327話 強欲と貪食の大罪王
「タロさん……まずい相手がいらっしゃいますわ」
極わずかな小声でリリィさんがそっと耳打ちしてきたのは、天高くそびえる黒いオブジェクト【黙約と裁魂の塔】をNPCのバッカスじいさんに案内してもらっている最中だった。
「私たちの左斜め後ろに、犯罪傭兵の中でも指折りの殿方たちがいらっしゃいますわ」
リリィさんは一部の傭兵たちの間で【賊魔リリィ】と呼ばれている。なぜなら以前は、ダンジョン内で宝箱を発見した途端、一緒にPTを組んでいた男性傭兵を背後からキルして報酬を全て我が物にしていたからだ。
普段から露出の高い装備を好むリリィさんだが、彼女いわく『こちらの服装だと殿方が釣れますのよ』とふてぶてしく笑っていた。
さて、ちょっと傭兵の闇社会に詳しい彼女が警鐘を鳴らす相手とは如何なる人物か。
ここで不自然に背後を振り向くのはためらわれたので、代わりに仲間へいつでも戦闘態勢に入れるように伝えておく。
「ミナ、トワさん。どうやら複数人につけられてるみたいだから、警戒して」
実はリリィさんに指摘をもらう前から、どうにもきな臭い視線を飛ばしてきたり、不穏な動きをする傭兵が後を絶たない。
俺が過敏になりすぎているのかもしれないが……都市に入ったと同時に忍ばせておいた【月華の人狼】たちからも、スキル【群れの長】を通じて俺達を尾行するグループが存在すると言われている。
「ぽ、やっぱり白銀の天使ちゃんぽね……」
そいつの声は、何の前触れもなく唐突に耳元で鳴り響いた。
完全に意表を突かれ、背後を取られたと悟ればゾワリと悪寒が走る。
本来であればあり得ない現象に一瞬の思考停止を余儀なくされる。なぜなら、配置しておいた【月華の人狼】たちの視界からは、俺達はどの傭兵からもそれなりの距離があったはずだ。
それをノーモーションで詰められたのだ。
どうにか驚きを振り切った俺は、【月華の人狼】たちへ即座に応戦の合図を送る。
すで俺の影に潜んでいた【貴族位吸血鬼】たちも危機を察知して顕現してくれるが――
「大罪スキル【貪食】……吸い、喰らうぽ」
そいつのアビリティ発動の方が遥かに早かった。
完璧な不意打ちもそうだが、何より一瞬だけ生まれた間隙が痛かった。
相手はものの見事にその瞬間を見逃しはしなかったのだ。
「――『奈落の口づけ』ぽ」
やつがそう口走った時から、石畳に大きな闇が広がる。
それはまるでタールをぶちまけた沼のように辺り一帯を侵食し、俺達四人の足元に生じた。
次いで視界は一機に暗転し、真っ黒に塗り潰される。
「――吹き出すぽ、『奈落の鼻』」
完璧に後手に回ってしまったと痛感した矢先、そいつの声が再び囁かれると視界の暗闇は晴れていく。
だが、目の前には安心とは無縁極まりない光景が広がっていた。
「キヒヒ……【奈落】へ、ドポンッ。ようこそ、白銀の天使」
そうして俺を出迎えたのは、黒いファーコートに身を包む坊主頭の男だった。
しかもただの坊主ではない。なんだかいかつい剃り込みが入っていたり、喋るときにわずかに見えた舌ピアスがその男をチンピラと物語っている。
――いや、ただのチンピラ風情ではないはずだ。
男は、一辺が1メートルほどある真四角のオブジェクトを何十個も積み上げられた頂上に座り、不遜な眼差しを向けているのだ。まるで透明に輝くダイスで作られた山の玉座に、横柄に居座る態度はそいつが王であると言わんばかりの雰囲気を演出している。
みんなはどうしたのかと疑問に思って周囲を見渡せば、リリィさんやトワさん、ミナの姿はなかった。ただあるのは、真四角のオブジェクトが壁のようにひしめき合って出口すらない閉鎖的な景色だ。どうやらここは筒状の空間であり……俺は強制転移らしきアビリティをくらってしまったようだ。
「天使が【奈落】に堕ちてきたあ。さしずめ堕天使になったとか? なんちって」
「おもしろくないからやめろぽ」
「キヒヒヒッ」
そんないかつめ坊主さんを嗜めるのは、かなりのぽっちゃりさんだ。
その特徴的なキーキー声は、先ほど耳にしたばかりのもので、おそらく俺をこの場に転移させた張本人だろう。
「グリードロア、なるべく天使ちゃんに手荒なことはよしてぽ」
俺を攫った本人であるぽっちゃりさんが、いかつめ坊主さんにそんな事を言う。
「キヒッ、うるせえよブタが」
「ぽっ! 言っとくけど天使ちゃんを連れてこれたのは、ボクちんのおかげだって忘れないでほしいぽ」
「ったく、うるせえな……わかったよグラトニオ。お前のご希望通り、譲歩はしてやる」
NPCにしてはやけに人間味のあるやり取りを交わす2人だ。
そんな風に観察しながら自分の手札を確認しておく。
まずい事に【月華の人狼】もいなければ【貴族位吸血鬼】もあの場に置き去りになってしまっている。今回は【貴族位吸血鬼】の即時顕現が裏目に出てしまった。
持てる対抗手段は己が持つ錬金術のみと、フゥ、ブルーホワイトたん、か。
覚悟を以って2人を見つめれば、『さて』と前置きを入れるいかつめ坊主さん。
「あんたのお仲間はそれぞれ別のところにいる。もちろん俺らの手下がわんさかいる場所だ」
「ぽ、天使ちゃんごめんぽ……」
「んで、そこんとこを十分に踏まえた上で――」
いかつめ坊主さんは両手を広げ、にやけながら舌ピアスをちらつかせる。
「対話をしようか、白銀の天使」
「対話?」
戦うのではなく、対話。
ギャングらしからぬ言動に首を傾げる。
「ああ。俺たち仲良く傭兵同士な? なんちって」
いかつめ坊主さんの言に、俺は今更ながらの事実に気付く。
「キヒヒ。まずは自己紹介からだな。俺はこの都市の【強欲】の座につきし男、『オルトロス一家』のボス、『盗掘王』だ」
「ボクちんは【貪食】の座につきし者、同じく『オルトロス一家』のナンバー2、『暴食王』だぽ」
よくよく聞けばぽっちゃりさんの方は、どこかで聞き覚えのある声主だった。どこで耳にしたのかは思い出せない……強制転移なんて強力なスキルの持つ主であれば記憶に鮮明に残ってるはずなのに……。
ん、そういえば前に晃夜が、ミケランジェロで転移アビリティを行使する傭兵に俺との関係性を問い詰められ、ボコボコにされたって言ってたけど……まさか、同一人物じゃないよな!?
「んで、まあ結論から言えば――」
彼らが、俺の名乗りを待たずに話を進める真意は明白だった。
俺の意見は必要のない対話だからだ。
最初から最後まであちらのペースでやる気満々、一切の譲歩はないといった意思が伝わってくる。
「この【鉄と鎖の腐敗都市ギルディガリオン】の支配権は、俺たち【奈落】がいただく」
以前、読者さまから頂いたご感想に【七大罪系】を出してほしいとのご要望がありましたので、登場させてみました!
素敵な感想をありがとうございます。




