第二十四章「血の構造――N機構の起源と、もう一つの灰原エリ」
夜が明けた大阪は、いつもより静かだった。
だが凛子の頭の中には、むしろ喧騒が広がっていた。
十三で目撃した“新しい神像”。
そしてその背後に控える“記憶なき進化”の思想――N機構。
「エリは……もう“ひとり”じゃないのかもしれない」
凛子は、かつてZ-9の名で知られた灰原エリの医療記録を再確認していた。
しかし、矛盾があった。いくつもの時系列に重なる複数の手術報告。
成長過程において同時期に複数の義肢適応試験が行われた記録。
「エリは“分裂”していたのね……情報の中で」
惇は頷いた。
「意図的に、だ。月読機構は“神格”を一つに絞らなかった。
むしろ、複数のプロトタイプを用意していた可能性がある」
つまり――Z-9は「唯一の灰原エリ」ではなく、
**“灰原エリという名を持った複数の器”**が存在していた可能性が浮上したのだ。
「それじゃあ……十三の男が言ってた“Z-9の神経片”って……?」
「誰のものだったか、わからない」
惇は言う。
「“灰原エリ”という記号自体が、肉体の実験体番号だったとすれば、
本当に“彼女”は一人だったのかも、わからない」
その時、凛子の携帯端末が鳴った。
差出人は「不明」。添付されたファイルにはこう記されていた:
>【灰原エリ_別プロトコル#03 “H-エリ” 転送記録(1994)】
> 転送先:北海道知床研究棟
> 状態:未公開/実験凍結
「……まだ、生きてる可能性がある?」
凛子の手が震える。
惇は沈黙のまま、端末を受け取ると、転送履歴と接続元を即座に解析し始めた。
「……やっぱりだ。
このファイル、“N機構”の中枢デバイスから送られてきた。
つまり、“奴ら”が意図的に見せたってことだ」
「なんのために……?」
「灰原エリは“神ではなかった”。でも、それを否定しただけでは何も生まれない。
N機構は、“彼女が封じてきたもの”を復元しようとしてる」
それは、“神の否定”ではない。
より完全な神の再構築=“超灰原エリ”の創出。
「私たち……次は、北海道に行くのね」
凛子の目はすでに決まっていた。
Z-9。
H-エリ。
そして、N。
誰が“本当の彼女”なのか。
それとも――全てが「他人の妄想」なのか。
惇は窓の外を見る。
明けかけの空の下、冷たい風が大阪湾の方角から吹き抜けていた。
「この物語は、まだ“血の構造”を剥がしてもいない。
本当の“彼女”に会うまで、終われないさ」




