190話 人形遊び
双子の人形たちへ、俺は等価交換を試みる。
「さぁ、受け取って」
『陽精を宿す種火入れ』を掲げれば、俺の意志に呼応して、フタから『太陽に焦がれる偽魂』が飛び出て、すっとヘンゼルの胸に吸い込まれていった。
「もらった命とずっといっしょ。ご主人さまに、感謝」
:陽気な少年の心を入手しました:
そんなログを確認した次に、グレーテルへ『月精を宿す種火入れ』から『月に焦がれる偽魂』を与えた。
「もらった命と永遠に? ご主人さまに、捧げる」
:陰気な少女の心を入手しました:
陰と陽の双子か……二人の心を目にして、俺の思考も少しだけソレに染まる。平然と命を差し出してしまうあたり、禁忌をものともしない闇の錬金術士っぽいありように、俺もリッチー師匠にだいぶ近付いて来た感が否めない。
それから俺は店主から4万エソで双子人形を購入する。隣でやり取りを眺めていた夕輝が『ボクの装備より高い』とか、ゆらちーが『タロちゃんってお金持ちなんだね……』などと驚きの反応を見せていた。
「錬金術以外でお金の使いどころがないだけだよ」
「いや、装備を整えろよ」
と、晃夜の容赦ない突っ込みをスルーして、そそくさと人形の核となる『魔導石』を生成していく。
ヘンゼルには、太陽の光から生み出した目くらましアイテム『閃光石』を選び、『魔技手』で研磨をかける。
ちなみにヘンゼル人形のステータスは、やはりブルーホワイトたんに比べると数段落ちる。
『おとぎの双子人形・兄』
耐久値300 → 心の開放時 450
殺傷値220 → 心の開放時 310
機動式ギミック
『パンくずの道しるべ』
『幼き警戒』(心の開放時)
魔法式ギミック
『ポケットの財宝』(双子の共鳴時)
Exギミック
『奇跡を呼ぶ陽光』
好相性 光・太陽
解放可能な心 『陽気な少年の心』
活動限界時間・・・
スペックは低いけれど、ギミックの効果を読む限りヘンゼルは索敵や情報収集に特化した人形っぽいのだ。それに一部だが、エクストラギミックという形で『太陽に焦がれる偽魂』のアビリティを受け継いでいるので期待できそうだ。
次にグレーテルには地下に眠る『東の巨人王国』の神殿で取れた月光石を『魔導石』に採用する。
『おとぎの双子人形・妹』
耐久値150 → 心の開放時 225
殺傷値100 → 心の開放時 150
機動式ギミック
『月夜の道しるべ』
『お菓子作り』(心の開放時)
魔法式ギミック
『罠への報復』(双子の共鳴時)
Exギミック
『尊き月影』
好相性 光・月
解放可能な心 『陰気な少女の心』
特性 天侯『月夜』の場合、全ステータスが3倍になる。
活動限界時間・・・
グレーテルの方は月夜の場合、ステータスが大幅に上方修正される特徴を持っているのに感心する半面、普段の能力はかなり低いと言える。しかし、ギミック全般が追跡や罠解除といった変わり種が多いものとなっていて、対人戦に役立ちそうな気がする。
無事に二人分の『魔導石』を造り終えて、双子たちの胸にはめてゆけば、魔導人形の完成だ。
「よろしく、ご主人さま」
「優しくしてね? ご主人さま」
高さ50センチにも満たない二人が立って、恭しくお辞儀をする姿は非常に可愛らしかった。ゆらちーはヘンゼルに頬ずりを、シズクちゃんは興奮しながらグレーテルのメイド服を吟味している。
「改めてよろしく、ヘンゼルとグレーテル」
この身体になって、俺がしゃがんで挨拶を交わすというのは初めての事なので何となく新鮮だ。
胸の内が、ついついほっこりとしてしまう。
「ちがう、ボクはルチル」
「間違い? わたしはルナリー」
んん?
双子人形の主張に思わず首をひねる。
そう言えば、ブルーホワイトたんも『魔導石』をはめこんだら名前が少し変わったなと思い立ち、再度双子のステータスを確認してみる。
『陽光のルチル』
耐久値280 → 心の開放時 420
殺傷値200 → 心の開放時 300
活動限界時間 2時間(要休眠時間10分~20分)
『月影のルナリー』
耐久値100 → 心の開放時 150
殺傷値80 → 心の開放時 120
活動限界時間 2時間(要休眠時間10分~20分)
ふむ……ベースとなるステータスより低い出来栄えになってしまったのは、前回と同様で『魔導石』が低品質なのと、俺の力量が乏しいからだろう。
しかし兄はルチルに、妹はルナリーという名称に変わっていたのには驚きだ。
ブルーホワイトの時はここまで名前が変化する事はなかったのだが、考えられる可能性としては……。
「もしかすると……二人に混ざっていったホムンクルスの影響か?」
それしかないだろうな。
「名前を間違えてごめん。ルチル、ルナリー、よろしく」
お詫びも込めて二人の頭を優しくなでる。
手の内に心地よい感触が広がっていく。
「ご主人さま、よろしく」
「ご主人さま、ずっと離れない?」
やばい。
俺の腰辺りにピトリと身を寄せてくる双子人形が可愛すぎる。
「もちろん、これから一緒に色々と頑張ろう」
ゆらちーやシズクちゃんを完全に避けつつ、ルチルとルナリーはひっついてくる。
なんだか妙に保護欲をそそられてしまう双子を引き連れ、俺たちは店を出た。
「あーん、タロちゃんばっかりずるい!」
「こっちにおいでーお姉さん達が可愛がるよ~」
「て、天士さま……そ、そのわたしにもお人形さんをなでさせてください」
双子はせまりくる女性陣にプイッとそっぽを向いて、俺にしがみついてくるばかりだ。そんな仕草もいちいち可愛いなと思ったけど、なぜ二人に愛着を抱きやすいのかすぐに気付いた。
表情が豊かなのだ。
さきほどまで店に並べられていた双子は確かに無機質な人形そのものだったけど、今は人間と同じように表情がある。
心があれば表情が動くのが、魔導人形の仕様らしい。しかし、そうなるとブルーホワイトたんはどうだろうか。
振り返って見てみると、静かに俺達の戯れを一歩引いた位置で見守っているような雰囲気だ。
うちのブルーホワイトたんは心を入れても滅多に表情が動かないので、人形は無表情がデフォルトかと思っていたけど、この双子のおかげで人形にも個人差がある事がわかった。
「主さま……お洋服が汚れまス」
群がる女子達や双子から離すように、不意に俺をお姫様だっこするブルーホワイトたん。
たしかに俺の進行方向には水たまりがあって、それを回避させるべく取った行動なのだろう。ちらりとブルーホワイトたんの顔色を伺えば、いつもと変わらぬ無表情の中にほんのわずかにつまらなそうな感情が混じっていた。すこし双子人形に構い過ぎたかもしれない。
「ありがとう、ブルーホワイトたん」
彼女の嫉妬が入り混じった様子をけっこう可愛いと思ってしまう。
ついつい、双子と同じようにサラリと流れる白髪をなでる。そうしてお姫様だっこされている事を失念していた俺を、晃夜と夕輝がクスクスと笑いだした。
「どっちが人形かわからないな」
「人形に抱えられているというより、人形を抱えてるって感じだね」
親友二人が俺の方こそ、お人形さんに見えるという発言にむっとなる。
ならばと思い、俺はブルーホワイトたんにおろすようにお願いし、すくさまルチルとルナリーに手招きをする。この双子は俺よりとても小さいのだ。
二人を抱えてみせ、晃夜に『どうだ。これで俺が主だって事が一目瞭然だろう?』と言えば、なぜか親友たちは忍び笑いをもらしている。
「ほんっとにタロちゃんは可愛いね……ほぅ」
「タロちゃん、そのまま! そのままのポーズで!」
うぇ!?
うっとりとした表情でゆらちーが俺を見る。その横ではシズクちゃんが涎を垂らす勢いで頬を上気させていた。
「美少女と人形、実に絵になるでありんすね」
「タロさんったら、子供っぽいですわよ?」
アンノウンさんとリリィさんは、微笑ましい子供を見るかのような慈母の眼差しで俺を見つめていた。
「やっぱり天士さまもお人形遊びが好きなのですね! わたしもです!」
10歳そこらのミナに仲間認定されて、なぜ親友たちが笑っているのか理解する。
「いやータロ。なかなかに可愛いぞ? あ、もちろん人形の事を言ってるからな?」
「まさかタロが、お人形遊びが好きだなんて知らなかったね」
晃夜と夕輝のいじりに、ぐぅの音も出ない。
ここで親友達の言葉を否定したら、人形達へ抱く暖かな感情も否定してしまう事になる。それにミナのはしゃぎようを落としたくはない。
「くぅ……ブルーホワイトたんと、ルチル、ルナリーは好きだ……」
好きな物を好きと言って何が悪い!
自分の頬が熱くなるのを感じつつ、俺は親友たちから視線を外してブルーホワイトたんの後ろへとさりげなく隠れた。
こうして俺達は新たな仲間を加えて、イグニトール令嬢が座すグラントール王国へと足を運ぶ事になった。




