255話 星々の終息地
どうしても文字で表現するのが難しい点があったので、、、
今回は簡易的に描いたイラストを載せます。
「大きく、暗く、遠い……これが錬金術の深淵なのか?」
『星空製造所』、とはよく言ったものだと、目の前の光景を見て感嘆の吐息をもらす。
天にも届かんばかりに上へと伸びる巨塔の正体、その内部は漆黒に包まれた円筒だ。塔そのものが夜空を体現しているのか、縦や横、奥行きと距離感が掴めなくなるほどの闇が広がっていた。
「かすかに揺らめく光……ガラスか?」
真っ黒な世界を照らすようにして、俺達の開いた扉から夕日が入り込む。その流れにそって、キラリと光沢をにじませる、薄い板のようなものが壁沿いに何個も突き出ているのに気付く。どうやら巨塔を螺旋状に昇るための階段になっているようだ。
よくよく壁際以外もつぶさに観察すると無色透明な何かが、いくつも釣り下がっている。片手望遠鏡でそれらを見れば、幾何学模様がびっしりと掘り込まれた大きな円盤だったり……クリスタルが無規則に張り巡らされ、巨大な木の根みたいな物もある。
「お兄ちゃん、ウィンドチャイム?」
金色の延べ棒が何十本も並び、糸によって吊るされている楽器。手で触れればシャラシャラーっと心地よい音を鳴らす、そんな素敵楽器に良く似た物を見つけ、エルがじーっと眺めている。
「音楽室とかにあるやつか、確かに似てるな。でも金色の金属ではない、か……あれも透明だ」
サイズもかなり大きめで一本3メートルほどはありそうだ。中には細かな気泡のような物がたくさん浮かんでいて、光が当たればさぞ綺麗に見えることだろう。他にも、青いモルフォ蝶が閉じ込められている結晶など、美しく、用途不明な物ばかりが無数に吊るされている。
「虚空に浮かぶ神秘。目を惹かれる物がたくさんだな」
夢中になって観察していると、背後で扉がしまる音が響く。
振り返ってみれば、どうやらエルが閉ざしたようだ。
「……何も、変わらない」
「ふふ、エルも探求や実験の楽しさがわかってきたのか?」
扉を閉めて完全なる暗闇をもたらしてしまえば、塔内部に何か変化があると思ったのだろうか。いい着眼点でもあるし、その好奇心旺盛な行動は兄として推進すべきだ。この調子なら、やがてはエルに錬金術の手ほどきをする日も遠くないかもしれない、と内心で期待が膨らむ。そうだ、姉にエルを戦闘狂なんかに仕立てられてなるものか。
「んー、何も起きない。つまらない」
くっ。
このままでは妹の関心が戦闘一択になってしまう。俺はそんな悲劇を阻止するために、面白いものはないかと改めて周囲を見渡す。すると塔内部のはるか上空に淡い金色の光を灯す何かを見つけた。
「エル。あれを見てごらん。あれのおかげで、ここは真っ暗闇にはならないんだ」
「あれ、なに?」
「わからない。気になるなら近付いてみよう」
義妹の好奇心を煽るように、俺は壁際から飛び出ているガラス板の階段を指差す。エルが何度もコクコクと頷くものだから、笑いを堪えるのが難しい。
「ふふ。慌てずにいこう、初めて来る場所だし」
「うん」
俺達は慎重にガラス板の階段を一段一段と昇ってゆく。
一体、あの金光を帯びた物体は何なのか……逸る気持ちを抑えながらエルの手を握りながら先導する。
そうして30メートルほどの高さを昇り切っただろうか。周囲が暗くてわかりづらいが、だいぶ高所に来たことには変わりなく、下を見るのがちょっと怖い。その分、上を見る楽しみは増えた。謎の光源の全容が窺える距離になったからだ。
「鎖で吊るされた……あれは巨大なペンダント?」
「綺麗……」
球状の大きな青宝石を中心に、細い金属が取り巻くようにして絡み合っている。その装用は分度器の内側をくり抜いたようなデザインで、細かな文様がびっしりと刻まれている。
暗闇の中にある唯一の光。それはか細くも確かな輝きを宿していた。
「お兄ちゃん、天井が……」
エルの指摘に釣られて、俺は塔のさらなる上へと目を向ける。本当はかなり大きな天井だろうが、高さがあるのでここからだと小さく見える。丸い天井は少しずつ横にずれ、そこからわずかに青みの含んだ黒が広がっていく。おそらくは夜空だろう。
「いつの間にか、クラン・クランも夜になっていたのか」
そこからうっすらと光りが差し込む。
それは星々がもたらしたものなのか、薄闇の夜空には小さな光点がかすかに見える。
「ッッ!」
そこからの変化は劇的だった。塔内部に吊るされた結晶物の様々が、星の光を浴びた瞬間――
様々な色彩を放ち、変貌していったのだ。
気泡は星々のように輝き、ウィンドチャイムはまるで天の川のようだった。木の根のようだったクリスタルは星雲のごとき煌めきを灯し、幾重にも星光を運んでゆく。
組み立てられる星座、広がる星屑。流れる天の川、ふくらむ星雲。クリスタル内部にその光たちは留まらず、虚空へと散りばめられては、宙空に漂う星々へと様変わりするのだ。
そこには一つの宇宙が……わずかな星の光だけを頼りに、いくつもの星々が生まれ、走り、反射しては新しい世界が築き上げられてゆく。
……これを創った人物は天才としか言いようがない。
計算しつくされた完璧な位置取り、デザイン、光の反射角度、星が差し込む通り道から抜け道、逃げ道、拡散法。
「塔の天井から覗く星空は時間によって変化するはず。差し込む光の角度も変わるというのに……その変化すらも、把握して……刻一刻と塔内部にできた宇宙の模様を変えるというのか……」
目の前に起きている事象は、まさに宇宙の創造。星空の製造だ。
めぐるめく煌めきの変化に、感動のあまり頭が追いついてこない。
「これが『世界を創る』……創世の錬金術士」
創世の一端に触れる。
これはまぎれもなく、創世の錬金術士ノア・ワールドが絡んだ一件であると確信した。
◇
衝撃から立ち直った俺は、その美し過ぎる光景を前にただ棒立ちになるのをやめた。
一人の錬金術士として観察と分析を開始しなければと思い立ち、光の流れを追う。するとある事に気付いた。
それは先程、俺達が注目していた鎖で吊るされたペンダントだ。この空間を走る全ての光が一度は必ずあそこに集束し、そして再び周囲へと放たれているのだ。その光の道筋が更なる輝きを創り出し、新たな星空を生成してゆくのだ。
もしやと思い、俺はエルの手を取りながら階段を駆けてゆく。
そうしてその巨大なペンダントが吊るされたもとへと辿り着けば、案の定といったログが流れた。
:『星々の終息地』を手に入れますか?:
:はい or いいえ:
俺は選択肢を眺めた後に、とある装備を発動させる。
それは『青き賢者の恩寵』【指輪】だ。
『もしもし、ミソラさん?』
『あるれ、あれれ。その声はタロちゃんだね、タロちゃんだよね?』
いつになく陽気でぽやっとした声が俺の脳裏に響く。この装備を使えばNPC賢者ミソラと通話ができるのだ。
『はい、タロです。ミソラさんが以前に言っていた【星々の光を集束する装置】っていうのは【星々の終息地】って装置で合ってますか?』
『さすがだね、さすがだよタロちゃん。もう見つけちゃったのか』
『やっぱりそうでしたか……』
『どうかな? どうだったかな? ノア・ワールドが創った星空製造所は』
『……す、すごいと思います。あの、扉にはノア・フィヨルドって名前があったのですが……』
『ほむふむ。あれはノアの学院時代の名前だよ。創世の名を神智より受け継いで、改名する前の名だね』
やはりここはノア・ワールド本人が創った施設だったのか。
しかし、こんな場を作って何の研究をしていたのか気になる。見た所、物色できそうな文献やデータ、アイテムや装置などは『星々の終息地』以外には見当たらない。
逆に言えば、賢者ミソラさんがこの装置を必要とするのがわかっていたかのように、綺麗さっぱり『星々の終息地』しか残されてないのだ。
『学院……ミソラさんとノアさんってどんな関係なのですか?』
『ほむふむ。ただの同級生さ、同級生だよ』
同級生! これはちょっと予想外だ。
『あ、あの……デイモンド、という名に聞き覚えはありますか?』
つい気になってしまい、リッチー師匠の名を口に出してしまう。
『んん……デイモンド? うーん、ふーん……あぁ、あっ! 神智の錬金術士ニューエイジ・サンジェルマンの助手をしていたあの青年かな? だよね? あんまり優秀ではないって印象だったかな? そうだったよ』
ミソラさんからしたら、リッチー師匠ですら出来が良くないと……すごい高次元な価値基準だ。
それはそうと気になる点が一つあった。『創世』という名は襲名制のように思える。前代が神智の錬金術士ニューエイジ・サンジェルマン。今代がノア・ワールド。であるならば、ノアの襲名前の称号は何だったのか聞いてみたくなった。
『あの、ミソラさん。ノアさんが【創世】の名を継ぐ前は、なんという錬金術士だったのですか?』
『【絶淵】とか【天災】とか呼ばれていたけど、一番は【創憎の錬金術士ノア・フィヨルド】が主流だったかしら、だったかな』
『そうぞう?』
『うんうん。ノアは常に世界を憎んでいたよ。そして憎しみを創り、憎しみを生み出し、憎しみをばらまくのが得意だったかな? だったはずだよ』
そんな人物が……こんなにも美しい空間を創り出せるのか……?
おそらくだが、この【星々の終息地】という装置をここから取ってしまったら、『星空製造所』は機能しなくなってしまいそうだ。あれがここの中心であることは間違いない。
憎しみを生みだす事が得意だったノアさんが……誰が目にしても感動を残すような星空を創ったのには、きっと何か大切な意味が込められているような気がした。
それを壊してはいけないと、俺の中の何かがそう叫ぶ。
そして単純に、こんな素晴らしい場所を崩壊させるのは良くないという思いもあった。
だから俺はダメ元でこの依頼を前提から覆してしまうような提案をしたくなった。
『あの……【星々の終息地】をここから持ちだすのは、ダメな事かと。せっかくの【星空製造所】が……ここの美しさは失われてはいけないような気がします』
『タロちゃんならそう言い出すと思ってね、思ったよ』
だからタロちゃんに頼んだ、と言うミソラさん。
『わたしが、ボクが、使い終わったら。その装置を元の場所に戻してくれるかな? くれるよね?』
『そういう事なら、もちろんです』
そう答えた俺に対し、満足そうな声音でミソラさんはお礼を言ってきた。それから、一旦エルには俺の領地へと戻ってもらい『クリステアリーのブローチ』を使ってミソラさんに会いに行った。
『星々の終息地』を渡せば、ミソラさんは感慨深そうに受け取ると『よくできました』と褒めてくれる。
「ではおつかいの報酬をあげないとだね、あげちゃうよ」
「いや、別に俺は……『歯車の古巣』に行けただけでも、だいぶ色々な物を手に入れる事ができましたし」
「ほむふむ。でもタロちゃんはノアに興味がありそうだったからね。これは、ノアを追うのにきっと役立つでしょう、役に立つよ」
正直、そんな風に言われてしまえば、断る理由が俺の中で霧散してしまう。ノアに関すること、つまりは錬金術の奥義に近しいことでもあるのだ。
「世界の謎を解くには、これがタロちゃんには必須だろうね」
青髪の魔女は予言めいた口調でとある物を渡してくる。
渡された物を見れば、それは白と黒のオカリナだった。
『愛憎の絆笛』
【『創世』を担う新星が持つ不思議な笛。錬金術士が辿り着く狂地の果て、【秘密結社『創世』】に関する研究室への扉を開くための奏錠ができる。愛が先か、破壊をもたらすのが先か、それは奏者によって異なるであろう】
【発動条件:知力500以上】
研究室への扉を開く……?
これって……もしや、リッチー師匠の工房にあった開かずのドアをどうにかできる代物じゃ?
期待に胸が高鳴る半面、ひっかかりを覚える点もあった。
愛する者を復活させるために『東の巨人王国』を滅ぼしたリッチー師匠を思い浮かべ、俺はじっとそのオカリナを見つめる。
「わたしの助手に、これぐらいのプレゼントはしてあげないとね」
にこりと笑うミソラさんは、晴れ渡った青空のように清々しかった。
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