が痛む心を抱えて生きるより楽になれるだろう。

 物にも人にも寿命がある。ならば、この恨みもすり切れてなくなればいいと。

 狐女は人の世の()()に漂った。


 いっそもの寂しいところに住んでやれと思えば、(せん)の那須野の山奥に居つき、通りすがりの旅人をからかって遊んだ。

 人恋しくなれば、街中で遊女となった。

 人の噂にも耳を傾ける。

 ずいぶん愉快な話もあった。

 将門の乱を機に重用された平貞盛と源経基の末裔。

 彼らは、源平二大武門として帝をお守りするはずが、保元・平治の初年に二度も都で戦い合ったという。

 ――ふうん、おもしろそうだったわね。見に行けば良かったわね。

 伝え聞いたときは、この程度の感想であったが。

 京を離れて三十年も経つころ。

 ――そろそろ都が懐かしくなったわね。

 御所生まれの自分は、やはり人々の業と欲が渦巻く場所を好みとするのかもしれない。


 当時、京で権勢を誇っていた人物は、平清盛という武家出身の男だった。平治の乱を平定した彼は、武人として初めて太政大臣に昇り、娘を天皇のもとへ入内させていた。もっとも彼の栄達には理由があり、実は故上皇の落胤と噂されている。

――あら、じゃあ貞盛の血は入ってないことになるのね。

 将門を滅ぼした男たちの子孫が、血で血を洗う殺し合いを演じたと思っていただけに、多少興が削がれる。


 平清盛。

 その名に聞き覚えがあった。

 ――いえ、どこかで会ったかしら?

 とにかく、その男に会って損はない。

 狐女は京を目指した。


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