238話 家族との再会
「じん、たろう? なのか……」
顎髭を綺麗に整え、さっぱりとした短髪の中年は俺を見て目を見張る。
中肉中背の男性は見事に仕立てられたスーツを着こなす以外、俺の記憶通りだ。そんな彼に寄り添うようにして淑やかに立っている女性は、歳を重ねるごとに美しくなると評判が立っていた美人で、上品な服装以外は記憶と同じ。
「訊太郎っ!」
庭園、じゃなくて庭まで両親を迎えるために待っていた俺へと駆け寄る母さん。そしてそのまま抱きついては、感極まったのか鼻声で『大丈夫だった?』『不安だったでしょうに』『すぐに帰れなくてごめんなさいね』、と何度も何度も謝ってきた。
「ハッハッハッー! 話には聞いていたけど、実際に見るとだいぶインパクトがあるなぁ」
顎髭に手を当て、豪快に笑いながら近づいてくる父さん。母さんごと俺を抱きしめ、『ただいま。帰りが遅くなってすまない』と小さく呟いた。
やっぱり久しぶりの再会は嬉しいもので、心も体もぽかぽかと温められる。
「うーん! 我が息子ながらいい香り、いい感触、すぐにでも写真に収めたくなるなぁ!」
「ちょっと父さん、そういうのは嫌かな」
「あなた、発言が少々危ういかしらね」
俺と母さんは父さんのヘンテコな台詞に苦言する。
「父さんは元からヘンタイ気質だったわよ。どうしてもって言うなら太郎の写真は私がたくさん持ってるから、交渉ね」
姉よ。
なぜ俺の写真を持っている?
性転化してからカメラを向けられた覚えはないのだが。
「わぁお…………お兄ちゃん、よくできてる」
銀のハーフアップツインテールを揺らし、ひょっこりと父さんや母さんの影から顔を覗かせたのは義妹のミシェルだ。
「んん、久々の日本語、難しい。わたしと顔、似てる……やったね。これでもっと仲良くなれる?」
「仲良くってなんだよ。久しぶりだな、ミィ」
改めて義妹の顔をまじまじと見つめる。
北欧出身のミシェルの髪は白金髪に近い銀髪。対する俺は蒼銀色。髪や目の色は違えど、顔の造形もどことなく似ている。
「元気だったか?」
「あっち、色々と面白いことあった。現地の学校、楽しい」
「そうか、よかったな。色んな話を聞かせてくれ」
「お兄ちゃんこそ、お話聞かせて。やっぱりちっちゃいよー。わたしの方がお姉さん?」
「なにおうっ!?」
俺は負けじと背伸びをするも、中学生のミシェルにかなうはずもなかった。義妹は兄の頭をぽんぽんして、にっこにこのご満悦である。
ぐぅぅぅ。
悔しさをごまかすようにして、ミシェルへ今後の予定をそれとなく尋ねてみる。
「こ、今度はいつまで日本にいるつもりなんだ?」
「なんだかお家事情がごたごちゃ? してきてる。だから、わたし、当分は日本にいる?」
「あら、ミィ。それは嬉しいわ」
「お姉ちゃんと、お兄ちゃんと、たくさん遊べるっ!」
そう言ってミシェルは俺と姉の手を取った。
いろんな不安はあったけれど、やっぱり家族っていいもんだな。
◇
父さんは悩んだ末に俺に告げた。
「結論から言うと、性転化の事もあるので婚約の件は見合わせて欲しいと殿下には伝える」
家族団欒のターンを終えた俺達は一息つき、父さんのだだっ広い書斎に集められていた。セバス爺さんと母さん、姉に義妹のミシェルも同室している。
「ただし、表立って婚約の話を断るとは明言しない。今、そのような態度を取っても、仏神宮家の全員がいい方向に転びはしない」
俺には政界のことはわからないけれど、父さんが家族を守ろうとしてくれているのは理解できた。それが今は婚約の申し出を断るという選択でなくても、父さんの困ったような表情が、何よりも俺を大事に考えてくれていると伝わってくる。
「また、訊太郎もそろそろ『日本皇立学園』に通うこと……」
「父さん、それは許容できないわよ」
姉が父さんの決定に口を挟む。
しかし、ゆっくりと母さんが首を横に振った。
「今までは学校の自由を許していたけれど、皇族からの指名がきた以上、断る理由が見つからないのよ。うちは皇家を、日本を支える『仏神宮』家なの」
日本の将来を担うトップの立場であるなら、上流階級者同士の面識を高校生のうちに築く必要がある。でなければ、日本を背負って行動する『仏神宮』家にまつわる業務はこなせない、とのこと。
『日本皇立学園』に通うのは義務に近い。それを特例として許してもらっていた立場らしい。だからこそ、上からの指名を断るにはそれなりの理由が必要だと。
「夏休みが終わるとともに訊太郎を『日本皇立学園』へ入学させる。それを条件に、皇族には婚約確定は今のところ見送ってもらう」
父さんは俺を見つめ、表情に苦渋が満ちる。きっと俺の顔がひどいものになってしまっているからだろう。
父さんだって俺のことを思っている、それは理解できるけれど……やっぱり今までの生活が変わってしまうのは嫌だ。晃夜や夕輝、茜ちゃんがいる学校に通えなくなって、見ず知らずの権力志向に溺れた子供たちと机を並べる毎日。
想像するだけでも気分が悪くなってしまう。
「訊太郎……父さんが他に有力な交渉材料を作る。それまでは、どうか、納得してはくれないか?」
俺は父さんと母さんの目を見れず、返答ができない。
ただ、ただ、無言の時間が流れ、それに心が耐え切れなくなった頃、俺は書斎から静かに出て行った。
◇
「太郎……大丈夫……?」
今まで住み慣れていたマンションの一室、その十倍以上もある俺の部屋に姉が入ってきた。
「……大丈夫なわけないわよね」
暗い声の姉に、俺は情けなく笑う。
「今のところ、仕方ないのはわかっているけど……どうにか、ならないかな……」
「そうね……父さんもあれでだいぶ堪えていたみたいだから……今は、何か他に手段がないか探すしかないわよね」
はぁ、と二人で深い溜息をついてしまう。
どうにかしたい。けれど皇族の意に逆らって、また実力行使に及ぶ輩が現れて親友たちを襲ったり、家族に迷惑がかかるような展開にならない保証はない。
「私の方も困ったことになっていてね……私の知らないお友達がたくさんいるらしいの……」
現実を改変して皇家の圧力に対抗できる、権力や財力は手に入れられたかもしれない。しかしその反面、『仏神宮』家としての義務も生じてしまった。
姉は俺よりも年上で、当然高校も卒業している。だから人脈も構築していた、という事になっているそうだ。しかし肝心の記憶が姉にはない。
俺も厳しいけれど、姉の方もだいぶ辛い立場になってしまった。
「お邪魔しまーす?」
そんな沈痛な空気に場違いなほど、明るい声が唐突に響いた。
発声源は義妹のミシェルだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、元気ない。ミィと一緒に遊んで元気だす?」
キョトンと首を傾げ、義妹が俺達を見る。
「お兄ちゃんたちの遊び場? お姉ちゃんも一緒に遊んでる遊び場? 私も一緒に遊びたい、です」
顔を見合わせる俺と姉。
遊び場って……もしかして、クラン・クランのことか?




