254話 狂気を従える錬金術士
平成最後の更新……何とか間に合いました。
「生産祭りじゃー!」
購入した『小太刀・諌めの宵』を研究員NPCたちに装備させ、愛着度を高めるのを狙う。そしてコロンたちには、『上質な水』や『汚水』を作らせる他、『雑草』を上位変換させて『清潔な草』も作らせておく。
『翡翠の涙』を大量生産する下地を整え、あとはNPCたちのレベルが上がるのを待つばかり。NPCたちが『合成』を習得した時、我が研究所が世界に変革をもたらすときだ。
「っと、他人を使ってばかりでは所長の名が廃る」
俺自身、自分の研究を深めなくては。
【血濡れた永久瓶】で育てておいた彩菌の具合はどうだろうか、と思い立ち『鑑定眼』で見てみると――
【彩菌:新月色】
【感染力:8】
【繁殖力:2】
【順応性:10】
【効能:『菌種・狂気』に感染した人狼種を、理性を失わせることなく進化させる。また、このウィルス作成者への従属本能を植え付ける魔力が付与されている。人狼以外が感染すると、状態異常:『狂戦士』を付与する蓄積値がたまる】
「……これさえあれば、あの驚異的な種族を傘下に治めることができる……?」
【月光石】は、おそらく人狼が狂化して変身するときのトリガー、月光が。
【星水】からは進化を。
【錆びぬ賢狼の血】からは狂化を抑える理性・従順を。
【結晶花】には魔力増幅が。
それぞれの要素が絡み合い、上手く人狼を進化させる彩菌ができてしまった。
「錬金術によって人狼族は我が手に堕ちる……クククク……」
「お兄ちゃん、やばい、へん」
「お、エル戻って来てたのか」
しばらくログアウトしていた義妹のミシェルことエルが帰って来たようだ。
「うん。お花つみ、帰還」
「そんな報告はしなくていい」
「それで、おクスリ、できたの?」
期待の眼差しをエルに向けられ、俺は思わずたじろいでしまう。
「うっ」
人狼たちをより強化する彩菌を作っちゃった、なんて言い辛い雰囲気だ。なにせ元々はウィルスに感染してしまったNPCたちを救うためのワクチン作りが目的だと、エルには伝えてある。
その心に嘘偽りはなかったものの、この彩菌は素晴らしい効能であると思う。
だけど義妹の手前、兄としてNPCを救わず凶暴化させるウィルスを作ってやったぜゲハハとは言えない。
「…………もう少しで完成だ」
「さすが、お兄ちゃん」
ぐっ。
胸が痛む。
ミシェルは昔から疑うことを知らず、常に俺や姉の言う事を素直に聞いてくれた。
そんな純粋な義妹をごまかし続けるのは非常に心苦しい。なので俺は、エルの期待に応えるべく動きだす他ない。嘘を真実に変えてしまえば問題ないのだ。
「そう言えば、【血】=彩菌生成に囚われすぎていたな……」
単純に合成はどうだろうかと試す。
特に食人魔から取れた【亡者の肉】と【星水】の相性なんかいいんじゃないかと思い立つ。一度死んだ者の身体を強制的に動かし、なおかつ麻痺属性を持つ血液。それを進化させる水。
なかなかの良案だと思ったが……合成釜に【亡者の血】を入れた後に【星水】を掲げたところ、釜の中はじんわりと曇った。
「【星水】では相性が悪い……?」
一度、合成を中止し、しばらく考え込む。
【星水】でダメなら一段階レア度の低い【聖水】なんかはどうだろうか?
俺は【星水】を『銅の天秤』で下位変換し、【聖水】×10を作ってみる。
『聖水』
【魔を浄化する聖なる水。アンデッドや死霊系統に対し、強力な浄化効果を発揮する。さらに『虹色の女神教典』の一説によると、聖者の傷を癒し仮死状態にある者ですら回復するという逸話を持つ】
「まさか……蘇生?」
俺は即座に【亡者の血】と【聖水】を合成する。
そしてしばらくかき混ぜ棒で、こねこねすること1分。
:【亡者の血】+【聖水】 → 【迷いなき救いの紅水】:
:【迷いなき救いの紅水】ができあがりました:
『迷いなき救いの紅水』
【命を弄ばれ、食肉欲に囚われた迷いある魂を救済する聖水。死した身体すらも強制的に動かす強力な祝福が込められ、『肉喰らい』という呪われた本能も浄化する】
【効果:NPCに対し『菌種・肉喰らい』に感染した者のみ復活させる事ができる】
【効果:キルされた傭兵に対し、キルされてから15秒以内に使用すれば復活できる。復活後、状態異常【弱体】が2分と、【部位麻痺】が1分かかる (リキャストタイム1時間)】
デバフ【弱体】は全ステータスが70%になってしまうもの。【部位麻痺】はその名の通り、四肢のいずれか一カ所が動かなくなるもの。足とかだったら致命的だけど、片腕ぐらいだったらどうにか戦闘へ復帰できる。
「ここに救済の血が、錬金術によってもたらされた……」
ついに傭兵復活アイテムが完成したのだ。
デバフや状態異常がついてしまうため、完全な復活アイテムとは言い難いが……リッチー師匠が追い求めていた、死者蘇生の一端に触れることができたのだ。
「また不気味。笑ってるの?」
これが笑わずにいられるかエルよ。
「食人種の方のワクチンは完成したぞ」
「お兄ちゃん、天才」
「ふふふ。あとは人狼の方だな……」
やはり、人狼関係は【錆びぬ賢狼の血】や『太古の賢狼【化石】【両手足】』などが採取できた、『歯車の古巣』に何かありそうだ。
「【菌種:狂気】のワクチン製作のヒントは、『歯車の古巣』にあるだろうな」
そうとなれば、手早くエルと共に彼の地へ向かう。
今回はエルに、戦闘は避けるようにと強く言い聞かせ、滅びた都市の散策を優先する。前回、大量に稼いだ経験値を少しずつ消費し、『盤上に踊る戦場遊戯』の盤上に浮かぶ敵の位置を把握しながら、『魔導機甲都市』の内部へと進む。
そうしてミソラさんの『星の光を集束する装置』の回収依頼とも関係のある場所へと辿り着く。
星々の光を取り込もうとして伸ばされた、五つの塔。『五亡星の劣塔』、その中心には、天にも届かんばかりにそびえる真っ黒な『星空製造所』がある。
「お兄ちゃん、この橋を渡る?」
「あぁ。だがその前に……」
五つの塔からは『星空に駆ける橋』という空中回廊が、『星空製造所』へと伸ばされている。
俺とエルは、まさにその手前で足踏みをしている。
なぜなら体長5メートル以上にも及ぶ、【機甲星竜】の群れが『星空に駆ける橋』
周辺を飛び回っているからだ。鋭い羽ばたきで豪風を生みだし、流星のごとく大空を駆ける様は、まさに飛竜。
あれら群れの中を無事に通過するなど不可能に見える。
だが、俺には【錆びぬ賢狼の血】で作った彩菌がある。『歯車の古巣』に住んでいた人々によって、あの血には『機甲獣』に主人が誰かを把握させるための従順性を植え付ける油が混入されている。
そんな血液を元に作った彩菌であるならば――
俺は義妹の前で臆することなく叫ぶ。
「――『彩菌に飢える天動球』――!」
無数の電球が虚空より俺の背後へと垂れ下がる。
その一つ一つに彩菌を食わせてやるように、【彩菌:新月色】を『血濡れた永久瓶』より解き放つ。
【彩菌:新月色】
【感染力:8 → 3】
【繁殖力:2 → 0】
【順応性:10→ 4】
大気中に散布された彩菌は大幅に感染力を失う。
しかしそれら彩菌を吸収しては調整し、環境と適合させてから野に放つのが『彩菌に飢える天動球』の真骨頂。
黒と紫に明滅する電球群を見て微笑む。風に吹かれて今にも消えてしまいそうな光源たちだが、これをどうにかするのが俺の役目だ。
「たかだか、狂気をばらまく程度なら俺にだってできる。だが、俺はその上を――狂戦士どもの玉座に君臨する」
それが俺の、錬金術師としての歩むべき覇道。
そう意気込み、【彩菌:新月色】への調整を行う。
:原環境【黒風光】:
:気温【17度】:
:複合可能な大気成分値【風値12】【暖値3】【冷値7】【機甲値9】【魔素値2】より、10値まで可能:
強い風、高所、そして空飛ぶ機甲獣たち。これら三要素を優先的に彩菌へと流しこめば、感染力も自ずと上昇するはず。なので【風値】3【冷値】2【機甲値】5を追加する。
そして天動球の数値に目を通せば――
【彩菌:新月色】
【感染力:3 → 7】
【繁殖力:0 → 4】
【順応性:4 → 10】
目論見通りの結果が出たので、俺は各天動球がトレースした箇所へと彩菌をばらまくように設定。
その全ては一本の橋、『星空に駆ける橋』へと定める。
白亜の大理石で作られたような頑丈な橋に、天動球より光が降り注ぐ。やがてそこには黒水晶状のキノコがにょっきりと生えてくる。予想以上に大きく、1メートルから2メートルほどの巨大キノコでちょっと不気味だ。そんな黒水晶のキノコは、夜の粉をまき散らすようにして大気へ胞子を飛ばす。
その粒子に触れた『機甲星竜』たちは甲高く叫び、まるで興奮しているようかのように飛行速度を上げる。
「エル、いくよ」
「えっ、でも……鳥さんたち、怒ってる」
「大丈夫だから」
「あぶない、危険」
エルからすれば『機甲星竜』の目は赤く光り、飛竜は怒りに燃える瞳をこちらに向けているかのように思えるだろう。しかしあれは【彩菌:新月色】がもたらした『狂戦士』状態に他ならないだろう。
本来、傭兵の状態異常『狂戦士』は、力・素早さ・魔力が1.5倍に膨れ上がる代わりに、特定のアビリティが使用できなくなり、視界に映る者全てが敵として見える。聴覚なども狂い、味方と判別できる要素が一切遮断されるのだ。フレンドチャットなども一時的に使用不可になる。
そんな『狂戦士』の症状が『機甲星竜』に出ているのならば……主だけは誰なのかを、ちゃんと植え付けられているはずだ。矛盾し、相反する効果がぶつかり合うのに不安はある。
だが、ここまで来たからには自分の錬金術を信じるのみ。
「エル。ダメだったときは逃げればいい」
そう言って義妹の手を取り、俺は橋の上を進む。
俺達二人が先を進む度に、『機甲星竜』は滑空し、すぐ傍で制止しては橋の両端へと着地してゆく。しかしそれ以上は何もしてこず、激しい咆哮を上げては頭を垂れるのみ。
次々と『機甲星竜』たちが集まってくるも、【彩菌:新月色】に感染した効果は大きく、俺たちは無傷だ。
代わりに『機甲星竜』同士で争い、地へと落ちゆく個体も現れ始める。俺の歩みは『機甲星竜』の屍を生み、飛竜たちが作るアーチの中を進むようにして『星空に駆ける橋』を渡りきる。
「お兄ちゃん、すごい」
「これが錬金術の力だ」
凶暴化する機甲星竜。
だが俺だけは主と認識し、襲ってはこない。PT内にいるエルも効果範囲内だ。
ここに俺だけの、不可侵な『星空製造所』ができあがってしまったようだ。
「ふふふ……」
「あの子たち、ずっと暴れる?」
「黒いキノコがなくなって、狂戦士の蓄積値が減少すれば元に戻るよ」
そう言いながら、俺は『星空製造所』の入り口へと立つ。そして漆黒の金属でできた巨大な扉を押し開いてゆく。扉の材質が妙に滑らかで、見た事のない未知なる金属かもと思っていた矢先、とある物を目にして俺は止まってしまう。
「お兄ちゃん?」
エルの呼びかけにも答えられず、俺はただただ扉に掘り込まれた文字を目で追う。
扉に刻んであったのは――
『星空製造所 所長 ノア・フィヨルド』
という一文だ。
ノア…………ノア・フィヨルド……。
クラン・クランで暗躍する最強の熾天種NPCたち、『天滅の十氏』と呼ばれる集団の一人であり――
錬金術士として、その軌跡を辿るべき人物。
リッチー師匠を差し置いて、神智の錬金術士ニューエイジ・サンジェルマンより『創世』の名を受け継いだ存在。
創世の錬金術士ノア・ワールドと似た名称に、俺は完全に意識を奪われていた。
ノアという名がこの都市にあるというのは……あまりにも偶然すぎる。
いや、賢者ミソラさんがノア・ワールドと知己なのは、もしかして同じ『歯車の古巣』出身だからなのかもしれない。
このノア・フィヨルドという人物は、ノア・ワールドと何かしら関係があるに違いない。
「創世とは……」
ここに『創世』を追う鍵があると、そんな予感めいた波紋が胸中に広がった。
いつも素敵な感想をありがとうございます!
令和もよろしくお願い致します。




