240話 軍事力よりも大事なもの
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「タロ伯爵さま。領地内の治安は安定しております」
豪華な屋敷に戻った俺は、執事NPCセバスの報告を聞きながら領内データに目を通し、自領の状況がどのようなものか確認をしている。
「大規模な野盗や賊の存在は確認されておりません」
宙空に浮かぶウィンドウホログラムをタップしては、スワイプを繰り返し、大まかな項目を把握する。
まず最優先するべきは、法令の確認や新規草案の提出、事業の見直しから新事業の創立、財政指南とかじゃない。
この領地に住み、実際に生活している人達の状況を理解し、話を聞いて何を求めているのか。民衆の声に耳を傾けることだろう。そこから問題点を抽出していき、どのように改善していくか具体的な解決策を模索する。その段階に踏み込んでから、法令などの確認や抜け道を探すのが最適解だと思う。
というわけで『領民の心』といった項目をタップする。
:領民の心:
『治安度』 C 【領内の治安度。S・A・B・C・D・E・Fの順に低くなる】
『忠誠度』 B 【領民の統治者に対する忠誠と郷土愛を示す数値】
『飢餓度』 D 【民衆の平均的な食糧事情を表す】
Bは概ね良好。
Cは普通という状態だ。
Dはややまずい。
おそらくこの『領民の心』という項目の数値がFとか悲惨になると、統治機構の崩壊を招く事態になるのだろう。領民の心がすさめば、秩序や理性は失われる。その責任をどこに求めるかといえば、人類の歴史が示してきたように、民が向ける矛先は統治者だ。つまりは反乱や暴動などが起きるだろう。
それだけは避けたいので、この項目を行動指針の第一優先事項に定めて序盤は経営していくことにする。
「セバス……うちの特産品となるものは……」
次に自領の強みを知ることだが。
「ございません」
セバスの言う通り、どの項目も幸か不幸か平均値を出ていない。
領主のあだ名が普通人であれば、俺が治める領地も普通か。
まぁ、これは仕方ない。最初から多くを求めるのは間違っている。
「まずは手始めに……食糧生産量を上げたいと思う」
生物であるならば、なんといっても優先事項は食糧だ。食べ物がなければ何もできないわけで、食べ物があれば民の健康状態はよくなり、労働力は向上する。加えて人口も次第に増え、結果的に生産力の増大に繋がるはず。
:食産業:の項目をタップすれば、
『Eランク小麦畑』6つ 【小麦畑の質と数】
『Eランク果樹園』4つ 【果樹園の質と数】
『Dランク畜産牧場』3つ 【家畜場の質と数】
『Eランク狩猟組合』3つ 【狩猟場の質と数】
と表示された。
工業などに重きをおいて、食糧は他領と取引をし輸入する手もある。
しかし我が領は優良な鉱山があるわけでもなく、木材が豊富に手に入る大規模な森があるわけでもない。もちろん多少の産出量が見込める場所もあるので、全くないわけではないけれど、それは微々たるもの。領地の目玉にするだけの要素はない。
それに、やはり自領で食糧生産量が低いのは不安要素になる。食糧という生と実直に結びつく項目を、他領に頼り切ってしまってはリスクが高い。万が一、他領との関係が悪化してしまった際……相手方に民衆の生活基盤が握られるに等しく、食糧事情の手綱を取られれば、どんな無茶な条件を交渉材料にされるかわかったものではない。
輸入量を絞られたりしたら、飢餓だけでなく、物価の高騰を招き商業にも差し障りがでてくる。
「今期の総税収は……領地経営用が200万エソ、俺の個人資産用が30万エソか」
合計で230万エソと。
ちなみに個人資産用は好きに使えるが、領地経営用のエソはこの領主システムでしか消費できない。税収が増えれば増える程、回収できる資金は増えてゆき、俺の個人資産も増えるわけだ。
さてさて食糧事情がややまずいなら、開拓費用の項目をチェックだ。
何をするにも世の中、金が必要か。
Eランク小麦畑を開墾するには、10万エソが必要になると。
もう一つ上のランク、Dランクの上質な小麦畑を作るには20万エソと……『薫るふん』×50が必要なのか。
『薫るふん』といえば『馬のふん』を、錬金術アビリティ『上位変換』で作れる素材じゃないか。
『薫るふん』の入手方法は……ふむ、【徴収】というシステムがあるようだ。
これは24時間に1回だけ、領内の施設から素材を一定率、調達することができるシステムだそうだ。
『Dランク畜産牧場』から10個ほど、『薫るふん』を【徴収】できるようだ。
ふむふむ、一般的にふん系統の素材は使い道がないと揶揄され、傭兵間では『賞金首と競売』にて捨値で出品されている。
つまりは安く仕入れる事が可能で……これは、いけるな。
「Dランクの小麦畑の生産に取りかかろう」
「かしこまりました。資金の投入を済ましてもよろしいでしょうか?」
「任せた。素材の方は俺が調達するから、しばらくは待て」
「御意に」
まずはDランクの小麦畑を三つ、新たに開墾することを決意。出費は60万エソだが、いたしかたない。一つの畑を開墾するのに1時間かかるそうだから、素材は早めに手に入れたい。経営システムをいじった後、すぐに『ふん』作りに邁進しよう。
「次に畑が増えた時の影響を考えるべきか」
食糧が増えれば、食べ物の物価が下落するだろうが、民衆の生活は楽になるはず。ただし他領を行き来している行商や商人ギルドに関税など設けるなどして、何らかの対策案は実施した方がいいはず。商人たちが持つ拡散力や発展力は、頼もしいけど……安価になった小麦を他領に輸出して儲ける輩はいるはずだ。しっかりと税を納めてもらうと同時に、既得権益を確立するためにも、今は商人連中を領地産業に参入させる段階ではない。
かと言って縛りすぎても人間は集まらないだろうから、その辺の経済政策はまだ後回しでもいいだろうと判断し、商業の施設項目は現状スルーしておく。
「やっぱり目に付くのは……」
気になったのが軍事力、防衛関係の項目だ。
各種をタップして確認すると、
:軍事力:
『衛兵の詰め所』 10つ 総員数200人
『練兵所』 3つ
『タロ伯爵領の騎士団』 第3団 総員数60人
『訓練所』 2つ
『E級武具の鍛冶工房』 3つ 職人数30人
……かなり心もとない。
衛兵のステータスは現傭兵のLvより若干低い。防衛力の不安はぬぐえない。今はまだ俺がこの領地の支配者だと知らずに、傭兵たちは領内の街や村に寄るだろう。しかし、爵位授与や領地システムがあると知れ渡れば……ただ純粋に冒険を楽しむだけに領内へと足を運ぶ輩だけじゃなくなる。
そうなる前になるべく戦力は増強しておきたい。
「しかし……軍は無用の金食い虫、か……」
施設を増強するにもその費用が畑と比べ物にならない。まず小麦畑を一つ開墾するのに10万エソなのに、『衛兵の詰め所』は30万エソもかかる。3倍だ。しかも『シェリーウッド材』とかいう木材が25本も必要らしい。
うちの領内は森林地帯が少ないので林業の発展は乏しい。なので、24時間に1度できる【徴収】でも5本ほどしか取れない。
自分だけで解決できないのならば……外を頼れ、だ。
「外政項目をタップしてっと」
すると領地周辺の状況がわかる。
お隣のフォーレス子爵領は林業がお盛んなようで、うちとの関係も良好。
フォーレス子爵領との輸入商材一覧を眺め、『シェリーウッド材』を発見。通常価格は1本3000エソらしいが、俺の方が伯爵であり爵位が上だ。その力関係が影響しているようで、1本2500エソと割引されている。
「社交会や地位は、外交面のこういうところで影響してくるのか……」
20本ほど買いつけボタンをタップし、出費は50000エソ。
購入と同時に、半透明の白い鳥が窓へと飛び立って行った。どうやら鳥の足に注文書をしたため、相手方に送るといった演出なのだろう。
「『衛兵』は質より数を優先するか。練兵所の強化と増設は後回しだ」
:『衛兵の詰め所』 10カ所 → 11カ所:
:総員数が200人 → 220人:
「『衛兵の詰め所』の配置場所は……やっぱり規模の大きい街から優先するべき、なんだろうけど……」
戦力が充実するまでは、兵数は分散したくはないのが本音だ。
衛兵を20人増やしたところで、傭兵たちに各個撃破される対象でしかない。その分、戦力をまとめておけば【衛兵60人 VS 傭兵数人】の図式が成り立ちやすい。
「でも、おそらく当分は爵位システムが流布する可能性は低い。それまでは食糧を充実させ、しっかりと経済基盤の支柱を構築しておくべきだ。お金を多く生みだす基盤が整えば、軍備増強も容易くなるはず……」
「さすがはタロ伯爵さま」
念のため口にしてみたが、NPC執事のセバスはイエスというだけで内政の参考にはならないか。
新しい『衛兵の詰め所』は、新しく開墾される麦畑近隣の村に設置するべきだと判断する。新しい開墾場所の治安が悪くなっては意味がない。
「しかし、詰め所一つで35万エソの出費かぁ」
軍備にお金をかけていたら、あっと言う間に経営資金が底を尽きそうだ。
残りの領地経営用資金は105万エソしかない。
ちなみに『タロ伯爵領の騎士団』の増設は120万エソもする。本音を言えば、現傭兵よりもLvの高い騎士を増設したいけれど……高額すぎる。
なので妥協案として訓練所を増やし、今いる騎士団の質を高めるというものにする。現在の騎士団は3部隊いるのに、訓練所が2つしかない。であれば、一つ40万エソの訓練所を作り、騎士団そのものを強化する方針とする。
「んん……訓練所は、『シェリーウッド材』が20本と、『鉄鉱材』が30、『強石材』が50個必要なのか……」
シェリーウッド材はお隣の領地から5万エソで買いつけ、『鉄鋼材』と『強石材』に関しては、各精錬所や工房施設からすべて【徴収】したところで10個が限度だ。
ちなみに【徴収】をすると『民衆の心』の数値がわずかに下がるそうだ。それに各施設にも負担がかかるとのこと。
ならば素材を【徴収】できる施設から増設すべきだという指摘もあるだろうが……そもそもこういった施設は、扱う素材があってこその場。うちのように鉱山、鉱石資源があまりない領地は精錬所を多く作っても全体の【徴収】量は伸びないのだ。
なので物量を伸ばすより、商業を伸ばして金を蓄え、素材売買の取引き量を拡大させてから施設を増やす方針とする。
「『鉄鉱材』と『強石材』の調達は、傭兵団『武打ち人』でお願いするか」
純くんことジュンヤ君が所属する、クラン・クラン最高峰の職人集団、武具鍛冶の専門家たちの顔を思い浮かべる。
どう値下げ交渉するかだな。すでに45万も消える予定なので、なんとか5万エソ以内に収めたいところだ。
「さて……残る55万エソ、俺の個人資産用30万エソも含めれば85万エソは何かのために取っておくとして……」
本題はここからだ。
この領地には、上手い商売ができそうな特産物などがない。だからといって、すぐさま特産物を作り、それを大胆に売りさばくのは危険だ。領地システムが傭兵間で露見した際、この領地が狙われるリスクが増える。
「そこで、この項目が気になるんだよな」
それは『無名の工房』、『無名のギルド館』、『無名の修行道場』、『無名の軍閥』と書かれた四つの項目だ。
その中でも俺は『無名の工房』を迷わずタップする。
説明欄をすぐさま読み終わる頃になると、顔には自然と笑みが浮かんでしまっていた。
「セバス、『無名の工房Lv1』を作る。費用は俺の個人資産用30万、全てをつぎ込む。足りなければ、俺のポケットマネーからも追加で出す」
「かしこまりました。伯爵さま、工房名はいかがなさいますか?」
恭しく礼をするセバスに、堂々と宣言する。
「世界の秘密を暴く偉大な工房であるからな。名は『錬金術の研究所』と名付ける」
◇
高貴なる領主にしてタロ伯爵さま。
そんな彼女が自らフンにまみれ、小麦畑の開墾に献身する姿を見た民衆NPCたち。
民はそんな領主さまを目にし、感涙してはその忠誠を幼き伯爵さまに捧げると誓ったらしい。
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