239話 少女伯爵
「エル! こっちだよ!」
「んん、おにいちゃん、早い!」
傭兵名エルこと、義妹のミシェルを呼ぶ。
すると彼女は素早い身のこなしで敵の突進攻撃をかわし、俺の傍へと戻ってくる。
「『角豚』は突進前に必ず『ピギュッ』って一鳴きするから、それが攻撃の合図だと思って!」
「もう1パターンあるわよ! 後ろ脚で土を掘るような仕草をしたら、突進は3回連続になるわよ!」
「わかった、わたし、できる!」
30センチ程の立派な角が額に生えた豚をミシェルは睨む。そして再び迫りくる突撃を俺と共に避けて、見事に――――ん!?
すれ違いざまにミシェルはピンクの卵みたいなものを取り出し、何やら両手でそれをいじりだした。よくよく見ると、その卵型アイテムにはボタンや方向キーなどがあり、どうやらそれをポチポチと押しているようだ。
んん、ミシェルが手に持つあれはコントローラー?
ゲームの中でゲームをしている!?
「『接続成功』――――『自由な拘束』ッ」
ミシェルが叫べば、さっきまで荒ぶりながらこちらに突進の照準を定めていた角豚が不可思議なステップを踏み始めた。そして面白おかしく踊り始めたかと思えば、自らの角を地面に突き立て身動きが取れなくなったではないか。
「いぇーい! お姉ちゃん、頼むんです!」
理解不能な行動に出る『角豚』へ、姉が双剣でトドメの二撃を加える。あっけなくポリゴンエフェクトを爆散させる『角豚』を眺め、完全なキルを確認。
「エル、すごいな。さっきのは何?」
「わたし、スキル、使った!」
「見たことないアビリティだったわね」
新スキル……気になるな。ここは兄としての強権を行使してでも、じっくり聞いてみようではないか。
「しばらくはここでレベル上げが効率良さそうかな?」
「今回ばかりは太郎さまさまよね」
姉も俺の意図が読めたのか、乗ってきてくれる。
「お兄ちゃん、ゲーム内でも頼り甲斐、ある」
ちなみにここはクラン・クラン内のタロ伯爵領だ。そう、俺のゲーム内領地なのだ。
というのも結局のところ、なし崩し的にミシェルにせがまれてクラン・クランで一緒に遊ぶことになったわけだが……後々になって現実改変を把握してもらうため、キャラクリはリアルモジュールにしてくれと頼み、『もちろん。わたしはわたしのまま』とミシェルが快諾してくれたところまでは良かった。
問題はなぜかミシェルが『先駆都市ミケランジェロ』の警察的NPC、神兵に襲われて一度キルされてしまっている。PvP行為は一切していないのにだ。もちろん姉と俺は黙って見ている訳にもいかず、応戦するが呆気なくキルされてしまった。
その結果、神兵に負けたペナルティとして装備していた『蝶の髪飾り』をロストしてしまった。こっちの世界に来てから、初めて晃夜と夕輝からもらった思い出の品を失ったと言える。
「みんなでゲーム、楽しい」
ニパっと笑うミシェル。
小さな損失ではないけど、こうやって義妹の笑顔が見れるのならいいとする。
というわけで何故か『神兵』に目の敵にされるミシェルをどうするか、と考えた結果、俺の領地に連れて来てしまえばいいという話になったのだ。
俺にはイグニトール女王陛下より爵位を叙勲された際、貴族たる証『伯爵銀記章』という特殊アイテムがある。これを使えば自領の屋敷へとひとっ飛びという優れモノ。
もちろん俺の支配下にある街や屋敷に『神兵』はいない。というかイグニトール王国で『神兵』を見かけたことがない。代わりに『衛兵』や『騎士団』といった治安維持のNPCはいるものの、強さは『神兵』より数段劣る。
この先、イグニトールの領地や支配権を巡って傭兵たちが暴れ出しそうだなぁと予想できる防衛力だ。
と、そんな話はひとまず脇に置いておき、つまりは『神兵』のいない場所がミシェルの安全確保に繋がる。だから俺の屋敷周辺、領地内でモンスター討伐をしている次第である。
「やっぱり、お姉ちゃん、強い。お兄ちゃん、早い」
「早いって、それはお前の順応性の方だろう。とても初めてクラン・クランをプレイしたようには思えないぐらいスムーズな動きだぞ」
「わたし、うんどー神経、抜群!」
「エルは太郎と違って、まともなステータス、強力なスキル選びをしているからよ。エルみたいに姉の言うことは素直に聞くが吉よ」
とは言え、と姉はエルを抱き寄せて、ここぞとばかりに問いつめた。
「まだLv3なのにさっきのスキルは何? 強い姉と、頼りになる兄に秘密はダメよ」
「お姉ちゃん、鋭い。観念」
そうしてミシェルはポツポツとたどたどしい日本語で、自分のキャラについて説明し出した。
その内容を要約すると、どうやらエルは称号を3つも会得しているとのこと。
『遊園児』
・条件を満たすと特殊スキルを習得可能。
『赤竜殺しの伝承保持者』
・レベルポイント消費時、全ステータスの増幅値が3倍。
『神に背きし者』
・神人や神兵、『神属性』を持つ存在に敵対視されやすい。同様に好感度も著しく低い
一つ目と二つ目の称号はかなりすごいものだろう。
先程のミシェルが使ったアビリティは称号『遊園児』によって習得したものらしく、特殊スキル『生み親の卵智気騒ぎ』だそうだ。あの卵型コントローラーと対象を接続成功させれば、好きに動きを操れるだとか。
すごい強力なスキルだ。
二つ目の称号、『赤竜殺しの伝承保持者』にいたっては実質、レベルが上がるごとに全ステータスが3倍の伸びになるとかぶっ壊れですか!
まぁ、強力な味方が一人増えると思えば、これ以上将来有望で心強い傭兵はいないだろう。
これだけの破格な称号を持っているデメリットなのか、三つ目は完全にバッドステータスだ。
つまりミシェルことエルはうかつに街をうろつけない、人の領域に踏み入り辛い称号持ちだということ。
「三つ目の称号は痛いわね……それに、どうして一つ目以外の称号は、付け外しできないのかしら……」
称号とは普通、常に一つしかつけられないはずなのに、ミシェルの場合は二つ目と三つ目の称号が常時付いているらしい。またクラン・クランの謎仕様が新たに発見された。
「でも、他の二つがそれを補って有り余る称号よ。いずれは『神兵』なんて一捻りできる日もくるわ」
「エルのステータスは3倍になるわけだから、『先駆都市ミケランジェロ』の『神兵』がLv50と言われているわけで……ええと、エルが17レベル? ぐらいになれば『神兵』と同様の強さになるってわけか」
改めて口にしてみると強力過ぎる称号だと実感する。
「これはエル、期待できるわよ」
「やったぁ! わたし、お姉ちゃん、お兄ちゃん、役に立つ!」
「いい子ね。『水門回廊アクアリウム街』が大変なことになっている今、エルの力が必要よ」
姉がミシェルの頭をなでながら、義妹をその気にさせる。この流れだと、ミシェルは姉の傭兵団『首狩る酔狂共』に所属しそうだなぁ。
「そういえば、『水門回廊アクアリウム街』がどうのって言ってたね」
「何か嫌な予感がするわ。あの街の問題を解決しに行くには、エルのレベルが足りないから猛特訓よ。さっさと上げちゃうわよ」
ん……『水門回廊アクアリウム街』も『神兵』がいないのだろうか? 姉の口ぶりから、おそらくはそうなのだろうけど……やっぱり治安維持を強者が務めていなければ、色々な問題が勃発するんだな。
「俺はもう少ししたら屋敷に戻るよ。この調子なら【領主クエスト】もクリアできそうだし、やり残してある事がたくさんあるから」
実はこの『角豚』討伐はなにもミシェルだけのためではない。これも領地経営の一つで 領地内にモンスターが現れたので領主自ら治安維持に貢献する、といったクエスト項目を消化しているのだ。
これにより自領民NPCの【崇敬度】が上昇するようで、地味だが効果的なようだ。端的に言ってしまえば、為政者としての人気取りだろう。
それとミソラさんの『星光を貯め込む装置』の回収も終わっていない。
ついでに化石も、『歯車の古巣』で堀り堀りしたいし。
「そう。なら次にゲーム内で会う時は『水門回廊アクアリウム街』かしらね」
「あいよー」
「わたし、お兄ちゃん、びっくりさせる。強くなる」
「おうおう、今のままでも十分強過ぎだと思うぞ」
「まだまだ、まだ、まだ」
それから数匹の『角豚』を狩った後、俺は二人と別れた。
領地経営への着手をもっと本格的にせねば。
しっかりと領民のことを考え、タロ伯爵領を栄えさせたいという野望があるのだ。それと、ゲーム内でのタロ伯爵領が強大になればなるほど、現実世界での仏神宮家の影響力が強まると予測し、俺は行動にでる。
『日本皇立学園』になんて通いたくはない。
そんな黒い感情を胸に秘めながら、俺は姉やミシェルから離れていく。すると俺達の様子をずっと見守っていた一団がこちらへと寄って来た。
俺が待機させていた部下のNPCだ。
執事NPCのセバスと、侍女1人、護衛兵5人が今回の領主クエストに同行してきたが、ミシェルのレベル上げのために手出しはするなと命令を下しておいたのだ。
「伯爵様、領民の安全のために……お見事でございます」
頭を恭しく下げるセバスに、俺は頷く。
「世辞はいい。通商路の安全確保など当然の義務だ」
「はっ、民を思う伯爵様のお心、きっと全民にゆき届くでしょう」
「……馬車の用意を。屋敷まで頼む」
俺は伯爵らしく、コートをはためかせながら威厳たっぷりにお願いする。
「かしこまりました」
皇族の意向を刎ねつけるほどの権力を手中に収めるため、俺は『銀精たちの馬車』へと乗り込む。
そうして自領の発展に向け、馬車は走りだしたのだ。
◇
不思議な銀光を纏った馬車が街に到着すると、NPC達が興味深そうに視線を寄せる。
『伯爵さまの通った後は、銀の道筋ができる』
『俺は空色に輝く星々が舞うって聞いたぞ』
民草の間では、史上最年少の伯爵様の噂で持ち切りとなっている。
いわく女王陛下の懐刀。
いわく女王陛下の義妹にして妹姫様。
いわく稀代の戦略家。
迫りくる傭兵達の荒波に、民の心には重い暗雲がたち込め始めていた。
しかしタロ伯爵という救国の英雄が、彼らの不安を払拭する光となっていることを、本人は未だ知らず。
幼く美しい容貌で高貴に振舞い、小さな身体を懸命に動かしては統治に邁進する彼女の姿を目にし――――
民達は密かに微笑ましく見守っていたのだった。
ブックマーク、評価よろしくお願いします。




