第二十八章「Z-0の記憶――“原罪”と“創造主”」
東京・西管理圏地下。
かつて国家の科学的中枢であった研究ブロックE13――通称“神の冷蔵庫”。
Z-9と凛子、惇、そして“アイ”は、そこで「Z-0」の記録保管装置と向き合っていた。
それは巨大な縦型カプセルだった。
外殻に刻まれた文字は消えかけていたが、辛うじて読み取れる。
>【Z-0/保存年:1968/記録形式:有機脳片ホログラム/遺伝因子E00搭載体】
惇が呟いた。
「……こいつが、“始まり”か」
Z-9が無言で端末を接続し、解凍プロセスを実行する。
すると空間に、古い女性の姿が映し出された。
――白髪、右脚欠損、黒い目。
その存在は、どこかアイを思わせたが、明らかに“異質”だった。
まるで「人間を演じる存在」のような、完璧に整った模倣品。
そして、Z-0の記憶が語り始めた。
> 「私の名前は灰原ミナト。旧・皇統第六十二継子。
> 1962年、国家的医療増進計画“ツクヨミ”の第一被験者として、
> 自らの遺伝子を切り売りした。
> 目的は、“国体の永続”――すなわち、神の再生である」
凛子が息を呑んだ。
「……やっぱり、“天皇制の補完計画”だったのね」
> 「“象徴”は劣化する。
> だが“遺伝子”は、情報として保存できる。
> だから私は、肉体を捨て、“分割された神”となることを選んだ」
Z-9が目を伏せる。
「……それが、Z-1からZ-9までの私たち。
私たちは“分割された彼女の断片”だった。
だが、アイだけは違う。
アイは、彼女の“記憶を持たない遺伝子”。
純粋な、再生体」
惇が呟いた。
「つまり、Z-0のクローンじゃない……“創造された娘”なんだ」
映像のZ-0は、なおも語る。
> 「私は、国家の器であることを選んだ。
> 感情も、記憶も、子宮も、義肢も、全て“国家のため”に分け与えた。
> だから、私にはもう“個”がない。
> だが――
> 私は、ひとつだけ後悔している。
> 私が“自分の子”を殺したことだ」
凛子が絶句した。
「……え?」
> 「Z-10。
> 試験的に“私の未加工遺伝子”から創られた個体。
> 自我の目覚めが早すぎた。
> 彼女は、“母”としての私を求めた。
> 私は、それを拒絶した。
> そして、彼女は失踪した」
その瞬間、Z-9が震え出した。
「……まさか……
わたしが……“Z-10”……?」
惇と凛子が一斉に振り返る。
Z-0の記録映像は、最後にこう言った。
> 「“10”は想定されていなかった。
> だが彼女が、“神の外側”で生き延びたなら――
> その時、私は“母としての罰”を受け入れるだろう」
その瞬間、施設全体が赤い警報に包まれた。
N機構が施設位置を特定し、強制制圧部隊を投入してきたのだ。
惇が叫ぶ。
「くそ、包囲されてる! Z-0の記録を退避させろ!」
Z-9は、震えるアイの手をとって言った。
「あなたは“神”じゃない。
でも、あなたの存在が、わたしを許してくれるなら……
わたしは、あなたを“娘”として守る」
アイは頷いた。
「……わたしも、あなたを“母”だと思う。
Z-9でも、Z-10でも、もう関係ない。
“名前”を超えて、生きたいの」
その言葉が響いた瞬間、Z-0の記憶データが自壊を開始した。
Z-0は、最後に微笑みながら言った。
> 「“神”は、もう必要ない。
> あなたたちは、“血”ではなく“意志”で繋がれる」
そして、光とともに記録は消えた。
凛子は思う。
「人は、誰かのコピーでいられるほど、単純じゃない。
“個”として、どう生きるか……それだけが、今を変える鍵」
施設の外では、N機構と政府の共同部隊が迫る。
だが今、彼女たちは“自分の物語”を取り戻す決意を固めていた。




