247話 感染都市サナトリウム
「ここが『感染都市サナトリウム』か……」
『水門回廊アクアリウム街』のなれの果て、ウィルスが侵食しつつある都市へ俺は姉の招集に応えてやってきた。
『感染都市サナトリウム』の構造を一言で表すなら、巨大な螺旋階段だ。街の入り口から徐々に高度は上がり、ドーナツ状の地表がグルグルと空へ向かっている。頂上にはヴラド伯爵邸があるそうだ。
どうやら街の上層部から水が流れているようで、石作りの瀟洒な壁から滝のように水が落ちては、下層へと水のカーテンを作っていた。街の至るところには太い水路があり、緩やかな傾斜と共に水は何処かへと消える。
どんな仕組みで水を流し続けているのかはわからないが、せせらぎのような音が反響する環境は耳に心地よい。
そのような美しい景観を誇るこの都市だが、一番の特徴は水門回廊というだけあって、全ての建築物を覆うようにして大きな屋根があることだった。街そのものが大聖堂にでも包まれていると錯覚してしまいそうな程で、道ですら廊下のように感じる造りなのだ。その屋根が上の階層の地上を支えている構造になっているようだ。
「おしゃれですね、天士さま」
「そうだな……西洋の教会じみたデザインの柱、それに支えられて伸びる楕円形の屋根……」
「横から差し込む日光が、またいい風情を出してますわね」
ミナと俺、リリィさんが各々に感想を述べる。
「ウィルス感染って言うからもっと悲惨な状態を想像していたけど、今のところそうでもないね。でもNPCたちが落ち着いている分、余計に殺気立ってるのがわかるね」
「あぁ。他の街と明らかに違う点は、傭兵の多さか……ジュンヤの奴は来なくて正解だな」
夕輝と晃夜がそれぞれ、周囲のピリついた空気に目を光らせる。
ちなみにジュンヤ君は化石の分析に集中したいらしく、『鉱山街グレルディ』へ戻って行った。
晃夜の指摘する通り、やはりこの街の支配権を狙って傭兵たちは集まっている様子だ。街に入ってから、何度か値踏みするような視線がいくつか刺さったけど、涼しい顔で受け流している。おそらくは支配権を狙う傭兵たちの一党で、新顔がどんな者か記憶しているのかもしれないし、警戒されている可能性もある。
「お姉ちゃん、どこ?」
義妹のミィがキョロキョロと周囲を窺う。姉に指定された『血涙婦人の大噴水』という、妙におどろおどろしい集合場所へ到着した俺達だが、姉の姿は見当たらない。
憂いを帯びた女性の石像、その両目から滴る水が噴水の溜池に流れていくのを眺め、ちょっと不気味だと思う。どうしてここを指定場所にしたのかと疑問に思いつつ、石像から視線を外し辺りの様子を観察してみる。
「あの集団が、街の憲兵NPCか……」
少し離れたところでは青い制服に身を包んだNPCが10人ほど立っている。
腰にはレイピアを下げ、道行く人々を厳めしい表情で眺めている。他の街と違って治安維持のためのNPC数が多い。おそらくは神兵より質が数段劣るため、数でカバーしてる方針なのかもしれない。我が領も見習うべきだなと考えていると、憲兵たちの中から一際目立つ人物がいることに気付く。
「あのNPCさんだけ、とてもハンサムですわ。イケメンってやつですわね」
「煌びやかな金髪、深紅の眼差し、整った顔立ち、そして純白の肌……エルちゃんはどう思う?」
リリィさんやミナの意見に、義妹のミィが神妙な顔で頷く。
「イケメン、怪しい」
「まるで吸血鬼みたいだな」
俺がそう結論付けると、背後から突然の笑いが上がる。それは明らかにPTメンバーのものではなく、どこかで聞いた覚えのある中年男性が発したような声質だった。俺達は警戒心から素早く後ろを振り返るが――――そこには何の変哲もない噴水の石像婦人がいるだけだ……。
みんなが空耳だったのかと、顔を見合す。
そんな疑念を抱く様子がおかしかったのだろうか、またもや「へへへ」と笑い声が漏れる。
今度はその発生源を聞き逃すことはなかった。確実に石像婦人の口元から男性の声は発せられているのだ。
「さっすが姐御のご姉妹さん。さっそく吸血鬼って当てるたぁご名答♪」
姐御……確か、姉のことをそう呼ぶ傭兵が二人ほどいたと思い出し、俺は怪しみながらもその婦人石像を凝視する。
「もしかして、トムさんかシェリーさん?」
姉の傭兵団『首狩る酔狂共』のメンバーたちの名前を口に出す。
「おうっ、いかにも俺はシェリーだぜぃ。姐御に頼まれて、ご姉妹さんに連絡してるっつぅーな」
「すごい、方法ですね……」
「スキル盗聴の派生でよう、スキル『噴く話術』ってやつさ。設置型で遠隔話術を可能にできる便利なやつなんだが、条件ととのえるのが億劫なんだなぁ」
さすがPvPの市街戦も豊富に経験している傭兵は、一味違うと評価すればいいのか?
「ま、この街じゃ俺らは派手に暴れすぎてるから、これぐらいの用心はしねーとな」
「なるほど……」
しかし姉なら、こんな手の込んだ方法を取らなくてもフレンドメッセージか現実の方で一声かけてくれれば済むのにどうして、と疑問が浮かぶ。
「当初の予定じゃ、俺らがよく集まる酒場で落ちあうって話だったんだが……姐御は絶賛、強豪相手と戦闘中でな。しばらく手が空かないから、代わりに俺がご姉妹さんたちに報告するっていうな」
「というとPvPですか?」
「あぁ、中層区域で派手にやらかしてますぜ」
シェリーさんが言うには【感染都市サナトリウム】には下層、中層、上層と区分けされているそうだ。
【感染都市サナトリウム】の街は螺旋状に上空へと延びている。
俺達がいるのは都市の下層で、中層が感染地帯の中心となっているらしい。その区域はNPCによって簡易的な封鎖はされているものの、傭兵たちの侵入禁止区域にはなっていない。なぜなら【食人魔】となった市民NPCを掃討させる依頼の発布をしているそうだ。
ちなみに【人狼】の一部は街中を暗躍しているらしい。
彼らの正体は【天候:月夜】になるまでわからないらしく、それまでは平然と人間の顔を被ってその辺をうろついているとの事。
一説によると彼らは自分が感染していることにすら気付けていない者もいるとか。
「食人病の感染範囲は広がってるんだなぁ。狂犬病の方は不明だが、月夜になれば一定数の市民NPCが人狼の餌食になってんだよ」
呑気に現状を喋るシェリーさん。
「ま、俺ら『首狩る酔狂共』としちゃぁ争いの種が尽きねえここが好きだけどよ、大事な妹さんがたを巻き込むとは姐御らしくねぇって言ったんだぜ」
傭兵団のメンバーを納得させるためには、現実改変の影響力について説明するわけにはいかなかったのだろう。
メンバーはリアルモジュールじゃないから、姉の孤独さを不憫に思う。
「有利な立ち位置を確保するために、この街の現状を正確に把握しておきたいってね。そのために色々と調査してくれって寸法よ。受けてくれるかい?」
姉がわざわざ俺達を呼んだ方便を、シェリーさんは無難に語り終える。
「もちろん。俺達はここで何をすればいいんですか?」
「姐御が言うにはよ、ウィルスパンデミックの原因究明。あとはこの街の支配者層、ヴラド伯爵と繋がりを持てだとさ。相変わらず無理難題を押し付けるがぁ、そんなSっ気がたまらねぇなぁ」
……なるほど。
バイオパンデミックの原因と解決の糸口を探す。これは錬金術を駆使すればどうにかなりそうな気がする。そして爵位持ちである俺ならヴラド伯爵と対面できなくもない。その際に、協力関係を構築するか、取引を持ちかけるか……どのみち傭兵たちの支配権を狙うのは止められない。それなら傭兵による支配を、うまく阻止するための一手を俺が紡げと。
「一つ目は何とかなりそうだけど、二つ目の方は難題だな」
そもそも吸血鬼相手に同じ爵位持ちとはいえ、ちゃんと交渉できるか不安だ。交渉できたとして、具体的にどうすればいいのか明確なビジョンが思い浮かばないのも問題だ。
「平然と一つ目は可能とか言っちゃうとこが、姉御の血筋ってやつかねぇ」
「錬金術があるので。ところで傭兵たちがこの街の支配権を狙っていると聞きました。現状はどのような進捗具合なのですか?」
「あぁ……そこにいる憲兵団の頭目っぽいのがいるだろ?」
俺達がさっき吸血鬼と推察したNPCだろうか。
「この街を支配しているNPCはマジで吸血鬼だ。あーやって憲兵団を吸血鬼が一人は率いてる状態だな」
ちなみに確認されているだけでも、憲兵団は30部隊前後が治安維持としてパトロールを行っているようだ。つまり街中をうろついている吸血鬼だけで30人前後はいると。
「憲兵NPCの強さは、Lv10相当の傭兵とおんなじぐれぇだ。それに比べ吸血鬼はLv26以上、ダンジョンの中ボスぐらいの実力はあるぜ」
Lv10傭兵と同等の憲兵を十人前後引き連れている【吸血鬼】を倒すのは難しいだろう。
しかし憲兵は神兵と違って倒せる範囲……。
実質、この街の抑止力となっているのは吸血鬼ってことか。これでは攻略されかねない難易度だ。
「吸血鬼はすでに一人仕留められたと報告されている」
やはりか。
「どうやって? 人海戦術とかですか?」
「いや、ちがうねぇ。偶然にもNPCを利用できたとかってな」
狂犬病となったNPCは、【人狼】となる。
【食人魔】が積極的に街のNPCの肉を求めるように、【人狼】も人を喰らうのだが……彼らは特に吸血鬼を狙って襲う習性があるようだ。
「吸血鬼と人狼の抗争ね……」
いかにもな話だ。
「支配権を狙う傭兵たちはよ、吸血鬼と正面きって戦ってもダメだったが……偶然にも【人狼】の集団に襲われ、弱った吸血鬼と相対した連中がいてな」
なるほど……その恩恵で吸血鬼を仕留めることができたと。
しかし、俺は妙なひっかかりを覚える。
「【人狼】の集団? 【人狼】側は集団行動を可能とするだけの知性があるのですか?」
「一部の【人狼】に上位種っていうのか? そんなようなもんがいるらしくってな。そいつらは計画的に吸血鬼を襲ってるらしいぞ」
「【人狼】の上位種……」
「【食人魔】にも上位種はいるぜ。ま、あいつらは完全に手当たり次第に襲ってくるゾンビみたいなもんだがなぁ」
こうして俺達は街の状況をシェリーさんから一通り聞き出し終える。
「……色々とありがとうございます。まずは中層に行ってみます」
ワクチン作りのために、どんなウィルスに感染しているのか知る必要がある。そのためには【食人魔】や【人狼】を錬金術的な検知を元に、分析していった方がいいだろう。
「みんな、採取と調査の時間だ」
つまりは実戦の時間だってこと。
俺がニヤリと笑うと、ミィが不安気に言った。
「お兄ちゃん……ゾンビの血、抜き取る、言うの?」
「フフフ……」
当たり前だろう。




