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序章(1)『光の裏』

 ――とある地方都市の一角。


 夕暮れを少し過ぎた街は、週末特有の熱を帯びながらも、冬の澄んだ冷たさをまとっていた。十二月ともなればどこも人であふれるが、この時期のこの界隈は、地方都市とはいえ東京の繁華街と並んでも遜色ないほど賑わう。


 人と車でごった返す通り沿いには飲食店や家電量販店、雑貨店、ブティックなどが隙間なく肩を寄せ合い、競い合うように道を照らしていた。軒先のショーウィンドウには、商品を照らす照明が煌々と輝き、そこへ季節飾りの電飾が重なる。

 放射状の通りを結ぶ広場にはクリスマスツリーを模した光のオブジェが立ち、その周囲にもイルミネーションの光がそこかしこに瞬いていた。

 白と金色の光が夕闇を押し返すように街を染めている。


 歩道を行き交う人の波は絶えず揺れ、そのざわめきが夜の繁華街を薄く包んでいる。

 会話の断片、買い物袋が擦れる音、スマホの着信音、子供のはしゃぐ声――。店先からは、飲食店の呼び込みや電子音の混じるポップスが漏れ、どの音も強く主張しないまま、それでも確かに街の賑わいを形作る。イルミネーションに湧き、写真を撮る若者たちの笑い声が、乾いた冬の空気に弾んで響いていた。

 車道では、連なる車が進んでは止まりを繰り返し、アイドリングの低い唸りと信号に合わせて鳴る方向指示器のカチカチという音が、ゆっくりと路面に溶けていく。


 誰もが週末へとはやる金曜の夜。”これから何かが始まる”という期待に満ちた活気が、光と音の隙間から零れ落ちるように街へと広がっていた。


 そんな活気に満ちた雑踏のただ中を――街の空気に合わせるような弾む足取りで、一人の少女が歩いていた。スウェットのパーカーの上からブレザーを羽織り、大きめのヘッドホンを首にかけた彼女は、左手のスマートフォンを耳元に寄せたまま、時折くすりと笑いながら相手の声に相槌を返している。


「もー、ナギは心配性だなぁ」


 弾むような声が、雑踏のどよめきに溶けていく。電話口の相手への小さな抗議のようでありながら、むしろ心配する彼をなだめるような声色が籠っている。

 彼女が歩くたび肩にかかったブレザーがわずかに揺れ、内側から覗く白いパーカーのフードが、髪と同調してふわりと跳ねる。制服のスカートは膝上で小さく波を作り、イルミネーションの光がふちを淡く照らしていく。肩にかけた安っぽいギターケースも含めれば持ち物はそれなりに重いはずだが、彼女の歩みは軽く、どこか浮き立つようだった。


 雑踏の中で聞こえるかどうかという微妙な音量で、スマホのスピーカーから心配そうな声が届いた。



『でも、すず。もう五キロ圏内は全部手配網が敷かれちゃってて……。このままじゃ、見つかるのは時間の問題だよ?』


 少年のような電話口の相手は、通りの喧騒に押し流されそうなほど小さな声でそう言った。そんな様子に、少女は寄り添うでもなだめるでもなく、


「へぇ」


と。やけに楽しそうに笑みを浮かべた。


「それはそれは。今日は気合の入り方が一味違うね」


 少女は歩調を乱すこともなく、軽い調子でそう返した。少年の切迫した声とはまるでかみ合わず、どこか他人事のような、緊張感にかけた声だった。



「確かに今日の警官隊の踏み込み、気合が入ってたもんね。なんか見入っちゃうくらい」


 相変わらずのトーンでそう続けた少女の視線が、ふと通りの奥に流れた。その先には、人波の向こうから散歩中のトイプードルが、ふわふわの毛並みを弾ませながらてこてこと向かってきていた。

 少女がトイプードルに手を振ると、トイプードルもそれに気が付いて嬉しそうに少女の下に駆け寄ってくる。


「えーかわいー」


 首輪に引かれながら半ば二足歩行で駆けよって来たトイプードルに、少女は軽く屈んでハイタッチを返した。


『すず……そういえば警官隊が踏み込んできたとき、なんかちょっと目を輝かせてたよね。あれ、多分そういう顔できる場面じゃなかったと思うんだけど……』


 少年が慄くような呆れるような言いようで話す間、少女はトイプードルの首元を指先で掻くようにして撫でていた。その手つきに身を委ねるように、犬は目を細め、少女の膝に前足をついて尻尾を振っている。


「お前は可愛いな〜よしよし。」


 スマホから少年の諦めたようなため息が聞こえてくる。


『トイプードルにうつつを抜かしてる時間はないんだけどなぁ……』


 少女の視線は犬の毛並みに吸い込まれたままで、少年の言葉にうなずく気配さえ見せなかった。

 その間、およそ3分。

 ひとしきり撫で回すと、少女は飼い主にお辞儀をして別れ、ようやく元の道を歩きだした。


「で、何の話だっけ」


 興奮のためか心なしか上気している彼女は、あっけらかんとした様子で言ってのけた。


「あーそうそう、警官隊の踏み込みの話だっけ。

なんか踏み込み部隊の中に、新しくリーダーっぽい若い人いたよね。なんか”オンスタ”の梅村クンに似てて、ホントに刑事ドラマ見てるみたいだった」


 少女は楽し気に話を続け、まるで流行りのドラマか青春での一幕でも語るように、周囲に聞こえることも厭わず電話に向かってしゃべっていた。


『…………』

「ねえちょっと、ナギ、聞いてる?」


 返事がないと見るや、少女はスマホを軽く振り、画面を拳でこんこんと叩いた。挙句の果てには「もしもーし」などと声を上げている。

 電話の向こうで小さくため息をつくような気配があり、再び少年の声が聞こえてくる。


『7秒後、目の前の交差点上空11メートル。左から』

「え」


 少年が言い終わるより早く、少女は首にかけたヘッドホンを耳にかけ、スマホはそのままブレザーのポケットに押し込んだ。


 ふぃぃぃぃぃぃん……。


 少年の言葉通り、交差点の上空に四つのプロペラがついた巡回ドローンが現れる。白黒の塗装に「警戒中」と電光掲示板で書かれたドローンは、交差点中央の上空で止まると、周囲を一巡するように下部についた丸いカメラをゆっくりと回し、そのまま次のポイントに向けて飛び去った。

 次のポイントに向かいつつ、ドローンは今撮影された交差点の画像を顔認証にかけて捜索対象者を特定するのだ。


「ちょっとナギ~、言うの遅いんじゃない?もう少しだけ早く教えてくれてもいいでしょー?」


 間一髪で撮影妨害機能付きのヘッドホンを耳にかけた少女は、切り替わったマイクに、文句を零す。


『すずに緊張感がないだけですー。警察の手配網の中にいるんだって言ってるのに、はしゃいじゃってさ』

「何?トイプードルに嫉妬?」


 少年もすっかり心配する気を失い、本当にただの兄弟のようなやり取りが転がっていく。

 少女は静かにヘッドホンの位置を直し、前髪を気にしたように数回手ぐしをかける。


『コホン。いいかい、すず?』


 少年は調子を取り戻すように咳払いをし、少女に問いかけた。その声色には先ほどの真面目に心配する空気が戻っている。少女は前髪をいじりながら、まだふてくされたように歩いていたが、人波にぶつかる気配は一切ない。


 少女の反応がないのを見て、少年が更に続ける。その口調は聞き分けのない子供に問いて聞かせるような様子だ。


『5㎞四方に検問、駅とバス停には監視員、パトロールが通常勤務含めて8台、捜査班4隊が走査状に探索、ドローン4機にヘリコプター1機』


 少年はまるで手元の資料を読み上げるような流暢さで一気に読み上げた後、一拍置く。


『キミはその手配網のただ中にいる。状況はわかった?』


 対する少女はあっけらかんと笑って、


「ホント宝石店強盗でもあったの?って感じだよね。それも掃除機とかで根こそぎ奪う派手な奴」


と軽口を叩く。少年はやはりため息をついて、


『茶化してる場合じゃないんだけどなぁ……』


肩を落とすようにそう言った。


 少女の目の前で、歩行者用信号が赤になり人々の動きが止まる。

 道路の手前で止まる人々の履く白い息が、信号機の明かりに赤く照らされていた。


 少女は赤く染まる吐息を目で追いながら、一人焦る少年の顔を思い浮かべ、ごく小さく申し訳なさそうに笑った。


「ナギ、そんな心配しないで――」


 少女は初めて周囲の人間に聞こえないよう声を潜め、冬の寒さに赤く染まった指先で、パーカーの襟元をそっと持ち上げて口元を隠す。内側にこもった吐息が襟元から漏れて寒空に舞い上っていった。


「――最悪、適当に男捕まえて、一晩明かすし」


 そのつぶやきは、ナギと呼ばれた少年にだけ届き、周囲の誰にも漏れなかった。


『すず……』


 少年の言い淀む声など意に介せず、少女はパーカーの襟元を直して軽く伸びをする。ギターバッグがぐらりと傾き、背後の通行人が迷惑そうに眉根を寄せた。

 冷たい空気が襟元に侵入し、湿気を持った肌を冷やす。


 信号が青に切り変わり、誘導音が冬空に響く。

 雑踏が動き出すと、背後の通行人は少女を追い抜きながら小さく息を吐いた。


()()()()()だよ、ナギ。これまでと一緒」


 まだ何か言いたげな少年に被せるようにそう言うと、少女は群衆の中に歩みだした。その口元には、薄っすらと笑みが浮かんでいる。


「大丈夫。キミがいて、私がいて、ママがいれば、世界は安泰なんだ。それ以上を望んだら、罰が当たるよ」


 彼女の言葉は、今度は青く照らされて、寒空に向かって昇っていった。

 ほどなくして少女の姿は交差点を行き交う雑踏に紛れてしまう。


 週末独特の熱気と冬の容赦ない寒さに包まれた街並みに、遠くサイレンの音がこだました。

 一人の少女へと呼びかけるように――。


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