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第九章 飛華秘話(七)

 飛華洞の廊下はひどく長い。

 その上に、明かりは(かがり)()だけしかなかった。

 左右にある金属の置物にも飽きて来たころ、奥の方に光が見えた。

 光はどんどん近づいて来て、突然、視界を覆うように輝く。

 一瞬目を閉じ、また開けると、辺りは草原になっていた。


 目の前には灰色の建物があった。

 石でできているようだったが、継ぎ目がない。

 窓がまばらにしかなく、建物全体が弧を描いていた。

 全体を確かめようと見回すと、建物が円を描いているのがわかった。

 背後には建物の一階を突き抜けるように黒い穴が見える。

 私たちが歩いてきた廊下だ。

 ずいぶん長く感じたが、ここからでも入ってきた門が見える程度だった。

「からくりです」

 梅乗はつまらなそうに言って円形の建物に入っていく。

「幕に暗い廊下を映し出しているんだよ。それを引き上げただけ」

 李三が慌てたようにつけ加えた。


 建物は、廊下も弧状についている。

 左手には金属でできた扉が並んでいて、右手には階段がある。

 階段は上へ行くもの、下へ行くもの、両方があった。

 どうやら地下があるらしい。

「この建物、何でできているんだ?」

「さあ」

 李三が首をひねる。

「砂や小石に灰色の粉末と水を混ぜる。そうすると、石のように固まる」

 梅乗が面倒そうに答えた。

「その灰色の粉末は」

「粘土と石灰石」

 なぜそれが固まるのかさっぱりわからなかったが、わかったような声を出し、黙る。

「建物がこの形の方が、秘密が守れるんだ」

 私は、はあ、と曖昧に答え、肩をすくめた。

 きっと、飛華洞の秘密が漏れても、私には理解不能だろう。


 先の天君の研究室は二階にあった。

 扉には声錠がかかっているらしい。

 梅乗は私たちを待たせておいて、階段を上がっていった。

 その間、楊淵季がいくつか鍵を試してみたが、どれも合わなかった。

 やがて、梅乗が老人をつれて戻ってきた。

 老人は私たちを見ると、邪魔だと言うように手で払い、扉の前に立つ。

 老人は大儀そうに(てのひら)を扉に向けた。

 そして、何かを言う。

 聞いたことのない発音だった。

 聞いてすぐに思い出そうとしても、複雑で奇妙な発音のため、再現できない。

 扉はそれを聞き分けたらしかった。

 すぐに金具の外れる音がして、扉が少し浮く。

 梅乗が礼を言うと、老人はやはり大儀そうに片手をあげ、ゆっくりと階段を上がって行った。

「ずいぶん難しい鍵ですね。どうしてこんな鍵なんですか」

 老人を見送ってから、私は尋ねた。

「飛華洞のどの部屋でも開く鍵だからです。洞主であるあの研究員しか発音できない」

「じゃあ、あの方に何かあったら」

「知りません。そもそも、声錠はあの方が若いころにお作りになったものです。自分が死んだ後のことまでは考えていないでしょう。ここはそういうところだ」

 梅乗は扉を引き、私たちを招き入れた。

 部屋の中は暗い。

 天井にあった明かりを点けても暗い感じがした。

 窓がないせいだろう。

 部屋は「山麓」の教室ほどもある。

 その中に白い布をかぶったものが無数にあった。

 一番近くにあった大きな布をめくってみる。

 途端、体が強張った。

 そこには巨大な私の顔が映っていた。

()(きよう)だな。真ん中がへこんでいる」

 楊淵季が覗き込んだ。

 手の平を当ててみると、確かに碗の中のようにへこんでいた。

「この手の鏡はものが大きく映る。逆に、真ん中がふくらんでいると小さく映る。しかし、これだけ大きな玻璃を綺麗にへこませるのは難しいだろうな」

 楊淵季が、火鏡の隣にあった布をめくった。

 そこには、大きな白い玉と、細長い線で繋がった黒い板があった。

「あれ、これ」

 私は白い玉をのぞき込む。

 玉には玻璃のはまった目があった。

「ああ、そうだな」

 楊淵季も懐から、やぐらで見つけた玉を取り出す。

 大きさは違うが、形は似ている。

「これは、何です?」

 淵季が梅乗を振り返る。

 梅乗はのぞき込んで、さあ、と言った。

「あなたがお持ちのもののほうが、ずいぶん小さいですね。どちらで手に入れられたのです?」

「武偉長殿が殺されたやぐらです」

「え? どうしてそのようなものを」

 梅乗の眉間に皺が寄った。

「諸事情あるんです。どなたか、わかりそうな人は」

「その手の研究は滅んでおります。どこかに研究日誌があれば、わかると思いますが」

 仕方なく、私たちは片っ端から白い布をめくり、日誌を探す。

「光を増幅させたり、それを別の所で再現できるような情報に変えたり、ということをしていたというのは、わかっているんだ。『術覧』で」

 いらいらしたように、楊淵季が言った。

「じゃあ、この玻璃の目で見たものを、こっちの板で再現してみせるとか」

「どうだろうな。……なあ、李三」

 急に呼ばれて、李三が肩を震わせた。

「な、何だよ」

「おまえの父上は、気をためる装置を改良したんだったな。こういう玉みたいなものは見た事がないか」

「ちょっと見せて」

 李三はこちらに近づいてくると、びくっとして立ち止まった。

「楊淵季、なんでそれ、持ってるの」

 李三の視線が、小さな白い玉に注がれていた。

「これは、龍鳳洞の近くにあるやぐらで見つけたんだ」

「そのまま、置いてあったわけじゃ」

「陸洋が箱を倒したときに、転がり出てきた」

 ずいぶんはしょった説明をして、淵季は小さな玉を懐にしまった。

 李三はしばらく、淵季の手元を見ていたが、ふうっと大きく息を吐くと、大きな白い玉に近づく。

「こっちのほうは、内部に気が溜まっていると思うな。そっちは」

 李三は黒い板をひっくり返した。

 そして、顔を近づけて見ている。

「あ、わかった。梅乗、針を持ってきて」

「私が、か」

「固いこと言わないでよ。早く針」

「なんで私が」

 梅乗はぶつぶつ言いながらも、引き出しから針を見つけ出して、李三に渡す。

「ありがとう。ほら、ここに小さな穴がある。だいたいこういうのはさ、ここを刺せば」

 李三は針を穴に差し込んだ。

 ぶつっ、という音がして、黒い板の表面が灰色になる。

 それから、板の表面に灰色の木の扉が映し出された。

「見たことがあるような」

 私はのぞき込む。

 すると、板の中に灰色をした人が現れ、顔を近づけてきた。

 淵季だ。

「うわ」

 慌てて離れて、淵季の姿を探す。

 彼は、大きな玉をのぞき込んでいた。

「へえ、この玉の見たものが、そのままそっちに映る、というわけか」

「……そういうことか」

 私は玉と板を見る。仕組みはわからなかったが、とりあえず、現象は理解した。

「この玉にもし、例の見えない光を増幅する装置が入っていたら、暗闇でも部屋にいる動物がどんなものがわかるな」

「それは、先代天君の、道術?」

「うかつに言うな。不敬罪だぞ」

 淵季が軽い調子で言った。

 視線を感じて振り返ると、梅乗が私を睨みつけている。

「……申し訳ない」

 私は思わず謝った。

「いえ」

 梅乗が鋭い視線のまま答えた。

 許す、という雰囲気ではなかった。

「でも、これは気で動いているのか?」

 話題を変えると、李三がついてきてくれた。

「うん。でも、もうすぐ切れると思うよ。何十年も使ってないからさ。中の気が、どっか、ばらばらになっちゃってるかも。父さんがそういうことがあるって言ってた」

「じゃあ、どうすれば、また動くようになるんだ」

「とりあえず、日光に当ててみれば? 太陽光から気を生み出す装置がついているかも」

「いきなり日に当てて、壊れたりしないかな」

「大丈夫。ここのものは案外丈夫だよ」

 李三が大きな玉に手を掛けた。私も、黒い板を持ち上げる。

「お待ちください」

 梅乗が両手を大きく広げた。

「ここのものを持ち出すわけにはいきません。李三。とりあえず、気を切ってくれ」

「えー……」

 李三が面白くなさそうに言った。

「切りなさい」

「……はーい」

 玉を机に置くと、李三は私から黒い板を受け取って、裏の穴に針を刺した。

 ぶつっと言って、板の表面は真っ黒になる。

「つまんないやつ」

 李三が、独り言というには大きな声でつぶやく。

「何だと」

 梅乗が詰め寄った。

 私は強引に二人の間に身体を割り込ませて、無理矢理笑顔をつくる。

「ええと、なんて言うか、ここのものは、何でも気で動くんですね」

「当たり前です。……()王朝では、(たきぎ)を燃やして料理を作っているとか」

 梅乗の目が、怒っている。

「ええ、だいたいは」

「なんて、野蛮な」

 低い威圧感のある声が、腹によく響く。

「そのくらいにしてあげてよ」李三が私の肩をつかんで言った。「そうだ、地下の工場に、今の天君が残した機械があったと思うけど」

「……いいだろう。では、行きますよ。異形殿」

 明らかに好意的ではない言い方をして、梅乗が背を向けた。

「ごめんね」

 李三が私の肩から手を離し、拝むように掌を合わせる。

「あいつ、前の天君を滅茶苦茶尊敬しているんだ。おじいさんが仕えていたんだって」

「ああ」

 私は馬虎飯店でのことを思い出し、宙を仰いだ。

「行こう。工場はけっこう、おもしろいよ」

「そうだな。今の天君の作ったものがあるっていうのは……淵季?」

 振り返ると、淵季は顎に手を遣り、さっきの装置をじっと見つめている。

「この白い大きな玉は、目の部分から取り入れた光を変化させて、この黒い線を通じてこっちの板に送っているんだよな」

 楊淵季は白い玉と黒い板を順番に指さした。

「そうだよ」

 李三が答えた。

「それって空を飛ばせないか」

 淵季が李三を見つめる。

「飛車に乗せるということ?」

「違う。光を変化させたものを飛ばせないか、と言ってるんだ。それを、どこかで受け取って、別のところに置かれた板で再現すれば」

「わからないよ。ほら、梅乗に置いて行かれちゃう」

「梅乗がどうかしたか」

「聞いてなかったの? 工場を案内してくれるってさ」

「ああ、そういうことか。わかった、行く」

 淵季は白い布を装置にかぶせてしまうと、さっさと部屋を出て行った。

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