表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『やり直し脇役の俺、学園ダンジョン配信を切り忘れたら氷の美少女と悪役令嬢にだけ正体がバレた。ついでに温泉旅館とダンジョングルメの再建まで任されたが、二人とも肝心な告白はしてこない』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/40

第36話 昼休みの第四席

学園の昼休みというものは、本来もっと軽いもののはずだった。


 購買へ走る。

 パンの争奪戦に負ける。

 次の授業の文句を言う。

 そんな、どうでもいい時間であるべきだ。


 少なくとも、

 温泉旅館の再建方針を確認しながら、

 匿名問い合わせの次の手を警戒しつつ、

 さらに保健室の魔女みたいな中二病女子が当然のように混ざってくる時間ではない。


「……ほんと、どうしてこうなった」


 四限終わりのチャイムが鳴った直後、俺が小さく呟くと、森野がくるりと振り返った。


「またその顔してる」


「どの顔だよ」


「“昼休みなのに昼休みじゃない顔”」


「細かいな」


「最近ずっと見てるからね」

 森野は苦笑する。

「だって、柊木くんの昼休み、もはや定例会議みたいになってるし」


「言い方が嫌だな」


 後ろから岸本も会話へ混ざってくる。


「でも事実だろ」

「最近は白雪さんと九条先輩が来るだけでも“はいはい今日もですね”って感じだし」


「それ、全然良くないんだけど」


「でも前より平和」

 岸本はあっさり言った。

「“何か隠してるっぽい柊木”より、“最近忙しそうな柊木”のほうが、クラスの空気としては楽」


 それは、認めざるを得ない。


 切り抜きの件も、黒い封筒の件も、完全には消えていない。

 でも学園内の表面だけ見れば、今の俺は“危険人物候補”というより“何かよくわからないけど最近いろんな人と動いてるやつ”へ寄り始めている。


 字面はひどい。

 だが危険度は少し下がっていた。


 その時、教室後方の扉が開く。


 もはや驚きもしない。

 凛音だろうなと思う。

 そして朱麗もいるだろうなと思う。


 半分当たりで、半分外れた。


「お昼、ご一緒しても?」


 最初に聞こえた声は、凛音ではなかった。


 静かで、妙に滑らかな声。

 黒羽だ。


 教室の空気が一瞬だけ止まる。


 逢坂黒羽は、まるで何もおかしなことを言っていない顔で立っていた。黒髪は今日も長く、色白の顔にはうっすら隈。制服はきっちり整っているのに、その整い方だけが妙に儀式めいている。左腕の包帯は相変わらず見えていて、それがまた“ただの生徒”感を薄くしていた。


「……何でいるんだよ」


 思わずそう言う。


「昼休みだからです」


 黒羽は答えた。


「一緒に食事をしながら観測するには、最も自然な時間帯です」


「自然の意味をもう一回考え直してこい」


 そこで、予想通りというべきか、凛音が教室へ入ってきた。

 そしてその一拍後に朱麗も姿を見せる。


 二人とも、黒羽を見た瞬間にほんの少しだけ足が止まる。


「……いましたね」


 凛音が静かに言う。


「ええ」

 朱麗も低く言った。

「しかも、かなり堂々としていますわね」


「隠れる理由がありません」

 黒羽は平然としている。

「私たちは、もう同じ場を共有していますので」


「共有していませんわ」


 朱麗が即答した。


「かなり、していません」


 凛音も続く。


「そこだけは息ぴったりなんだな、お前ら……」


 森野と岸本は、完全に“新しいやつが増えたぞ”という顔で見ていた。

 でも空気を読んだのか、余計なことは言わない。

 ただ岸本だけが小さく呟く。


「……第四席って感じだな」


 その言い方は、妙に正確だった。


     ◇


 結局、場所はいつもの中庭になった。


 ベンチは三人で座ると、それなりに近い。

 四人だと少し窮屈だ。

 その“少し窮屈”が、今日の問題そのものだった。


「座ります」


 黒羽が言った。


「待て」

 俺は即答した。

「何で当然みたいに座る前提なんだよ」


「今の話の続きがしたいからです」


「しなくていい」


「ですが、切るべきではない流れもあります」


「便利そうな言い方するな」


「便利です」


 もうだめだ。

 最近みんな便利便利言いすぎだろ。


 黒羽は俺の返事を待たず、ベンチの端へ腰を下ろした。

 しかも、自然に俺の隣へ。


 近い。


 肩が触れているわけじゃない。

 でも、明らかに近い。

 “詰めれば触れる”距離だ。

 それをこの子は一切ためらわない。


「……おい」


 俺が低く言うと、黒羽がこちらを見る。


「何ですか」


「近い」


「遠すぎるよりはいいでしょう」


「そういう問題じゃない」


「では、どの問題ですか」


「そこをいちいち聞き返すな」


 向かい側へ凛音が座る。

 表情はいつも通りだが、目だけが少し冷たい。


 反対側には朱麗。

 こちらは分かりやすく機嫌がよくない。


「第四席ですわね」


 朱麗が言った。


「何が」


 黒羽が聞く。


「わたくしたちの昼休みの形です」

 朱麗はきっぱり言う。

「そこへ、勝手に第四席を作らないでくださいまし」


「席が空いていたので」


 黒羽は平然と返した。


「論点が違いますわ」


「そうでしょうか」

 黒羽は少しだけ首を傾げる。

「今のあなたたちは、“三人でいること”をすでに固定された形だと思っている」

「それはかなり危ういです」

「観測者が一人増えたくらいで崩れるなら、その時点で脆い」


「ありません」


 凛音が即答した。


「何が」


「観測者が入る余地です」


「かなり、ありません」


 そこで重ねるなよ、と言いかけてやめる。

 今の凛音はだいぶ本気だ。


「……お前ら」

 俺は額を押さえたくなる。

「昼飯前から重すぎるだろ」


「あなたがその中心にいるので、仕方ありません」


 黒羽が静かに言った。


「やめろ」

 俺は即答する。

「そういう言い方を普通にするな」


「普通ではないので」


「開き直るな」


 そこへ凛音が、小さく紙袋を取り出した。


「今日はこれです」


「何だよ」


「和菓子屋の焼きまんじゅうです」

 凛音は俺ではなく、ベンチの中央あたりへそっと置く。

「白鳳館の通常日案で、迎えの一口を少し軽くした時の参考に」


「さすがに、そういう話はありがたいな」


 俺が手を伸ばそうとした瞬間、反対側からも別の包みが置かれた。


「こちらは、今朝白鳳館から届いた試作ですわ」


 朱麗だった。


「迎えの一口の通常日版」

「甘みを少し控えて、香りを残したもの」

「本日は、それの確認も兼ねていますの」


 わざとか?

 絶対ちょっとわざとだろ。

 凛音のあとへ被せるみたいに置いたよな、今。


 黒羽がそれを見て、小さく言った。


「なるほど」


「何ですの」


 朱麗が少し鋭く聞く。


「あなたたちは、ただ近いだけではないのですね」

 黒羽は言う。

「同じ机の上に、それぞれ別の形で“帰る場所”を持ち込める」


 その言い方が、少しだけ嫌だった。

 いや、嫌というより、妙に本質を突かれた感じがある。


「……お前」

 俺は黒羽を見る。

「何でも重く言えばいいと思ってないか」


「重くしているのではありません」

 黒羽は静かに答える。

「もともと重いものを、軽く偽装していないだけです」


「お前さあ……」


 言い返したいのに、たまに核心へ近いところを踏んでくるから困る。


     ◇


 昼休みのベンチは、今日に限っていつも以上に狭く感じた。


 凛音は正面から静かに見てくる。

 朱麗は斜めから会話を制御しようとする。

 黒羽は隣で平然と座っている。


 そして俺だけが、一人でちょっと落ち着かない。


「白鳳館は順調ですか」


 黒羽が突然言った。


「またそれか」


「気になります」


「何で」


「あなたの温度が、一番変わる場所だからです」


 その一言で、凛音と朱麗の空気がわずかに動く。


 ああ、やっぱり見てるんだな、と思う。

 しかもそこまで分かっている。


「……お前、どこまで知ってるんだよ」


「白鳳館の名」

 黒羽は指を一本立てた。

「温泉宿であること」

「あなたが頻繁に関わっていること」

「そして、そこが今のあなたの“もう一つの戦場”であること」


「戦場って言うな」


「違いますか」


「違わなくはないけど、その言い方すると別の話になるだろ」


 凛音が口を挟む。


「逢坂さん」

「白鳳館のことまで追っている理由は何ですか」


「柊木さんを観測していれば、自然と辿り着きます」

 黒羽は答える。

「人は、隠したい時ほど、大事な場所のほうへ体温を向けるので」


「言い方が」

 俺は息を吐く。

「ほんとに嫌だな」


「でも、否定しない」


「する気力が削られてるだけだ」


 朱麗が、やや低い声で言う。


「逢坂さん」

「一つだけ先に申し上げておきますけれど」

「白鳳館は、あなたの観測遊びに巻き込んでいい場所ではありませんわ」


「遊びではありません」


 黒羽はすぐに返した。

「むしろ逆です」

「あなた方は白鳳館を生かそうとしている」

「だからこそ、私はそこを軽く扱いません」


 その返しは、少し意外だった。


 中二病めいた言い回しは相変わらずだ。

 でも、白鳳館を茶化す感じはない。

 そこは妙にまっすぐだ。


「……本気なんだな」


 思わずそう言うと、黒羽はほんの少しだけ目を細めた。


「はい」

「あなたが本気でいる場所には、たぶん意味があります」


 それは。

 かなり困る言い方だった。


     ◇


 昼休みの後半になると、さすがに少しだけ形が見えてきた。


 黒羽は、ただ混ぜ返したいわけではない。

 俺の近くへ来る。

 距離も詰める。

 言い方も重い。

 だが、その全部が“知りたいから”で統一されている。


 その知り方が危ないのだ。


「……で」

 俺は焼きまんじゅうの包みを畳みながら言う。

「お前は俺を何だと思ってるんだ」


 黒羽は少しだけ考えた。


「まだ確定はしていません」


「そればっかりだな」


「確信していないものを確信したふりで語るのは嫌いです」

 黒羽は静かに言う。

「でも」

 そこで視線がまっすぐ来る。

「あなたは、“普通の学生として埋もれたい人”ではありません」

「埋もれたいのに、埋もれる動きができない人です」

「そして、そういう人間を私は知っています」


 ぞくり、とした。


 凛音と朱麗も、そこだけは反応を隠せなかった。

 “知っています”。

 その一言が、ただの観察者の言い方ではなかったからだ。


「……何で知ってる」


 俺が低く聞くと、黒羽は答えない。

 代わりに、ほんの少しだけ笑う。


「その問いが出る時点で、かなり近いです」


「答えになってない」


「今は、です」


「またそれか」


 だが、その“今は”の向こうに、たぶん何かある。


 こいつは保健室の魔女で、中二病で、距離感がおかしくて、かなり危ない。

 でも、それだけで片づけるのももう無理だった。


     ◇


 チャイムが鳴る少し前、黒羽は立ち上がった。


「今日はここまでにします」


「勝手に定例化するな」


「まだ序章です」


「言い方!」


 黒羽は黒い髪を揺らして、静かにこちらを見る。


「次は、もう少しだけ核心へ触れます」

「あなたが逃げる前に」


「だからそういうのを普通に言うなって」


「普通ではないので」


 返しが強い。


 そして本当に、そのまま黒羽は去っていった。

 あっさりと。

 でも、何かを残すように。


 ベンチには数秒、嫌な沈黙が残る。


「……重いですわね」


 最初に言ったのは朱麗だった。


「かなり」

 凛音も続く。


「便利ワードが軽くならないな今日は」


 俺が言うと、凛音が静かにこちらを見る。


「でも」

「ただの変な人ではないです」


「わかってる」


「ええ」

 朱麗も腕を組む。

「そこが一番厄介ですわ」

「距離感は最悪ですし、言い方も重いですし、正直かなり腹立たしいですが」

 そこで少しだけ言葉を切る。

「それでも、“見ている場所”が近い」


 その表現は、たぶん正しかった。


 黒羽は、俺の外側の表面だけを見ていない。

 “脇役でいたい”みたいな、こっちの奥の癖へ触れようとしてくる。

 それが危ないし、嫌だし、無視もできない。


「……第三章だなあ」


 思わず呟くと、朱麗が呆れたように言う。


「またそれですの」


「でも」

 凛音は小さく頷いた。

「かなり、そうです」


「お前ほんとにその使い方好きだな」


「便利なので」


 はいはい、と返しながらも、俺は少しだけ天を仰ぐ。


 黒い封筒の次は、昼休みの第四席だった。

 第三章はどうやら、“静かに済まない”だけじゃなく“席を増やしてくる”らしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ