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「閣下。よろしいのですか」

 村井が心配そうに赤川の顔を覗き込む。

 赤川は煙草の紫煙を緩やかに吐き出し、灰皿の縁に灰を落とした。

「何を心配している。日本政府は口先だけだ。いざ実戦となれば、実戦経験すら持たぬ自衛隊など、恐るるに足らん」

 赤川は、煙草を灰皿で揉み消し、静かに立ち上がる。

「村井、今何時だ」

「はっ。只今の時刻は17時52分です」

「よし。18時にラジオ演説を行う。東経138度線を境とし、東側の電波を完全に遮断せよ」

「はっ。承知しました」

「そして西側の電波を全面的に奪取し、すべてのラジオ周波数をこの回線へ統合しろ」

「はっ」

「それと、演説の半ばで合図を送る。合図とともに、先ほどの総理大臣との対話音声を流すのだ」

「はっ。かしこまりました」

 村井は直立姿勢で敬礼し、足早に通信兵たちへ矢継ぎ早に指示を飛ばした。

 残り8分。

 作戦室の全員が一糸乱れぬ動作で準備に取り掛かった。


 時刻は17時58分。

 村井は再び赤川の元へ足早に歩み寄り、低い声で告げた。

「閣下。整いました。どうぞ、こちらへ」

 赤川は頷き、重厚な足取りで歩み出す。

 村井の先導のもと、通信機器の正面に配された無機質なマイクの前へと立った。

 周りの通信兵たちは、東日本の電波妨害ができているか確認すべく、指差呼称を重ねている。

「司令官。全チャンネルの接続、完了しました」

「よし」

 村井は赤川へ向き直し、深く頭を下げた。

「閣下。いつでもお始めいただけます」

 赤川は頷き、静かに右手を垂直に揚げた。

 その合図を受け、村井が通信兵へ顎で指示を送る。

 通信兵は深く頷き、西日本全域への放送を開始した。


 ——私は「日本解放戦線」代表、赤川総司です。

 西日本の国民の皆様。どうぞ、ご安心いただきたい。


 我々は迷走を極める日本を正し、我が国「大和」の誇りと、皆様の平穏な生活を死守するために決起した者たちです。

 我々の掲げる方針はただ一つ。

 外患を退け、内憂を絶ち、この大地に絶対の安寧をもたらすこと。

 怯える必要は一切ありません。

 我々が命を賭して皆様の盾となり、揺るぎない平和をお約束いたします。


 我々とともに、新たな時代の扉を開こうではありませんか。

 どんな些細な問題でもかまわない。

 生活における不当や困窮があれば、何なりと我々にお知らせいただきたい。

 我々は皆さまの盾であり、同時に悪を払う剣でもあるのです……。


 ……皆様、今しばらくお付き合い願いたい。

 先ほど、私のもとへ現日本政府の首脳から直接の連絡が入りました。

 その極めて傲慢であり、自らの保身のみに固執する醜悪な姿勢には、強い憤りを禁じ得ません。

 その対話の全容を、そのまま皆様にお聞きいただきたい……。

 腐敗し切った現日本政府の真実の声を、どうかお聴き下さい——


 赤川が再び右手を静かに掲げる。

 村井が即座に合図を送り、作戦室のデッキから記録音声が電波に乗せられた。

 一切の編集を排した、生のやり取り。

 およそ2分間に及ぶ総理大臣との対話が、作戦室と西日本全域のスピーカーから響き渡る。

 室内の誰もが息を殺してその音声を聴き入り、静寂が空間を支配した。

 再生が終わり、再び赤川がマイクに向かって語り始める。


 ——いかがでしたでしょうか。

 これが皆様を束ねている日本政府の真実なのです。

 これでも、日本政府に従いたいと思いますか。

 私たちは、このような背信行為事を犯さないと、ここに固く誓います。

 すべての国民が、何一つ不自由なく暮らせる世界を願い、我々は現体制へ反旗を翻し「大和」という新たな国家の礎を築きました。

 国基が定まるまでには、いましばらくの時を要するでしょう。

 しかし、我々を信じてついてきていただきたい。

 必ずや皆様の元へ、光ある未来をお届けいたします。

 では、また逢う日まで——


 赤川がマイクから静かに身を引き、ラジオ演説は終了した。



 「閣下。お疲れ様でございました」

 村井が静かに歩み寄り、赤川に近づき敬礼する。

「ご苦労。だが、本当の戦いはこれからだ。諸君、いま一度気を引き締めよ」

 この場にいる全兵士が一斉に赤川へ向き直し、無言で完璧な敬礼する。

 「一足先に休ませてもらう。諸君らも過度な無理をせず、厳重な監視を継続してくれ」

 赤川はそれだけ告げると、一度も振り返ることなく静かに部屋を後にした。

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