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皇子誕生

「――御産(ごさん)平安(ぺいあん)、男皇子の誕生にございます」

 御簾の中から麗姿を現すや、中宮(ちゅうぐう)(のすけ)重衡(しげひら)は高らかな声で宣言した。


 後白河法皇に公卿、殿上人、祈祷に呼ばれた僧侶、(てん)薬頭(やくのかみ)ら、産所に臨んでいた皆々がどよめいた。

 中宮徳子(のりこ)の父、平入道清盛は歓びのあまり声を上げて泣いた。

 難産だった。

 今回の出産のことだけを言うのではない。

 娘を帝に嫁がせて七年、子に恵まれず、この間、平氏と法皇を繋いでいた義妹の建春門院が逝き、内裏は炎上、法皇の近臣が鹿ヶ谷で起こした謀議の発覚など、飛ぶ鳥落とす勢いと言われながら、平家の内情は決して安定したものではなかった。


 もっとも、この従姉(いと)()同士の婚姻は夫が十一歳、妻が十七歳といったままごとのような年齢から始まっている。そうそう子どもができるはずもないが。

「しかし七年とは待たせ過ぎだ!」

 平家の誰もが思っていただろう。

 それが、此度の懐妊。

 お腹の子は、必ずや男児でなければならなかった。清盛が天皇の外祖父となって権力を一手に握り、一門の地位を盤石にする絶好の機会である。逆に、生まれてくる子が皇女であったり、死産や流産に見まわれたりした場合、対抗勢力が息を吹き返し、微妙な均衡で保たれている権力基盤が一気に崩壊する危機に繋がりかねないのだ。


 さらに追い打ちをかけるように、後宮の女房の懐妊が次々と発覚する。

「子作りに目覚めたはいいが、帝ももう少し考えて下さればいいものを」

 平家の誰もが思った。

 実は、昨年、一昨年にも、帝は宮女に手を付け、女児を産ませている。身分差もあって見過ごされたが。


 清盛は切なる思いで男児誕生を祈った。

「どうぞ、男皇子でありますように」

 伊勢神宮や安芸の厳島など七十余りの寺社仏閣へ駿馬を献上し、先の謀議で配流にした罪人に恩赦を与え、中宮安産の環境を整えた。


 そして中宮は産み月を迎え、六波羅の叔父の邸を産所とした。

 清盛は隠棲先の摂津福原から駆け付けたものの、当の娘は陣痛が始まっても、なかなか赤子(ややこ)を産み落とす気配がない。


 産所の東西南北に諸壇を設け、叡山を初めとする大寺院の高僧らがそれぞれの秘法をもって妖魔退散の祈祷を行う。周囲には、万全を期すべく呼ばれた験者(げんざ)や神官、陰陽師らが押し合いへし合いし、この騒ぎに先年謀叛を企てた法皇までもが加わり、頼みもしないのに今様(流行歌)で鍛えた自慢の美声で千手経をうなっていた。


 護摩の煙、僧侶の読経、金剛鈴の響き―――

 高まるばかりのそれらに、皆が吐き気と頭痛を堪えつつ。


 いったいどれくらいの時間が経ったろう。

 皆がほとほと疲れ果てたころ、産所から産声が響いたのである。

 一瞬の虚脱。(のち)、快哉。

 さらに、徳子の弟にして、たった今、未来の皇帝の叔父となった重衡の颯爽とした振る舞いが、その場をいっそう晴れがましいものにした。

 歓声は天にも昇るほどであったという。

 治承二年(一一七八)十一月のことである。


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