真の敵
空には雲が覆うように漂っていた。青空はその分厚い雲によって隠されて天気はあいにくの曇り。そんな街の大通りを私はヴァンと一緒に歩いていた。
「いると思うか?」
周りの人を注視しながら私に聞く。
「おそらくはいると思います」
「だが、さすがに露骨すぎると思うが……」
確かにもしあの子がいるなら露骨すぎる。しかし……
「おそらく彼女は会いたがっているはずですから」
「会いたがっている?俺たちにか?」
「はい。彼女は私たちに何か特別な意味を見出しているかもしれません。そして今回の記事。彼女は私たちがどんな答えを出すのか気になっているはずです」
彼ならきっとその答えを直接聞きたいはずだ。そして彼の後継者を名乗った彼女なら同じく直接聞くのにこだわるはずだ。
「……いました」
そうして歩いていると大きな声で新聞を売っている少年がいた。
「あ」
少年もこちらに気づきにこっとして近づいてくる。
「この前はごめんな。こっちも仕事だからさ」
「いえ、構いません。今日も誘拐するのですか?」
私の回答に少年は少し驚き固まっていたがすぐに笑顔を浮かべて無邪気に言う。
「ううん。今日は案内を頼まれてるだけだから大丈夫」
「なら、痛いことはなさそうですね」
「助かったな」
とりあえず強引な方法ではなさそうだ。
「じゃあ、二人ともついてきて」
そう言って少年は街の奥に向かって歩き出す。ヴァンと私は少年の後ろを黙ってついて行く。そうしてついて行くと徐々にある場所に近づいていく。
「ここはスラム街ですか……」
「みたいだな……」
周りを見渡せば幼い子供やお年寄りなどがこちらを興味深そうに見ていた。
「二人ともここからは盗まれたりとかしないように気を付けてね?」
「ええ……」
少年は慣れた足取りで進んでいく。迷いがない。
「……ここに住んでいたのですか?」
「うん。新聞が出てからはお給料が出てるから街で家を借りて昔の仲間と住んでるけどね」
「そうですか……」
彼は何気なく言うがきっとつらかったはずだ。スラム街に住むのは何も貧民だけでない。親から捨てられた子供や働き口がない身寄りのない老人など様々だ。その中のどれでもここでは地獄のはずだ。
「ここだよ」
少年が止まったのはスラムの端にある大きなテントだった。
「あのさ、できればお姉さんを怒らないでね?」
少し不安そうにだが、はっきりと告げる少年の頭に優しく手を置き撫でる。
「頑張ってみます」
「お願いだよ?」
「ええ」
「うん。じゃあね」
少年は去っていく。それを確認して私とヴァンは覚悟を決めゆっくりとテントの中に入る。その中には一人彼女がいた。
「お久しぶりですね」
まるで友人にでも挨拶するように彼女は微笑みながら私たちに話しかける。前に会った時のような狂人じみた感じはなかった。
「それが本当のあなたですか?」
「ふふ、どうでしょうね?」
つかみどころはない感じはまさに彼そっくりだった。しかし、彼のようなカリスマ性は感じなかった。ただのどこにでもいる女性だった。
「君はなぜそこまで俺たちに執着するんだ?」
ヴァンが素早く核心を言う。すると彼女はゆっくり立ち上がり手慣れた動作でコーヒーを入れ始める。そして、ゆっくりとコーヒーの匂いが漂い始めた。
「……あの方は生きてます」
静かに彼女は言う。
「また狂信のふりですか?」
「ふふ、いいえ。そのテーブルの上の手紙を見てください」
確かにテーブルには手紙が置いてあった。ヴァンがそれを手に取り差出人を確認する。宝石より。そう書かれていた。
「まさか、本物なのか……」
「とりあえず、中身を確認しましょう」
「あ、ああ」
中には一通の手紙それと活版印刷の技術書や新聞についての資料が入っていた。この筆跡は彼のもので間違いない。いや、筆跡など問題ではない。彼以外で活版印刷などを作れるわけがない。
「……どうしてこの情報を私たちに教えたのですか?」
「必要なことですから」
「必要?」
「はい、その手紙を読めばわかります」
彼女に言われて手紙に目を通す。その内容はいたってシンプルだった。
「これは……あなた宛ての手紙ですね」
「ええ、ですが……」
「私たちへでもあった。と言うことですね?」
「はい」
彼の手紙にはこう書かれていた。
君に私の考えていた新聞と言う新しい革新的なものとその製造に必要な特別な技術を教えます。この技術をどう使うもあなた次第です。しかし、もし悩むことがあるならあの二人を使いなさい。きっとあなたに満足のいく答えを出してくれます。
そう書かれていた。
「これで、先ほどの聞かれた答えになったでしょうか」
「……ええ、納得しました。ですが、なぜ契約結婚のことを記事に?」
コーヒをテーブルに並べて彼女は並べてある椅子に座るようにジェスチャーする。それに従って私たちは椅子に座る。そうして彼女も椅子に座りコーヒーを一口飲みカップを置く。
「あなたたちは政略結婚をどう思いますか?」
「……それは元貴族としての質問ですか?」
私の言葉を聞き少し目が大きくなる。
「どこで気づきましたか?」
「コーヒーを入れる手際の良さです。コーヒーは高価で貴族以外では飲めませんから」
「ふふ、さすがですね?」
彼女は嬉しそうに笑う。そして目を閉じ思い出すように語りだす。
「私はある貴族の令嬢でした。両親からは大切にされてそれは未来への希望に満ちながら育ちました。ですが、そんなものは簡単に壊されました」
目を細く開けながら彼女はコーヒーカップのふちを指でなぞりながらゆっくりと話す。
「政略結婚。貴族なら当たり前のものが来ました。初め私は何の違和感も持っていませんでした。ただ貴族としての責務を全うする。そう考えていました」
コーヒーの表面には淡く彼女の表情が光に反射して映っていた。その表情は憎い。そう言っているようだった。
「しかし、結婚した相手は私をただの道具としてしか見ず粗末に扱われました。そして私が見るに堪えない姿になるとこのスラム街に捨てて行きました」
傷はいまだ癒えないのだろう。彼女は片方の腕を反対の手で強く握っていた。
「そうして死にゆく私を見つけ救ってくださったのがあの方でした」
「……彼はそうして仲間を増やしていたのですか?」
「ええ、仲間の多くはあの方に救われた人達で構成されてました」
「……あいつ」
ヴァンが手を強く握っていた。その手を包み込むように私は手を置く。
「…すまない。ありがとうリア」
私はただ黙って頷き彼女に問う。
「あなたも貴族を恨んでいたのですか?」
「恨むですか……どうでしょうか……」
彼女はコーヒーカップを両手で持ちコーヒーの表面に映る自分をじっと見ていた。
「正直、私はあの方の言う貴族の傲慢な面を知っています…ですが両親のように善良な貴族もいることを知ってます。なのでとても複雑なのです…」
彼女を愛し大切にしてくれた両親。そして彼女をひどい扱いをし果てにスラムに捨てた貴族。貴族の希望も絶望も知っている彼女からすればそれらは決して簡単にどちらに傾くこともできない。そういうことなのでしょう…
「だからなのかもしれませんね……」
「??、何がでしょうか?」
「彼があなたに活版技術を教えて新聞と言う画期的な物を託した理由です」
「……なぜですか?こんな中途半端な私に……」
彼女は理由がわからず俯く。肩は震えていた。
「いや、サファイア。君しかいなかったんだ」
「私しか?」
ヴァンはもう一度手紙に目を落として再度確認して告げる。
「この手紙にはどう使うかも君次第だと書かれている。もし、自分の意思を継いでほしいならそんなことは書かない。君にあいつは何か見出していた。だから託した。俺はそう思う」
「託す……私に」
しかし、彼女はそれを聞いても表情は晴れない。むしろ深く闇が落ちる。
「……私はそんな器ではありません。結局、決められずあなたたちを使って自分の意思を確認しようとするほど優柔不断ですしね」
彼女は迷っている。そして自分の決断を悩んでいる。彼女に言う言葉は決まっている。革命などばかばかしいことだやめましょう。そういうしかない。
しかし……それは私の考えでも意思でもない。
気づくと手が温かい。私の手はヴァンによって優しく握られていた。
「あとのことは気にしなくていい。リアの思うがままに」
「……はい」
優しく背中を押されて私は口をゆっくりと開く。
「先ほどの答えですが、私はあくまで政略結婚も一つの出会い方。そう考えています」
「……やはりあなたも政略結婚は正しいと?」
「いえ、そうではないです。あなたは根本を勘違いしています」
「根本ですか?」
「ええ、そもそもどんな事情があっても無理やりな結婚はよくありません」
「うっ!?」
何故か私の言葉に強くダメージを受けるヴァン。
「まして、脅してなどもってのほかです」
「ぐっ!?」
しまった。さらに追い打ちをかけてしまったようですね。胸を押さえて苦しそうなヴァン。さすがにもう勘弁してあげよう。
「ですが、すべては結果次第です。初めはどんな理由であれ一途に愛し相手に認めてもらえばそれは問題とは思いません」
「ですが、それは結果論です」
彼女はぴしゃりと言い放つ。
「そうです。結果論なんですよ。だからこそそういう結婚の仕方は避けるべきでしょう。ですが、それも一つのあり得る愛の生まれ方と言うのも事実です。」
「あなたたちにようにですか?」
「はい、ですから私は政略結婚と言う貴族特有の古き良きとはいえないしきたりをなくすという考えだけにとらわれずもっと柔軟に見たいんです」
「柔軟に……ですか…」
少し意外そうな顔をして眉を下げ言葉を彼女は反復する。
「そうです。だからこそどちらのことも知っているあなたに彼は新聞を託したそう思います」
「それはつまり私に双方の懸け橋になれと?」
「それも一つでしょう。ですが、彼はあなたの決めた選択ならきっと否定などしません」
それっきり彼女は喋らなくなった。しかし、突然ぽつりと呟く。
「……私は私のままで」
彼女は何か決めた様子だった。その目はまっすぐ前を向いていた。
「諦めてはくれないようですね?」
「はい、私は私の思った通りさせていただきます」
「そうですか……残念です」
そう言って私は椅子から立ち上がりテントの入り口に足を進める。
「私を拘束しないのですか?」
「意味がありませんから」
彼女は何もしていない。今は。
確かに脅迫白状を送ったり新聞を使って暴動を煽ったりしたが、どれも証拠もない。彼女を捕まえたところで釈放になるだろう。
「誘拐までした相手に優しいのですね?」
「……私にはあなたが真の敵には見えないんです」
ただそれだけ言って後ろを振り返らずその場を去る。
(真の敵はきっと誰かではないのでしょうね……)
それはもはや人や物などではなかった。貴族と庶民その両方にある偏見などと言った考え方そのものだろう。
「これからが本番だな……」
「はい」
サファイアは動きだす。それがどういう結果につながるかは分からないがもし彼女が平和を乱すようなことをするなら私たちはそれと戦うだけ。しかし、できればそれは平和な方法であってほしいと願うばかりだった。
数日後。
新聞にある記事が載った。
契約結婚は本物だった!しかし!その愛もまた本物だった!
大きく出された記事を見て私は一息つきながら少し笑う。
「律儀な性格してますね。彼女は」
「ふ、だな」
どうもその第一歩は平和だったようだった。
しかし、その裏で着実に計画は進んでいた。
「これさえあればすべての真実が晒されるわ」
その道具はまた一つ革命を起こさせる。




