329話 斬絵と遊ぶ?
当たり前のように俺が刀術スキルの使い手であると把握している『夜叉組』のお頭、九霧斬絵は『オルトロス一家』の2人がいる前でなんの警戒心もなく自分の獲物を見せつけてくる。
「ほれ、この刀はぬしと縁ある『武打ち人』より、刀術スキルは『スキル☆ジョージ』から購入したものじゃ。なかなかに重宝しておる」
彼女の左手に握られた武器は、刃の中央に空洞が伸びているデザインの刀だ。
あれは確か……俺が『風にそよぐ空魚』のウロコを『錬成・希少化』で三段階レア度アップにして作れた【浮遊水鉄】、それを元に打たれた最新の刀……。
「んん……『遊刀・空切丸』ですか。ガンテツさんの新作ですね」
かなりお高いお値段の武器だったはず。
それを購入できる財力を、のじゃ少女は持っていると。
「十中八九、この刀も刀術スキルも、おぬしが一枚かんでおるのじゃろ?」
ニパッと笑顔を咲かす九霧さん。
九霧さんといい、オルトロス一家の2人といい、この都市を根城にする傭兵はかなりの情報通らしい。
なんちゃって元男爵のペドさんとは大違いだ……。
ここでごまかしても意味はなさそうなので、素直に頷いておく。
「正直者は良い子なのじゃ。ならばここは刀術スキルの始祖に敬意を称して、タロしゃんに助太刀いたすのじゃ」
「いやいや、お前は初めから俺ら『オルトロス一家』と敵対してたろうが」
「駄犬がよく唸るのじゃ。ぬしらはラッキーのじじいより嫌いじゃからの」
「あっちは所詮NPCの一家だからな。後でどうにでもなるザコ敵より、厄介な方を先に潰したい気持ちはわかるぞ?」
「笑えるのじゃ。吠えたくば、斬絵のように1人でこの都市の二大罪の玉座についてからにするのじゃ」
ふむふむ。
【オルトロス一家】と【夜叉組】は険悪な関係にあると。
それに気がかりなのは、大罪の玉座? 称号みたいのを多く所持する勢力が、この都市の支配権と何か関係があるのだろうか?
俺はちらりと領主システムを見ては思考を巡らす。
となると必然的に残る大罪の玉座に着く者は――
「タロしゃん、ここは斬絵と共闘じゃの?」
「え、それは困ります。仲間が人質にとられてますので」
「むぅ、いけずじゃのう」
「だっはっはー! やっぱり、あんたみたいないい子ちゃんは、この都市に合わないぜ白銀の天使!」
グリードロアはゲラゲラと笑い、右手でいつからか持っていたキラキラと光る瓶を揺らす。
俺は彼が持っている物に目が行った途端、驚愕に染まった。
「ほう、さすがは白銀の天使だ。いいもん持ってるねぇ、なんちって」
彼の手には、複数人のHPとMPを同時に癒す『結晶ポーション』と、貴重な蘇生アイテム『迷いなき救いの紅水』が握られていたのだ。
いずれも俺が作り、俺のアイテムストレージ内に入っていたはずの代物だ。
「しっかしたまげたな。まさか傭兵を復活させるアイテムがあるなんてな」
彼は俺のアイテムをストレージに何食わぬ顔でしまってしまう。
一体どうやって……?
グリードロアと俺との距離は4メートルほどある。その距離を詰めた素振りは一切見せず、俺の物を盗み取るなんて……。
「【奈落】の土産だ、教えてやんよ。この都市では自分の一家以外、誰一人として信用しちゃいかんぜ」
「天使ちゃんが納得してくれたぽから、元の場所に帰すぽね」
「ぬ? 待つのじゃ、斬絵とぬしらの決闘は――」
「今は期じゃねえ、焦んなガキんちょ。お前も一緒に帰れや」
グリードロアの吐き捨てるような言葉を合図に、俺と九霧さんの足元に漆黒の沼が出現しては為す術もなく呑みこまれる。
二度目だから何が起きてるかは把握できたものの、このアビリティはかなり強力だ。
それにグリードロアの盗みも注意しなければ。こちらが気づけずに盗みが可能なら、おそらく攻撃だってできるはずだ。
何かの対応策を早急に見つけなければと思いながら視界が晴れるのを待つ。
「天士さま!? ご無事ですか!?」
「どうやらタロさんは私たちと同じく無傷ですわね」
「よかったあ……もうびっくりだったよね! 周りには怖そうな男の人がたくさんいて、大人しくしないとタロくんをどうにしかしちゃうって脅されて……」
周囲の景色が元に戻ると、仲間たちが開口一番に俺を心配してくれる。
「みんなも無事でよかったよ……」
しかし、俺が安堵の息をつくのはまだ早かったようだ。
なぜならみんなの視線が俺のすぐ背後の少女に集中していたからだ。
「こやつらは、タロしゃんのお仲間かの?」
どうやら彼女、九霧斬絵も俺と同じポイントに転移されてしまったようだ。
「ええっと、そうです」
彼女は俺たちにとって、どんなポジションなのかが掴めない。
敵対者でもなさそうだし、かといって協力者とも言えるほどでもない。
「あの、それじゃあ俺たちはこれで……」
無難に距離を空けるのがベストと判断した俺は、おずおずと別れを告げようとする。
しかし、彼女は屈託のない笑みでそれを遮った。
「斬絵もぬしらと遊びたいのじゃ!」
「それはどういう……」
意味があるのかと聞く前に、彼女は魅力的な答えを仄めかす。
「斬絵ならこの都市にすんごーっく、詳しいじゃッ! のじゃ!」
「ふむ……では、その代償として九霧さんが求めるものは……?」
「おぬしじゃ、タロしゃん。刀術スキルの皆伝者、タロしゃんがどんな人なのか知りたいのじゃ」
「ふむむ……」
「大丈夫じゃ。取って食ったりはせんのじゃ……たぶん」
いくら彼女が警戒すべき【夜叉組】のボスであろうと、この申し出は俺たちにとって美味しいものなのではないか? 彼女の要求はかなり曖昧なもので、それはつまりこちらの裁量で十分にコントロールできる。
ひらたく言えば、教えたくない秘密は漏らさず、聞かれても困らない程度の情報だけを提供する。
なんとも美味しい交渉じゃないか!
「あり、かもしれない……」
「じゃろ、じゃろー!?」
どうでもいいけど、この子は妙になれなれしい。
今も自然と俺にひっついてくるのだから、ミナの視線が痛いほど突き刺さってくる。
「天士さま……その、随分と仲睦まじいですね?」
「タロさん、そのお嬢さまはどなたかしら? タロさんよりは年上そうですが、私よりは年下?」
「ふーん、タロくんは少女趣味だったのかー」
何やら3人ともがあらぬ方向に誤解をしそうだったので、ここはしっかりと訂正しておかねば。
「えーっと、この子は……成り行きで一緒になった、九霧斬絵さんです」
「じゃの。【夜叉組】の頭をやってる者じゃ、よろしゅうじゃの! 年は13歳じゃ!」
「「「【夜叉組】!? ゴクドーの!?」」」
リリィさん、ミナ、トワさんの3人はヒグッと喉を鳴らして一歩引いた。
「【夜叉組】の女ボスだとおおおおお!?」
ちなみに案内人のバッカスじいさんは卒倒してしまった。
後に聞くと、どうやらファンだったらしい。
ふむ、この都市でもNPCの好感度が高いと武器になるのかもしれないな。




