328話 夜叉姫
「この【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】の支配権は、俺たち【奈落】がいただく」
グリードロアの宣言に、俺は内心の焦りをひた隠す。
支配権の話を持ち出してきたってことは、現在は俺がこの都市の領主である事実を知っているのか?
いや、事実上は少額の徴税権しか持たない身であるため、そこまでは知られていないのか?
疑念が次々と浮かび上がるばかりだが、下手に質問ができない状況でもある。
「キヒヒ。白銀の天使もNPCを支配下に置いてるらしいが、それはお前の専売特許じゃないんだよ」
グリードロアは自身の坊主頭を片手でゆっくりとなで、俺を見透かすような瞳で睥睨する。
俺の支配下、それが指すのはこの都市に関することか、それとも人狼や吸血鬼たちのことか判別を付けづらい。
「こーっちもだいぶ慎重になったぞ。ま、今回は他の一家より先んじてあんたに接触できたのは、プーアのおかげだな」
「あの小間使い、なかなか使えるぽ」
プーア……その名を聞いた瞬間、合点した。
彼は確かにオルトロス一家の傘下にいると言っていたし、何らかの方法で俺の事を伝えていたのか。しかし、思い返してみてもあの少年が、誰かと連絡を取っている素振りは見なかった。
一体、どうやって……?
「そう警戒するなよ」
そんな一言と共にグリードロアの姿が霞む。
否、彼は物凄いスピードでキューブの山の頂上から移動したのだ。
どうやら俺に接近してくると見え、後方へ素早く退く。
「ほう。このスピードに反応してくるなら、白銀の天使も素早さ重視のステータスか? 仲良くおそろいだな? なんちって」
彼は何の悪びれもなくキヒヒと笑う。
「警戒するなって言ってもこの状況じゃ、まあ無理か。でもな、白銀の天使。俺たちはおまえと話がしたいだけなんだ」
本当にただ話をしたいだけなら、こんな手段は絶対に取らないだろう。
「俺らも馬鹿じゃない。あんた、強いんだろ?」
彼の疑問に肯定も否定もしないで様子を窺う。
正直、この2人はペド元男爵とは比較にならないぐらい周到で、有無を言わさぬ実行力を持っている。
俺は完全に後手後手に回っている。
自分たちが圧倒的に有利な状況下に追い込み、しかも俺が何を、誰を大切にしているか正確に把握している。
その上で仲間と分断させ、精神的優位な立場での会話の申し出。
十中八九、俺に何かの要求を押し付けるのだろう。
……これが、この都市にいる傭兵のやり方か。
「何が望みなのですか?」
「んー話が早くて助かるな。こっちの要求はただ一つ」
俺の疑問にグリードロアは人指し指を立て、虚空を眺めながらニタッと笑う。
「闘技場イベント【夢と絶望が詰まった王冠】に出場するな」
ふむ。
ここにきてその要求が出るってことは、俺がこの都市の領主であるといった事実までは辿りつけていないようだ。
もし知っていたら、徴税権だけでも欲しいはず。
そうなれば対話よりも、今この場で俺をキルしにくるはずだし。
そして気になる点は、彼の言葉から察するに【夢と絶望が詰まった王冠】がこの都市の支配権と直結しているような言い方だな。
「どうして? 【夢と絶望が詰まった王冠】がこの都市の支配権と何か関係があるのですか?」
「……思っていたより情弱か」
俺の問いは、彼の独り言によってさらりと切り捨てられる。
「俺たちの要求はただ一つ。お前は闘技場イベントに参戦するなってことだな。これに関しちゃ、この都市の傭兵どもの大半は賛成だろうよ」
そういってチラリと虚空へ視線を飛ばすグリードロア。
俺も釣られて見れば、そこに水面が揺れるようにわずかな空気の歪みがあると気付いた。
「そこで小鳥みてえに、息を潜めてる【夜叉組】のボスさんもそうだろ?」
グリードロアが舌打ちをして虚空を睨めば、ゆらめきは激しくなる。それは霧のようなモヤに変化してゆき、ぐにゃりと光の屈折が生じた瞬間、1人の少女が姿を現した。
暗い紫の長髪を姫カットで整え、派手派手しい紅色の和羽織を着流す華奢な美少女だ。
あれは……【隠密】スキルの類と似ているが、どうにも完成度が格段に違う気がする。
かなり注視してなければ絶対そこに人がいるなんて気付けない代物だ。そんなアビリティを簡単に看破するグリードロアは相当な場数を踏んでいるようだし、それを行使する少女も強者のオーラを静かに纏っていた。
「……異論はないのじゃ」
ちょっとくぐもり気味の可愛らしい声で、俺の【夢と絶望が詰まった王冠】不参加に賛成する和羽織少女。
というかまさかの、のじゃ美少女って……色々とツッコミたくなるのをどうにか抑える。
「まあそういうこった。これは交渉、というか一方的な要求だがこれでも譲歩してるんだぞ? なにせシャバでは【首狩る酔狂共】と対立したくないし?」
グリードロアは和羽織少女を警戒しながらも話を進める。
「白銀の天使。おまえが俺たちの提示した条件を呑むなら、お仲間に余計な真似はしないぜ? この都市のNPCをけしかけて執拗に狙い続ける、なんて不作法な絡みとかな?」
「ッッ!」
「お前さんだけならなんとか耐えしのぐかもしれないが、お仲間はどうなるだろうな? 手始めに、別の場所に拉致されたお仲間をキルしちまうってのもありだ。もちろんお仲間が無事に解放されるかどうかは、お前の選択にかかってるぞ」
俺は頷くしかなかった。
本当はセバスから聞いていた、オルトロス一家が発掘したという『禁史書』や『古代の石板』について探りを入れたかった。なにせ『魔法の文字盤』作成の手がかりとなる遺物を所持している本人たちは、盗掘品をゴミ同然と扱っているらしいし……。
だが、下手に藪をつついて警戒されるのは得策でないように感じた。
『どうして俺たちがガラクタを持っていると知ってる?』なんて問い詰められたり、深読みされそうだったから。
何より今は弱みを握られている以上、余計な事は言わない方がいい。
「わかりました。俺は【夢と絶望が詰まった王冠】に出場しないと約束します」
「闘技場イベントへの不参加表明、ありがとうよ。まあ正直なところ、あんたごときに構ってる暇はなくてな。そもそもあんたは、この都市のやり方をわかっちゃいねえ」
「天使ちゃんは、こんな所にいちゃダメだぽ」
「そうだな。対峙してみてわかったが、あんたみたいな甘ちゃんはこの都市には合わねえよ。あれぐらい狡猾じゃなきゃ、やってらんねえよ」
そう言ってく和羽織少女に視線を戻すグリードロア。
「試しにノーモーションで動いてみりゃあ、案の定ぶれを感知したってわけだが。おい九霧、どうやってこの【ダイス宮】まで潜り込んだ?」
「うちの手下をキルったぽ、か?」
「柔い敵じゃった、のじゃ」
九霧と呼ばれた美少女は凛とした態度で、【オルトロス一家】のボスとナンバー2に答える。
というか、うん……。
のじゃ、言い慣れてないのじゃね。
「何の用でここまで乗り込んできたのか知らんけど、この落とし前は後でたっぷりしてやるぞー」
「新興が調子にのると痛い目にあうぽよ」
ドスの効いた台詞を浴びせられているのに、和羽織さんは完全にスルーして何故か俺へと歩を進める。
どうにも……どう動けばいいのか判断しづらい状況が続くなあと苦心しつつ、俺は彼女の接近を許した。
「ぬしが……九城先輩の……」
ギリギリ聞き取れるぐらいの声音で彼女は何かをポツリと呟いた。
それから不意に彼女は右手を差しだし、握手を求めてきた。
「うちは九霧斬絵。この都市では【憤怒】と【虚飾】の座につく、【夜叉組】の頭なのじゃ」
「えっと、俺はタロです」
警戒しつつも握手を交わす。
「ぬしと同じく、刀術スキル使いの傭兵なのじゃ。よろしくじゃ……よろしくなのじゃ」
清々しい笑みを向けてくる【夜叉組】のお頭を見て、俺は思う。
くううううううううう……。
本当に色々とツッコミ所があるというか、聞きたい事が山ほどあるのだけれど……!
ここは辛抱の時なのじゃ!
ぐっと口元を引き結んだ。
九霧斬絵も、いただいたご感想を元にアレンジして登場させてみました。
ありがとうございます。




