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『やり直し脇役の俺、学園ダンジョン配信を切り忘れたら氷の美少女と悪役令嬢にだけ正体がバレた。ついでに温泉旅館とダンジョングルメの再建まで任されたが、二人とも肝心な告白はしてこない』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第40話 配信切り抜きの裏側へ、手が届く夜

白鳳館の夜は、感情を沈めるのがうまいくせに、消してはくれない。


 それがこの宿の厄介なところだ。


 昼間にぶつかった空気も、

 言いすぎた言葉も、

 言えなかった本音も、

 夜の白鳳館はきれいに沈めてくれる。


 でも沈めるだけだ。

 なかったことにはしてくれない。


 だから、第三章第39話のあとの夜は、妙に静かだった。


 凛音も、

 朱麗も、

 黒羽も、

 表向きはちゃんと“白鳳館を壊さない”側へ戻った。


 食事処の空気は保たれた。

 客の前で変な温度も出なかった。

 宿としては正解だ。


 でも、そのぶん、内側の火だけがうまく残っていた。


「……寝られるわけないよな」


 自室へ戻って、布団の端へ腰を下ろしながら小さく呟く。


 恋愛感情で宿が回らなくなる、なんて冗談みたいなことを言ったが、実際かなり笑えない。

 しかも今は、それに黒羽の“知っている側”という別の火種まで混ざっている。


 凛音は静かに怒っていた。

 朱麗ははっきり不機嫌だった。

 黒羽は、あれで一歩も引いていない。


 そして俺は、その全部の中心で「白鳳館では空気を壊すな」と言った。

 言ったはいいが、それで終わる気がまるでしない。


 その時だった。


 襖の向こうで、控えめに二度、音がした。


 止まる。


 嫌な予感しかしない。


「……誰だ」


 低く聞くと、返ってきたのは予想外の声だった。


「私です」


 黒羽。


 よりによってお前かよ。


「帰れ」


「今日は大声を出しません」

 黒羽は静かに言った。

「だから、少しだけ聞いてください」


「聞きたくない」


「切り抜きのことでも?」


 その一言で、身体が止まった。


 数秒、迷う。


 黒羽がこの時間に俺の部屋の前へ来る時点でろくでもない。

 でも、“切り抜きのこと”を出された以上、完全に追い返すのも危険だった。


「……五分だけだ」


 そう言って襖を少し開ける。


 今夜の黒羽も浴衣姿だった。

 昨夜と同じく濃い色の浴衣。

 黒髪と白い肌のコントラストが強すぎて、やっぱり目のやり場に困る。

 しかも今日は、左腕の包帯が浴衣の袖口から少しだけ覗いていて、そのアンバランスさが余計に厄介だった。


「ありがとうございます」


「で」

 俺は襖を半分だけ開けたまま言う。

「何だよ」

「切り抜きのことって」


 黒羽はすぐには答えなかった。

 代わりに、浴衣の袖から小さなメモ帳を取り出す。


「私、少しだけ追っていました」


「何を」


「例の匿名問い合わせと、切り抜きの広がり方です」

 黒羽は言う。

「柊木さんを見ている外側の線」

「それが、ただの学園外の野次馬とは少し違うこと」


 その言い方は、保健室や昼休みの中二病全開な雰囲気より、ずっと現実的だった。

 だから余計に嫌だった。


「……どこまで知ってる」


「断片だけです」

 黒羽はメモ帳を開く。

「でも、断片が集まると輪郭になります」

「たとえば」

 彼女は一つ目のページを見せた。

「切り抜きが最初に広がったあと、外部実習経験を疑う文面が学校へ来た」

「次に、黒い封筒」

「そしてその前後で、“学生配信の違和感”を話題にしている小さな観測アカウント群が動いています」


「そこまでは、こっちも見てる」


「はい」

 黒羽は頷いた。

「でも、そこから先です」


 ページがめくられる。


「この観測アカウント群、派手な動画には反応しません」

「でも、“助け方がうまい”“危険察知が早い”“一拍前に動いている”みたいな短い断片には反応する」

「つまり」

 黒羽は俺を見る。

「強さではなく、経験の癖を探している」


 その整理は、かなり正しかった。


「……そこまで読んだのか」


「ええ」

 黒羽は言う。

「同じ匂いのする見方なので」


「またそれか」


「でも本当です」

 彼女は静かに続ける。

「私は一度、そういう“見つけ方”をする側にいたことがあります」


 そこで、空気が少し変わる。


 ただの“追ってました”じゃない。


 それは、体験を知っている人間の言い方だった。


「……どういう意味だ」


「今は全部は話しません」

 黒羽はあっさり引いた。

「でも、観測する側の癖は分かる」

「そして今回の線は、“実力者を探す”というより、“場数を踏んだ人間が学生へ紛れていないか”を見ている」

「だから」

 彼女は少しだけ声を落とす。

「あなたはかなり危うい位置にいます」


「言われなくても分かってるよ」


「分かっていても、放置すると削られます」

 黒羽は言う。

「匿名の問い合わせも、黒い封筒も、本命ではありません」

「本命は、周囲の認識です」

「先生が、事務が、生徒が、“柊木って何なんだ”を少しずつ溜めること」

「それが一番危ない」


 その見立ては、須賀先生や凛音、朱麗とも重なる。


 だからこそ、重かった。


「……お前」

 俺は少しだけ眉をひそめる。

「何でそこまで追う」


「見つけたからです」


「またそれか」


「でも、それだけではありません」

 黒羽はほんの少しだけ視線を伏せた。

「私も、この線には覚えがあります」

「だから、放っておくのが嫌なんです」


 その一言は、妙に人間らしかった。


 初めてかもしれない。

 黒羽の言葉から、“中二病っぽい仮面”ではない、別の体温が少しだけ見えたのは。


     ◇


「で」

 俺は襖にもたれながら言う。

「結局何が言いたい」


「二つです」

 黒羽は指を二本立てる。

「一つ目。切り抜きと匿名問い合わせは、同じ線の可能性が高い」

「二つ目。その線は、かなり小規模だけど現場寄りです」

「だから」

 一拍置く。

「放っておくと長い」


「最悪だな」


「かなり」


「お前、その使い方まで覚えたのかよ」


「便利ですね」


 だめだ。

 ほんとに感染してるじゃないか。


 でも、そこで少しだけ笑いそうになる自分がいた。

 緊張が一瞬だけ緩む。


 その瞬間、黒羽はじっと俺を見た。


「やっぱり」

 彼女は小さく言う。

「あなたは、そういう時の顔がいいですね」


「何だよそれ」


「重い話の中でも、人間らしく戻る時の顔です」


「お前まで顔の話するのか」


「観測者なので」


「便利な肩書きだな……」


 だが、問題はそこじゃない。


「この話」

 俺は黒羽を見る。

「凛音と朱麗にも言うぞ」


「ええ」

 黒羽は即答した。

「そのつもりで来ました」

「むしろ、あなた一人へだけ渡すつもりはありません」


 そこは少し意外だった。


「何だ」

 俺は言う。

「てっきり俺だけに“知ってる側”の話をしたいのかと思ってた」


「それもあります」


「あるんかい」


「でも」

 黒羽は真顔のまま言った。

「今はあなたの周りにいる二人を外すほうが危険です」

「凛音さんは“変化”を見る」

「朱麗さんは“運用”を組む」

「この件、たぶんその両方が要ります」


 その評価は、驚くほど正確だった。


 こいつ、本当に見ている。

 しかもかなり冷静に。


「……呼ぶか」


 俺が言うと、黒羽は少しだけ目を細めた。


「ありがとうございます」


「礼を言われる筋合いはない」


「でも、これは前進です」


「何が」


「あなたが、一人で受け取って終わらせないことです」


 その言い方は、凛音や朱麗にもよく似ていた。

 だから少しだけ、返事に困る。


     ◇


 数分後。


 俺の部屋には、凛音と朱麗が来ていた。


 今日は最初から説明したので、昨夜みたいな“何で浴衣で二人きりなんですか”の最悪な入り方にはならなかった。

 それだけでもだいぶましだ。


 だが、黒羽が部屋の中にいて、しかも浴衣姿で正座している光景そのものは、やっぱりかなり異様だった。


「……で」

 朱麗が低く言う。

「何が“切り抜きの裏側へ手が届いた”ですの」


「その言い方、少し格好いいですね」


 黒羽が言う。


「褒めていませんわ」


「そこは分かります」


「でしたら余計な反応をしないでくださいまし」


 凛音が、俺へ視線を寄越す。


「聞きましたか」


「一通りは」


「信用できますか」


「全部ではない」

 俺は正直に答える。

「でも、見立てはかなり筋が通ってた」


 その返事を聞いてから、凛音も黒羽のほうへ向き直った。


「話してください」


「はい」

 黒羽は静かに頷く。

「まず、例の観測アカウント群です」

「私は、表向きの切り抜きではなく、“誰がどこに反応したか”を見ていました」


 そこから先は、思った以上に具体的だった。


 どのアカウントが、

 どの時間帯に、

 どの種類の場面へだけ反応しているか。


 派手な撃破や炎上場面ではなく、

 助け方、

 危険察知、

 位置取り、

 視線の置き方、

 そういう“現場を知っている人間にだけ分かる違和感”へ集中的に反応していること。


 しかも、それらが匿名問い合わせの文面と少しだけ同じ匂いを持っていること。


「……なるほど」


 朱麗が腕を組む。


「これは、たしかにただの野次馬ではありませんわね」


「ええ」

 凛音も頷く。

「“上手い学生”を見たい人じゃない」

「“学生の中に別種が混ざっていないか”を探してる」


 黒羽はその表現に満足そうに少しだけ目を細めた。


「はい」

「かなり、近いです」


「そこで使うなよ」


 俺が言うと、黒羽は本当に少しだけ不思議そうだった。


「便利ですよ」


「感染が早すぎるんだよ」


 でも、その軽口が挟めるくらいには、部屋の空気は動いていた。


 問題は残っている。

 かなり重いままだ。

 でも、黒羽の持ってきた情報は“ただ怖い”だけではなく、“形のある怖さ”だった。


 それは大きい。


 見えないものは対処しづらい。

 でも輪郭が少しでも見えれば、凛音も朱麗も動ける。


「……で」

 朱麗が言う。

「あなたは、これをどうして一人で抱え込まなかったんですの?」


 それは黒羽への問いだった。

 たぶん同時に、少しだけ俺にも向いている。


 黒羽は少しだけ黙ってから答えた。


「柊木さん一人へ渡しても、たぶん危ういからです」


「何が」


「この人」

 黒羽はあっさり言った。

「知った時点で、一人で先回りしたくなる顔をするので」


「お前までそれ言うのか」


「事実です」


 凛音が頷く。


「はい」


「ええ」


 朱麗も続く。


「かなり、ですわね」


「全員でそこ揃うな!」


 でも、そのツッコミで少しだけ空気が緩む。


 凛音は黒羽を見た。

 さっきまでより少しだけ警戒が解けている。

 もちろん完全ではない。

 でも、ただの異物としては見なくなっている顔だ。


「逢坂さん」

 凛音が静かに言う。

「あなた、危ない人ではあります」


「ありがとうございます」


「褒めていません」

 凛音は即答した。

「でも、今の話は必要です」


 朱麗も続ける。


「ええ」

「距離感は最悪ですし、かなり腹立たしいですし、言い方も重いですけれど」

「情報自体は価値がありますわ」


「そこまで並べてから価値があるって言われるの、逆に嬉しいですね」


「どういう感性ですの」


 だが黒羽は本当に少し嬉しそうだった。


     ◇


 話が一段落したあと、凛音がぽつりと言った。


「……第三章、やっぱり火力が高いですね」


「今さらだな」


 俺が答えると、朱麗が小さく息を吐いた。


「ええ」

「ですが、少なくとも今日は」

 彼女は黒羽を見る。

「あなたを“ただの面倒”として切り捨てずに済みそうですわ」


「かなりの進歩ですね」


 黒羽が言う。


「そこを自分で言うの腹立たしいですわね……」


 でも、たしかにそうだった。


 黒羽は厄介だ。

 危ない。

 距離も近い。

 執着も重い。

 しかも俺へ“二人目”だの“見つけた”だの平気で言う。


 それでも今夜、こいつが持ってきた情報は本物だった。

 白鳳館へ来た意味も、少しだけ輪郭を持った。


「……ありがとう、は言わないからな」


 俺が言うと、黒羽は静かに答える。


「構いません」

「でも、役に立ったなら十分です」


 その返しが、少しだけ意外だった。


 もっと“私だけが分かっている”顔をするかと思った。

 でも今は違う。

 たぶん黒羽も、自分一人ではこの線に対処できないと分かっているのだろう。


 そこが少しだけ人間らしい。


「……とりあえず」

 俺は言う。

「今日はもう終わりだ」

「これ以上頭を使うと、明日みんな死ぬ」


「同意です」


 凛音が頷く。


「ええ」


 朱麗も続く。


「はい」

 黒羽も素直だった。


 三人の返事が揃う。

 そこへ黒羽まで混ざったことで、逆に妙なおかしさがあった。


 第四席は、ただの乱入者ではなくなり始めている。

 それは面倒で、かなり厄介で、でも今夜だけは否定しきれなかった。

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