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最弱スライム、洞窟の底から這い上がる  作者: 古屋桜


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第六章:新緑の天井と、琥珀の滴

ドォンッ!!!

それは技というより、制御を失った肉体の「暴発」だった。しかし、底面からの凄まじい高圧噴射は、骨のない弾力に満ちた蓮の肉体を大砲の弾のように上方へと強烈に弾き飛ばした。

迫り来る赤黒い溶岩の波を間一髪で足下に置き去りにし、蓮の身体は、上層へと続く暗い縦穴の斜面へと向かって、夜空を裂く火の玉のように突き進んでいく。

突進などという生易しいものではなかった。

下層の火口を崩壊させたエネルギーの暴発は、琥珀色へと変貌した蓮の肉体を、弾丸さながらの速度で、今しがた滑り降りてきたばかりの暗い縦穴の上方へと一気に打ち上げていた。

ヒュウウウウウウウウウッ!

目を持たない蓮の魔力知覚のなかで、周囲の岩肌が猛烈な速度で下へと流れ去っていく。凄まじい重力加速度がスライムの骨のない粘体を圧迫し、引きちぎられそうになるのを、大百足から奪った強固な細胞結合の記憶が辛うじて繋ぎ止めていた。

(どこまで行くんだこれ……ッ!?)

制御の効かない上昇。背後からは、火口から追ってきた爆風の残熱が猛烈な勢いで蓮の背中を押し上げている。体内の核を中心に、結晶から得た「火属性」の魔力が過充填されたエンジンのように熱く脈動し、蓮の意識を白濁させていく。耐熱殻で周囲を密閉したために、熱の逃げ場がないのだ。

やがて、上昇の勢いが緩やかに衰え始める。放物線の頂点に達し、浮遊感が蓮を包み込んだその瞬間——。

ドンッ! ザザザザァァッ!

蓮の身体は、硬い岩盤ではなく、何やら湿った「柔らかいもの」の塊へと激激に激突し、それらを派手に撒き散らしながら、傾斜のある地面を何度も転がった。

(……が、ふ、痛ってぇ……!)

大百足の細胞結合とスライム本来の弾力のおかげで、核も無事で着地を果たす。激しい回転が止まり、ベチャリと地面に潰れた姿勢のまま、蓮は呆然と自らの感覚を呼び覚ましていった。

まず最初に感じたのは、強烈な「匂い」だった。

火口の空間を支配していた硫黄や焦げ臭さは、もう微塵もない。代わりに、新しく獲得した化学センサーを刺激したのは、濃厚な「濡れた土」の匂い、そして——。

(植物……? いや、草木の匂いだ。それも、むせるほどに青臭い……)

さらに、全身の粘体を通じて伝わってくる「感触」が、これまでの岩の地下世界とは決定的に違っていた。触れているのは硬い鉱物ではない。湿り気を帯び、幾層にも重なり合った、ふかふかとした肉厚な「生命」の絨毯だ。

蓮は慎重に、全身の魔力センサーを周囲へと広げた。その瞬間、彼の魔力知覚のなかに飛び込んできたイメージに、蓮は息を呑んだ。

(な、んだ、ここは……。本当に、地下なのか……?)

そこは、これまでの不毛な闇の世界とは完全に一線を画す、広大な「地下樹海」の入り口だった。

頭上の遥か高い天井からは、淡い緑色の光を放つ巨大な発光苔や、ツルのような奇妙な発光植物がびっしりと垂れ下がり、空間全体を幻想的な薄緑色の光で満たしている。接着地から少し離れた先には、地底湖から流れ出た水が地下の土壌を潤しているのだろう、豊かな生命の気配が満ち満ちていた。火口からのエネルギーの暴発が、縦穴を一気に突き抜け、この豊かな上層の土壌エリアの斜面へと蓮を押し上げてくれたのだ。

ジュウ、ジュウ……。

蓮の琥珀色の身体が、周囲の瑞々しい苔に触れるたび、まだ完全に冷めきっていない肉体の熱で、緑の葉が小さく焦げて白い煙を上げる。

(あぶない、あぶない。まだ俺の身体、かなり熱を持ってるな……)

結晶を取り込んだ直後、蓮の肉体は確かに急速に再構成された。しかしそれは、例えるなら「カラカラに干からびたフリーズドライの細胞」に、結晶の莫大な火の魔力だけが異常に充填されているような歪な状態だった。

(……なるほど。俺は「火属性」の力を手に入れた。だけど、俺の根っこはあくまで水の魔物、スライムなんだ)

強烈なエネルギー源を体内に宿したものの、それを包む器としての肉体には、圧倒的に「物質としての水」が足りていない。自分の熱で、残った水分までジワジワと内側から沸騰し始めている。スライムである以上、水分を補給しなければ、このまま干からびて死んでしまう。

蓮は周囲の魔力を探り、最も「水の気配」が濃い方向へと、琥珀色の粘体をうねらせて移動を始めた。

ズルリ、ズルリと苔を掻き分けて進む。

大樹のうねった根がまるで巨大な蛇のように地を這い、その隙間には、地底の豊かな湧き水が小さな細い川となって、サラサラと音を立てて流れているのを見つけた。

(水だ……!)

蓮は躊躇なく、その冷涼なせせらぎへと身体を滑り込ませた。

ジュウウウウウウウウッ!!!

水中に入った瞬間、凄まじい蒸発音とともに、周囲の水が一瞬で沸騰し、大量の気泡と白い湯気が水中へと爆発的に広がった。まるで、真っ赤に灼けた鉄塊を冷水に突っ込んだかのような激しい反応。

(冷たい……っ! だけど、ひどく心地いい……!)

周囲の冷たい水流が、蓮の体表から容赦なく過剰な熱を奪い去っていく。代わりに、蓮の脱水しかけていた細胞は、待ってましたとばかりに湧き水を貪欲に、猛烈な勢いで吸い上げていった。

結晶の熱魔力と、地底の湧き水。相反する二つのエネルギーが蓮の体表で激しくぶつかり合い、やがて絶妙なバランスへと落ち着いていった。

体表の沸騰が、ようやく収まる。

水分を限界まで満たした蓮の肉体は、もはや以前のような透明な姿ではなかった。せせらぎの底で光を浴びて妖しくきらめくその姿は、まるで大地のエネルギーを閉じ込めた、美しい琥珀色の滴のようだった。

内省してみれば、失われていた体積は完全に元通りになり、それどころか以前よりも一回り大きく、弾力に満ちた強固な肉体へと再構築されている。体内の核の周りで、結晶から得た赤き熱魔力が、完全に自分のものとして静かに、力強く拍動しているのが分かった。

(ふぅ……。生き返った。だけど、これは一歩間違えると諸刃の剣だな)

川底の砂利に身を落ち着かせながら、蓮は自らの肉体の「新しいルール」を理解していた。

火属性の魔力を解放すればするほど、自分の肉体である水分は蒸発し、身を削ることになる。この強力な力を振るうには、常に「水分補給のあて」を計算に入れておかなくてはならないのだ。

改めて、蓮はこの「緑のエリア」を魔力知覚で観察した。

豊かな水、生い茂る植物。これほど生命力に満ちた場所なら、当然、それを糧にする生き物たちも、これまでとは比べ物にならないほど豊富で、そして「強力」なはずだ。

ザザ、と頭上の巨大なシダの葉が揺れた。

大百足から奪った振動知覚が、その葉の裏に潜む、明らかに肉食蟻などよりも巨大な「多脚の生物」の重みを捉える。さらに、遠くの樹冠からは、未知の魔獣の鋭い鳴き声が、地鳴りのように空間を震わせて響いてきた。

(大百足や蟻の巣を抜けて、火口を生き延びて……ようやく、本格的な魔物の巣窟に辿り着いたってわけか)

だが、今の蓮に怯えはなかった。

かつてブラック企業の底底で、ただすり潰されるのを待っていた男はもういない。リスクを恐れず、自らの命を賭けて地底の心臓を喰らい尽くしたスライムが、そこにいた。

その琥珀色の身体には、大百足の外皮、肉食蟻の有機酸、そして地底の心臓たる結晶の火の力が宿っている。

新エリア、地下樹海。

新たな捕食者たちの気配を鋭く感知しながら、進化したスライムである蓮は、さらなる強さを求めて、静かに、しかし力強く動き出した。

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