黒を滲ませ嗤う少年
総ての終わりを導いたのは、前世の自分自身。
鶫は受け入れたくない、しかし動かすこともできない事実を目前に突きつけられていた。
「馬鹿だよね。さっさと諦めればよかったのに」
冷たい声。空に広がり始める黒い雲。日は完全に暮れ落ちて、闇へと沈み始めた世界。雨の匂いが強くなって鼻腔を擽った。
「どうせ叶わない、無謀な夢だったんだから。たとえ双念でなくとも、誰かに防がれるに決まってる夢だったのに」
月の光が見えない。目の前にいるはずの庸汰の顔が、鶫には見えない。
「現に、君たちの団は消えてしまったじゃないか」
違う。見たくなかったのだ。
消えてしまった。なくなってしまった。久遠の大切にしていたものは総て、跡形もなく。
他の誰でもない自分自身のせいで。
「――――ぅ、あ……っ」
鶫が発しようとしたものは言葉という形を持たず、ただ息と共に意味のない音だけがひゅうひゅう漏れる。
頭が痛い。頭が痛い。目を背けたい事実を思い出したくない、もう一度忘れてしまいたいというかのように。
だが忘れようもない。
久遠は、誰も護れなかった。
浮かんでは消えていくあたたかい映像たちも、最後の最後に向かう先があんなにも惨たらしい場所へと落ち着いてしまうことを知ってしまった今、深い悲しみを呼ぶだけ。久遠がその手から総て失ってしまったことを思い知らせるだけ。
「鶫くん。辛い? 悲しい? そうだよね。だって、君のせいだもんね? 大好きだった月読が死んだのも、大事だった仲間が死んだのも、全部全部、君の前世が――」
「鶫さん!」
楽しげに紡ぎ出される言葉を割ったのは、鋭くもあたたかい、最近になってよく耳に馴染むようになった声だった。
「瞳、子……」
その隣が心地いいと鶫が間違いなく感じ始めていた人は、息を弾ませながら鶫と庸汰を見比べる。庸汰の顔は一瞬にして面白くなさそうな色へと染まっていた。彼女がこの場で現れたことが不服であるらしい。
「何て顔をしているのですか」
しかし瞳子はそれに構うことはなかった。少しして鶫に視線を固定し、つかつかと近寄ってきたのだ。肩が掴まれる。それに驚く様子にも構うことなく、強い目線で彼を射抜いた。
「瞳子、」
「思い出しました、総てを。久遠さんと交わした約束も、目指していたものも。そして月読がどうして死んだのかも」
それに大きく目を見開いた。
前世の最期を思い出したということは、誰が手を下したかを知ったということ。約束を思い出し、久遠が月読を殺したわけではないということを確信してくれたことは嬉しい。けれどもそれは同時に、本当の犯人を、自分の前世の死に際を、先ほどの鶫のように鮮明に思い出してしまったということでもあるのだ。
彼にはそれがどうにもやりきれなくて、拳を強く握りしめることしかできなかった。
「月読は確かに死にました。ここにいる方の前世に殺されて。それは確かに、月読と久遠さんが間違った結果だったかもしれません」
ちらりと彼女が庸汰を見る。鶫も釣られてそちらを見遣ると、庸汰は相変わらず今にも舌打ちをしそうな表情をしていた。しばらく睨み合うような時が生まれるが、肩を掴む手の力が強まったことで鶫は彼女の方に視線を戻した。
「過去は変えられない。ですが、未来はいくらだって選び取って変えていくことができます」
揺るがない目の光が、絶望に溺れかけていた鶫の心を救い上げる。抗えないほどの力で、明るい方へと呼び戻す。
「前世は前世。今世は、今世です」
彼の頭を覆っていた暗い霧が、完全に払われた。
「――うん」
しっかりと頷き、今まで恐ろしくてたまらなかった存在と向き直る。冷たく、軽蔑の視線を向けてくる男と。
「今世では、今世でできることをする」
呟いて妖力を上げていく鶫を見、庸汰は不快そうに目を細める。その表情は、「鶫!」という声とともに現れた新たな人影によってますます色濃くなった。
「宏基兄……」
その青い顔色を見れば、彼も恐らく鶫や瞳子と同じように思い出したのだろうということが想像できる。続いて視界に入った透も。
「……鶫」
透が小さく零す。それが合図だったかのように向き合う四人。
鶫も瞳子も、宏基も、透も、同じ目をしていた。
透と連れ立って現れたひな子は、心配と困惑が入り混じった複雑な表情でそんな鶫たちを見つめてくる。それが目に入っていても、鶫を含め、誰も反応ができなかった。
湿った風がその場にいる者たちの肌を撫でて通り抜けていく。
鶫の中にいる久遠が泣いている気がした。喉が裂けるほどに叫び、何かを必死に皆へと伝えようとしている。それは恐らく、生前に口にすることが叶わなかった謝罪。
だが、鶫はそれを彼の代わりに言葉に変える気にはどうしてもなれなかった。
いくら重ねたところで無意味な謝罪を彼らに告げたところでどうなるだろうか?
久遠が謝りたいと思う気持ちは真実であるし、それは生まれ変わりである鶫が誰よりも一番よく分かっている。しかし彼らもまたもう、生まれ変わった存在なのだ。久遠が謝りたいはずの存在そのものではない。死んでしまった者は二度と帰ってはこない。生まれ変わりは決して前世に生きた者と同一人物とはなりえないのだから。
だから、溢れてしまいそうな謝罪をどうにか呑み込んだ。
何も言えないままの四人は、ほとんど同時に庸汰へと視線を移す。水を向けられたような形になった彼であるが、何も言わずに錫杖を地面へと突き立てた。遊環の音が周囲の空気を震わせる。
流れる沈黙。どれほどの時が流れただろうか。
「お前が、久遠さまを殺したんだな」
破ったのは宏基だった。
いつの間にか変化していたようで、彼の手には毒気に質量を持たせた棒があった。
「何を今さら。思い出したんでしょ? じゃあ確認するまでもないじゃないか」
くつくつと喉を鳴らした庸汰の目は、先ほど鶫に笑みを向けた時と同じように笑っていない。
「でも、そうだな。正確に言えば違うかもしれない。僕がこの手で殺したのは、月読だけ。君たち三人は、術で気配を消した部下たちが近づいて後ろから法力の槍で貫いて殺したんだ。まあ、術も槍も僕が用意したものだから、結果的に言えば僕が殺したことになるのかな?」
肩を竦め、嘲るような笑みを宏基に向ける庸汰。
「君は、尊敬して、いつだって『護る』って宣言してた久遠を、護れなかったんだよ」
――救っていただいた御恩は、絶対にお返しします。
寒露が真剣な目でそう言っていたのは、いつの日のことだったか。映像が鶫の瞼の裏をよぎっていく。
もしかしたら宏基も同じだったのかもしれない。彼の顔が途端に真っ青になり、次の一瞬には赤く染まった。更に次の瞬間にはひとっ跳びで距離を庸汰との距離を縮める。
「一人で突っ込んでくるなんて無謀だなあ」
宏基が振り下ろした毒気の棒はいとも容易く受け止められる。薄く笑んだ庸汰の錫杖と、憤怒の様相を湛えた宏基の毒気の棒。二人の力が拮抗し合い、ぎしぎしと嫌な音を立てていた。
また、当然のように宏基の手にしているものは毒を纏っていて、錫杖は法力を帯びているらしい。互いの妖力と法力がぶつかり合ってやはり拮抗していた。焦げ付くような音と臭いが辺りに満ちる。
「確かに前世では護りきれなかった。でも」
さらに力を込めて押し負かそうとしつつ、宏基は鋭い目で庸汰をねめつける。
「今世では俺が、お前を殺す」
まるで金属と金属がぶつかり合っているかのような音の後に二人は離れた。庸汰が間合いを取ったようだ。それをすぐに宏基は詰め、もう一度力いっぱい振り下ろす。庸汰は防戦一方といった様子で、法力を放つことのできる余裕もないらしい。
変化している宏基の腕力はただの人間よりも遥かに強い。明らかに宏基が優勢だった。
「宏基兄! 殺したら駄目だ!」
だからこそ鶫はそう言って駆け寄ろうとしたが、視界に入ったもののあまりの不気味さに思わず足が止まった。
「殺せるものならやってみなよ」
この状況なのに庸汰の笑みはそのままだった。
「――っ、宏基兄、退け!!」
嫌な予感がして鶫は強く怒鳴る。宏基はそれに反射的に飛び退いたようで、鶫が少し安心しかけたその時。
「遅いよ」
無情な言葉が落とされた。
閃光。まさに光の暴発。あまりの眩しさに鶫は目を閉じた。
「僕を誰だと思ってるの? 法師だよ。妖怪に殺されるなんてありえない。僕が、今世でも、君たちを殺す」
笑い声が聞こえる。まるで昼間のようだった明るさが掻き消えたのを悟りゆっくりと眼を開いた。
途端に息を呑む。辺りはまるで焼野原のようになっていた。先ほど鶫が心地よく感じながらその上を歩いた玉砂利も、美しいと思いながら眺めた敷石も消え失せ、焦げ跡のみが存在感を示している。
絶句し、呆然と辺りを見渡すことしかできない鶫。しかしはたと気づく。これほどまでの状況なのに、自分が傷ひとつ負っていないのが腑に落ちなかった。
だがすぐにその理由も判明した。
「それならば私は、彼らを護ります」
凛と響く清らかな声。鶫たちを囲うようにして煌めく半透明の壁――瞳子の張った結界だった。彼らは彼女によって守られたのだ。
「前世においても彼らは私たちとの共生を目指していた。殺される謂れなど何ひとつなかった。今世はなおさらです。彼らは、れっきとした人間なのですから」
思わず驚いて瞳子を見た鶫だったが、彼女の方は全くと言っていいほど揺らいでいなかった。
「前世に続いて今世でも巫女の役目を忘れるのか、月読。人間でありながら妖怪の力を使う者どもは、妖怪と同じように害悪だ。滅ぼされなければならない」
庸汰の口調が微妙に変化し、纏う雰囲気もぐっと鋭くなる。
「私はもう月読ではありません。瞳子です。――月読のように清らかに生きられたなら、確かによかったかもしれません。よかったです。けれど私はもはや別の人間です」
霊力が注がれているのか、瞳子の手にしている鏡が眩い光を放つ。
「私は貴方のように、今に目を背けて生きたくはありません」
強く吐き出された言葉は、庸汰だけでなく鶫たちの目をも大きく見開かせた。
「そのためだったら、いくら穢れたと言われようとも、私は貴方に牙を向けます」
再びの閃光。今度は瞳子の鏡から放たれた霊力が発した光だった。
「また、倒すべき存在と心を交わすのか……それならば、今世でも皆殺しにするだけだ!!」
庸汰は法力を以てそれを相殺し、巨大な槍を結界へとぶつけてきた。破壊のための術が込められていたのか、軋むような嫌な音を立てて結界が崩壊する。
それを見た瞬間、鶫は無意識のうちに飛び出し、庸汰に技で切りかかっていた。
「君まで攻撃してくるなんて意外だな。人間との共生を目指すんじゃなかったの?」
錫杖からまたも槍を放つことによって防いだ庸汰はくすりと嫌な笑いを向けてくる。
「……瞳子が言っただろ。瞳子はもう月読じゃないって。同じことだよ。ぼくはもう、鶫なんだ。久遠じゃない」
どれだけ願ったとしても、祈ったとしても、前世と同じ存在になることはできない。
久遠が泣いている。久遠が叫んでいる。鶫の中で、先ほどから必死の声で。
『もう二度と――』
掻き消えてしまうその言葉の先。聞こえない彼の思い。
だが鶫には分かった。分かってしまった。彼が何を願っているのか。それは鶫の願いでもあったから。
「ぼくはもう二度と大切な人を失いたくない。君が奪おうとするのなら、たとえ久遠の思いに背いたとしても、ぼくは、戦う」
鶫の思いに比例するようにして、妖力が高まっていく。
これは正しい道だろうかと悩みながらも、決めたものから視線を逸らしたくはない。
――選ぶのはお前だよ。鶫。
そう、決めるのは自分自身であるのだから。
「君だってもう前世と同じ存在じゃないのに、どうして囚われる?」
憎悪を向け、もう一度殺すとはっきり言い放って。前世に続いて今世でも鶫らを殺そうとする。
妖怪と人間の共生。久遠は本気で目指していた。叶えようとしていた。そしてそれを双念は踏みにじった。あんなにも惨たらしい方法で。
「どうしてあれほど酷い方法で殺したことを、そんなにも誇らしい口調で語れる!?」
自分でも思っていた以上に悲痛な声が飛び出し、放った技が錫杖によって防がれ高い音を立てる。
「僕にとっては誇らしいことだからさ! 妖怪を殲滅するための礎を作った! 事実、団を崩壊させた後、あれほどの妖怪のまとまりはもう二度と生まれなかった! 僕は妖怪を根絶やしにするための基礎を整えたんだ!!」
高笑いと共に彼は紙を撒き散らした。何事かと思えば、それは人型をした異形のモノへと形を変えていく。式神だった。
二度、鶫を襲ってきたものと同じ形。やはり今までの攻撃は庸汰の仕業だったのだ。
「人間と妖怪が共に生きられるはずない」
突如、鶫は真後ろに気配を感じた。勢いをつけて振り返ると、そこには今にも法力を放たんとする式神がいた。
「鶫さん!!」
悲鳴のような瞳子の呼び声と共に、霊力の槍がその式神を破壊する。しかし一瞬早く放たれていた相手の攻撃が、何とか体を反らせた鶫の腕へと掠っていった。肉が焼ける嫌な臭いが漂う。鶫は痛みに顔を歪めた。
「邪魔、だ!!」
こちらに向かって来ようとしたらしい宏基は一度に数十体もの式神に囲まれてしまい、多勢に無勢で苦戦を強いられている。
それは彼だけでなく、透もひな子もであった。
彼女はいつの間にか指貫タイプのグローブを嵌めていた。そのグローブや彼女が履いている靴にはどうやら霊力が込められているらしく、殴り倒されたり蹴り倒されたりした式神は溶け落ちていく。霊力が小さい代わりに、ひな子は武術の名手であるようだった。
透は先日と同じように炎で次から次に式神を燃やしている。
鶫もそれを冷静に観察している場合ではなく、やはり式神に辺りを囲われていた。技を放って紙片すら残さず塵にしていくが、庸汰が数を調節しているのかなかなか減らない。もどかしく舌打ちする。
「く……」
戦いの合間、瞳子はどうしているのか確認しようと周囲を見渡すと、やはり式神が束になって襲っている。だが他の四人と違うところがひとつだけあった。
背後に庸汰が迫っていたのである。
「瞳子、後ろ!!」
叫ぶも、行く手を阻む式神たちのせいで前に進めない。振り返ろうとする瞳子の動きも間に合いそうにない。鶫は抜け出そうと跳び蹴りを食らわせるが、彼よりも一瞬早く行動していた者がいた。
「姉さん!!」
突き飛ばす形で瞳子を庇ったひな子のすれすれを、複雑にうねる法力の縄が掠めていく。
「……そういえば君も巫女だったね。じゃあ月読と同じだ。殺す」
冷徹に言い放った庸汰は、縄を引き寄せ直してひな子を縛り上げ、手元へと引き寄せた。焦げたような臭いがすることやひな子の顔が歪んでいることからして、十中八九彼女の服や皮膚が焼けている。
鶫は何とか邪魔な式神を倒して瞳子の隣へと駆け寄ろうとしていたが、ひな子の胸に目がけて今にも放たれようとする槍に気づいてその勢いのままに方向転換した。
「ひな子!」
地面に倒れた瞳子は、上体を起こしながらも悲鳴のような声を上げる。突き飛ばされた拍子に鏡が彼女の手を離れて少し遠くへと転げてしまっていた。正確な術が放てない中でも、結界を張ろうとしているらしい。しかしそれを邪魔するように式神が彼女を囲った。
「邪魔です、どきなさい!!」
咆哮と、槍が庸汰の手から離れたのと、鶫が爪閃斬を放ったのはほぼ同時だった。
間に合わない。鶫の心を絶望が襲おうとした刹那。
閃光、攻撃が肉にぶつかり焼ける音、臭い。総てが一時に襲った。
「――!!」
誰もが、倒れているのはひな子だと思っていた。
「……、先輩ッ!? 雨宮先輩!!」
ひな子のそんな声を聞くまでは。
「と、おる……」
目に馴染んだ金髪。土気色に染まった色白の肌。徐々に消えていってもそれと分かる、九つの尾。間違いなく透だった。彼の腹の辺りから流れ出た血液が地面をどくどくと赤く染めている。
ひな子は彼を抱えるようにしながら何度も何度も透を呼んでいる。いくら呼びかけても反応がないのか、彼女の声はもはや悲鳴だった。
宏基が透に駆け寄っている。どうにか式神を振り払った瞳子も。だが鶫には、それは別世界の出来事のようだった。
――久遠さま。桜が綺麗に咲いていますよぉ。
いつでも楽しげに笑っていた玻璃。彼女が倒れる。血に染まる。その向こうには、黒を滲ませて笑う男がいる。
「あああああぁああぁっ!!」
絶叫と共に、鶫の妖力が爆発的に高まった。
両手から満身の力を込めた技を放つ。式神は総て消え失せ、塵と化す。
「待て、鶫!」
珍しく動揺した宏基の声が聞こえても、鶫はもう自らを止められなかった。
今持てる限りの妖力を右手へと流し込み、庸汰に向かって放つ。張られた結界も総てを防ぐことできなかったのか、彼は左肩から袈裟がけに大きな傷を負った。
「……い、ったいなぁ……」
荒い息をこぼしながら肩を押さえる庸汰。余裕の笑みを浮かべようとしているようだが、痛みのためか中途半端に終わる。
鶫は何も言わず殺気に満ちた表情で彼を見、取られた間合いを詰めようとした。
「悪いけど、今日は痛み分けってことで。次は絶対に殺しに来るよ」
けれども、幻術か、徐々に庸汰の姿が滲んだように薄くなっていく。
「ふざけるな!!」
それに怒鳴って駆け出そうとしかけた鶫を、誰かが強い力で引きとめてきた。
「鶫さん! 今はもういいです!」
瞳子が半ば後ろから抱きつくようにして、暴れる鶫を押さえこんでいる。その間にも庸汰の姿は風景に紛れていってしまう。
「瞳子、放せ、」
「今は無理です!! 透さんを安全なところまで運ばなくては!!」
力を込めようとするも、その細腕のどこから湧いてくるのかと疑問を持ちたくなるほどの強さが動かさず鶫を止めた。
間もなく完全に庸汰が姿を消してしまい、辺りは静寂に包まれる。
「消、えた……」
消えてしまった。
悔しさと共に緊張が一気に緩み、鶫の体から力が抜けた。そして変化が解けていくにつれて己の体を苦悶が襲い、彼は呻いた。歯を食いしばるも、痛みには抗えずやはり声が漏れる。
「鶫さん、貴方、やはり……完全変化を」
最後に聞こえたのは、瞳子のそんな震えた声。
彼女に言葉を何も返すことができないままに、鶫の意識は闇へと沈んだ。




