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第九章 飛華秘話(十一)

 西の地区は民家が少なく、三軒隣といっても距離があった。

 私が戸を叩くと、中から小柄な女性が現れた。

 李三は、おばさん、と呼んだが、せいぜい真翠淵ほどの年頃の女だ。

「すみません。これを作ったのは」

 茶碗を差し出すと、女はうなずいた。

「ええ、私です」

「私は華都から参った欧陸洋と申す者。お名前は」

「え、はい、()(ちよう)と」

「胡蝶殿。材料は何を使われた」

「はあ、卵と豆乳と砂糖」

「砂糖は、貴重品ですか」

「うちではそれほどでも。うちの畑で採れる野菜から作ったものですから」

「もっとたっぷり使おう。あと豆乳は貴重品?」

「いえ、それもうちの畑で」

「卵は」

「うちの鳥が産みます」

 家の隣の鳥小屋を見やる。十羽はいるようだ。

「では、作り方を教えてください」

「え、ええ」

 訳が分からない、という顔で、胡蝶が頷いた。

「あ、でも、気球の方、うちの台所は薪を使うので、気の力を使った器具はありませんが」

「大丈夫。船の厨房で煮炊きしたことがあります。反対に、気で動く器具は使えません」

「船? ええと、気球の人、ですよね?」

「気球じゃない。船です。ともかく中に入れてください。急いでいるんだ」

「ええ! 船」

「いいから、菓子を作らせてください」

「あ、じゃあ、どうぞ」

 胡蝶が戸惑ったように、私を部屋に入れた。

 暗がりに、子どもが四人、同じ茶碗の菓子を食べている。

 そばにあった卓に持ってきた茶碗を置くと、子どもたちがむらがった。

「失礼いたします」

 私は台所をのぞき込んだ。

 幸い、船の厨房と似た構造のかまどだ。

 胡蝶は戸惑いながら、材料をそろえて土間に置いた。

「ええと、卵から」

「なるべく、甘く、なめらかに作りたいんですが」

「じゃあ、黄身だけのほうが良いかも」

 胡蝶が手早く卵を黄身と白身に分ける。

 黄身は、土間に置かれた鉢に入れられた。

「あまった白身、どうするの」

 いちばん小さな子どもが聞いた。

「少しお砂糖入れて焼いてあげようか」

 胡蝶はかまどの上に鍋を置くと、油の様なものをひいて、そこに白身をあけた。

 子どもたちが、わあ、と歓声を上げる。

「この菓子は、卵を何個使いますか?」

「え? 一つに一個です」

「じゃあ、二つ作ってもよろしいですか」

「え、はい」

 私は卵を一つ取り、黄身と白身に分け、白身をかまどの上の鍋に入れる。

 胡蝶が慌てて鍋に砂糖を足す。

 子どもたちがまた、わあ、と声を上げた。

「胡蝶殿。次は」

「砂糖を入れて、泡立てないように混ぜます。いえ、私が」

「私がします。ちょっと……友人と喧嘩をしてるんです。甘いもの好きの意固地な男でして。……絶対に、ばくばく食わせてやる」

「やっちまえー。うまいものは正義だあ!」

 焼いた白身を食べながら、子どもたちが茶々を入れた。

「こらっ、もう、ほんとにすみませんっ」

 胡蝶が子どもの頭を軽くぶった。

 私は首をすくめる。

 子どもたちの言った「うまいものは正義」というのには、私も同意する。

「いえ、かまいません。まずは菓子をつくりましょう。で、次は」

「豆乳を入れます。そっと。……急がないで。力任せにやると、お菓子作りは失敗します」

 私は、はっとし、息を吸った。

 手にこもる力をおさえながら、そうっと豆乳を流し込む。

「そうそう、上手。それから、ざるで濾します」

 胡蝶はすっかり落ち着いた様子で、別の器の上にざるを乗せると、卵液を流し込んだ。

「あとは、これを茶碗に入れて蒸すだけ」

 にっこり笑った胡蝶は、ふっくらしていて丸く、かわいらしかった。

 胡蝶に言われた通りに蒸し器に茶碗を入れる。

 蓋をして熱した後、火を消してしばらく置くことになった。

「いったい、どうしたんですか? いきなり」

「ああ、本当に申し訳ない」

 できあがりを待っているうちに、私の怒りもずいぶん醒めていた。

 同時に、とてつもなく恥ずかしくなった。

 私はどうして、あんなに怒っていたのだろう。

 見知らぬ人の家に押し入り、台所を借りるなど、正気の沙汰とは思えない。

 怒りで自分が見えなくなっていたのだ。

 でも、なぜ。

 頭の中で、考え得る限りの言い訳を思い浮かべてみた。

 納得できる答えはでない。

 ただ、ずっと楊淵季の姿が頭の中にあった。

 それで、ようやく気づいた。

 私は、あの男を、ずっと心配してきたのだ。

「欧陸洋様。たぶん、もう冷めていると思います」

 胡蝶に言われ、蓋を取ってみる。

 甘い香りが、ふわりと漂った。

「どうぞ、お持ちになってください。ご友人によろしくお伝えください」

「本当にすみません。ありがとう」

 私は茶碗を両手に持つと、外に出た。

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