248話 食人魔が秘めたる可能性
「うわ……ひどいね」
「早い話、かなり廃れてるな……」
感染区域である中層についてから、親友達が漏らした呻きには確かに同意できた。元々は白かったであろう石壁は血の痕で黒ずんでいたり、下層では灰色だった石畳もここでは汚れた部分が目立つ。一部、建物が破壊されているものもあり、封鎖されてから管理者がいなくなったためなのか、放置された街並みは荒んでいた。
「滅び……を連想させる、無法地帯ですわね」
「暗くて重い空気です……」
「うめき声、聞こえる」
女性陣が不気味な感想を抱くのも無理はない。
街のいたる所から、かすかに怪しげな音が聞こえてくるのだ。
おそらく食人魔化したNPCの唸り声だろう。
「みんな……食人魔はもちろんだけど傭兵にも気をつけよう」
俺は周囲に目を光らせながら、ゆっくりと感染区域の街中を歩いてゆく。
しばらくして横幅が細い回廊へと俺達は辿り着いた。
「いかにも、な場所だね」
「狭い路地に左右から飛び出すゾンビってな」
夕輝と晃夜は頼もしく余裕がある半面、女性陣のテンションは低かった。
「グロテスクなのは苦手ですの」
「……それには同意です」
「エル、帰りたい」
ここは親友たちを見習って、強気な台詞でもってみんなを安心させないと。
そう思い立ち、みんなを鼓舞しようとする。
「ゾンビじゃないよ。ウィルス感染しただけのNPCだから、病気になったタダの人間って思えばだいじょ――」
大丈夫、って言おうとした矢先、「ウウゥゥ、ヴォギョォォァ」と変なうめき声がすぐ背後から上がったので咄嗟に振り向く。なんと片目がボロンと崩れ落ちたゾンビがぬらりと現れ、俺の肩に手をかけようとしていた。
「ッぴきゃぁああぁああああぁあぁあああああああ!」
あまりの迫力と恐怖で、悲鳴が口から飛び出てしまい――
全・力・疾・走!
あれはさすがに怖すぎるだろ!
そうしてしばらく走り続ければ、軽いパニックも終わりを迎えた。
ゾンビの動きは緩やかな方だったので、簡単にまく事が出来たのだ。
「タッ、タロ、お前は速いんだから一人で突っ走るな」
「追いつくの大変なんだからさー」
晃夜と夕輝が、肩で息を切らしながら俺を諌めてくる。
「タロさんがあそこまでパニックになる姿を見てしまうと、私たちが怖がってる場合ではなくなりますわ」
「しっかりと天士さまをお守りしないとですね」
「エル、お兄ちゃん、守る!」
女性陣にまで逆にフォローされるという気恥かしさを味わう罰ゲーム状態。そんな雰囲気を素早く払拭するために、俺は改めて仕切り直す事にした。
「コホン……では気を取り直して、ゾンビ研究とその討伐に精を出しましょう!」
しかしPTメンバーは俺の醜態をなかったことにしてくれず、クスクスと笑い合うのだった。
◇
街角からぬらーっと幽鬼のように意志なき動きで姿を現す食人魔。
少し離れた位置で密かに観察し、『古びたカメラ』でパシャリと撮る。
:『古びたカメラ』で『食人魔』の魂を抜き撮れました:
:撮った食人魔を討伐すれば『紫念の腐食色』が写真に宿ります:
まずは情報収集だ。
『廃狂化の食人魔』【写真】
【獣の本能に目覚める『狂化』に失敗した人間の死体。ウィルスが劣悪な物だったため、身体の拒否反応がひどく命を落としてしまった。死後、体内に残留したウィルスが強力な神経毒となり、屍を動かす作用を偶然にも持った。結果、同じ人の肉を求める行動をするようになる。それは人肉を摂取すれば以前の自分に戻れるかもしれないという、死体に宿った魂の悲惨な叫びなのかもしれない】
【撮った食人魔を倒せば、『紫怨の腐食色』が抽出できる】
細菌が強過ぎて、感染者はしばらくすると死に至る、か……そして死体すらも動かす強力な……神経へ作用する毒ね。
しかしこれは逆を返せば、再生能力に近い転用ができるのでは?
リッチー師匠が目指した死者蘇生の鍵を握るものであるかもしれない。
そんな期待を込めて、俺は食人魔へと接近。
次いで晃夜や夕輝が慌てた素振りでついてくるが、それよりも早くリリィさんの矢が食人魔の顔に突き刺さった。
「のろまな屋さんですと、私の腕の前では恰好の的ですわ!」
立て続けに、両足、両手と矢で射ぬいてゆく。
さすがと内心で称賛しつつ、俺も抜刀からの連撃、【時雨紅桜】をお見舞い。
俺のアビリティが終わる頃になって、食人魔の反撃がのそりと始まった。片腕を振りかぶったものの、その動作はやはり遅い。俺は地面をでんぐり返しで転がり、容易に避ける。
そこを後続の晃夜が拳を放とうとしたところで、エルが上空から食人魔の頭部もろとも蹴り飛ばして終わった。
べちゃりと顔面が壁に付着したのは見なかったことにする。
:『紫怨の腐食色』が写真に宿りました:
俺はさっそくその効果を知りたかったので、みんなに周囲警戒を頼んで写真を手持ちの『インク』と合成する。
そうして『射ろ筆』で武器に効果を付与できるアイテムへと昇華させ、説明文に目を通す。
『紫怨の腐食色』
【塗布された武器に3分間、状態異常【麻痺】属性を付与。蓄積値は低い】
なるほど……神経毒というからには麻痺、ね。
PvPでよく使われる人気状態異常の麻痺を付与できるのはなかなかに有用かもしれない。
では血液採取の方はどうだろうか?
二体目の食人魔を探し、何の問題もなく倒していく。
一度、そのグロさを味わってしまえばあとは研究対象として割り切ってみせるのが錬金術士というもの。
俺は『血濡れた永久瓶』を召喚生成し、食人魔の死体からスムーズに血液を抜き取る。
【亡者の血】
『機能停止した人体を強制的に動かす働きを持つ。しかしその範囲は簡易的な動作のみとなり、かなり限定的なものとなる。劣化ウィルスと人肉が奇跡的な混合を遂げ、生成された血液。この血を摂取した者は、時折全身が痺れるという後遺症がしばらく残る』
ふむ……。
やはり、一度は死んだ者を動かす働きがある血液に進化していたと。
しかし限定的な動作しか実現できない……確かに食人魔たちの動きは単調だ。攻撃方法は腕をふるったり、噛みついてこようとしたり、似たような攻撃パターンしか目にしてない。
ワクチンや蘇生アイテムの生成はまだまだできなそうか?
それからみんなで何体かの『食人魔』を倒してデータを取っていく。血液を何度も採取し、今後の実験に備える。
理性を取り戻せそうな【錆びぬ賢狼の血】とうまく掛け合わせれば、ワクチンだって作れるかもしれない。
「あいつら、動きは鈍いが全ての攻撃に麻痺属性もってるぜ」
「蓄積値は微量だけど攻撃をくらい続けたら、麻痺になるね。数が多いと危険かも」
「それに耐久力も並みのNPCより格段に上ですわ」
「見た目が腐敗してない者もいましたね」
「エルの敵じゃない」
概ね、食人魔に対する評価は脅威ではないが数が揃うと厄介ってところだ。
「今回はここで引き揚げようと思う。手に入れた素材を持ち帰って、しばらくは研究したいかも」
「おう、タロがそうしたいなら俺に異論はないぜ」
晃夜が肯定してくれた次に夕輝も頷く。
「うん。ボクもその意見には賛成……って、ちょっと待って。あの人、何?」
夕輝がいぶかしげに指差した方向へ、みんなの視線が集中する。
「どうしてこんな所に普通のNPCが?」
そこには食人魔のような当ても無くフラフラした様子で徘徊するのではなく、しっかりとした足取りで歩む者の姿があった。
恰好は普通の町人が着ていそうな服で、特に汚れが目立った部分もない。
「天士さま、あれって傭兵ですか?」
ミナの質問に答えるべく、俺はNPCか傭兵かを判断するために『空気を詠む』を発動して見る。
中肉中背の男性の正体は――
NPC/冷血なる人狼 【名 ウィル】
:傭兵タロとの関係性 → 好感度【潜在的な敵】
:現時点では獲物と定めていないが、総合的に敵視はしている:
【冷血なる人狼】……?
ただの人狼じゃない?
「あれ、人狼だ。しかも多分、上位種」
しかし人狼って、自分は狂犬病だって自覚がないままに下層や上層で普通に暮らしているんじゃなかったのか?
どうしてわざわざ感染区域の中層を歩いているのだろうか?
気になった俺達はその人を尾行することにした。




