第七章 大芙蓉棚(二十二)
「夕飯です。お開けください」
外から、梅乗の声と米の甘い匂いがした。
「うまい、うまい」
匂いをかぎつけたのか、鸚鵡が部屋を飛び回り始めた。
「こら、やめろ」
楊淵季が鸚鵡をつかまえているうちに、私は扉を開ける。
「どうぞ。それとも中で給仕しますか」
梅乗の目は血走っていた。
顔色もどす黒い。
「何か、ありましたか?」
「いえ」
返事の声は小さく、下の階から聞える妓女の声に紛れた。
きっともう、店では酒を楽しむような時間になっているのだろう。
料理を受け取り、卓に並べる。
相変わらずの野菜料理だった。
「ああ、もうすぐ、何虎敬が来るな」
楊淵季が、箸の先で野菜をつまむと、顔を近づけてかぶりつく。
私は顔をしかめた。
「淵季」
「何だ?」
「これは柔らかく煮てるだろ。こうしたほうが、着物が汚れないよ」
私は箸の先で野菜をほぐす。それから、一口大にして箸で持ち上げた。
「おまえ、器用だな」
「家ではこういう食べ方じゃなかったのか」
「いや。……そうか、おまえの家、名門だったな」
淵季が椅子を私の横に寄せた。
「教えてくれ。おもしろそうだ」
「おもしろいって」
何かが違う気がしたが、私はもう一度、野菜を箸で切ってみせる。
「ああ、陸洋、もう一度。今、箸にどのくらいの力を加えた? 角度は?」
「そんなこと考えたこともない。慣れだってば」
「俺は慣れてない。今、ここで分析して俺の手で再現してみせる」
淵季の灰色の目に、金色の光が宿っている。
私は求められるままに野菜を切ってみせた。
「もう一度」
うんざりしながら、何虎敬が「そのクチか」と言ったのを思い出す。
聞いた時には意味がつかめなかったが、今ならわかる気がする。
数回の後、淵季は言葉通り、食事の作法を会得した。
「こうだろ」
得意げに野菜を切ってみせる姿は、たぶん、私よりも数段、品があった。
作法の練習のような夕飯が終わっても、何虎敬が来る気配はなかった。




